「なーなー影森ー、バレー部のマネやろーぜー?」
「しつこいです木兎さん」

廊下でばったり会った木兎さんに引き摺られ体育館へ。私と木兎さん以外誰も居ない体育館で木兎さんの聲が響く。だから、お断りしたじゃないか。

「だってよー」


ボールを一人遊ばせながら木兎さんは言う。この人は、昔からぐいぐいと来る人だ。人の気持ちを、直感で読み取る…嫌な人だ。


「影森まだバレー大好きなんだろ?」

ボールは弧を描き、私の頭上へ。私は、腕をあげた。木兎さんの言う通り私はバレーが大好きだ。でも、私はもう真剣にバレーを出来ない。ちらつく母の泣き顔、謝る声。頭にガンガンと響く。もう、私は。

タンッ

軽く踏み込み、飛ぶ。静かにボールを上へ、木兎さんの頭上へ。にやっと木兎さんが笑った。あの時と、中学最後の私のボールではない。ずっと前に木兎さんに上げたことのあるトス。懐かしい。木兎さんが、手を振りかざす。ダンッ!とボールが向こう側の床に叩きつけられた。

「影森めっちゃ上手いな!すげー引き寄せられたみたいにボールがさ!すげー俺の良い位置に来んだよ!」
「あ、ありがとうご」

「……何やってんですかあんたら」

とてもとても、低い声が響いた。「ヒィッ」と木兎さんが声を漏らした。私達は、ゆっくりと声のした方を向く。そこには、無表情で静かに怒る赤葦さんの姿があった。








「ねぇ、俺空がバレー出来ない理由を聞いたよね?で空も包み隠さず答えたよね?」
「…はい」
「無理したら、身体壊れるんでしょ?好きなバレー辞めた理由もそれなんだからさ。なのになんで空は木兎さんにトス上げてるの?」
「…ちょっとくらいなら平気で」
「は?」
「なんでもないです…すいませんでした」

硬くて冷たい体育館の床で正座をする私と木兎さん。仁王立ちの赤葦さん。怒ってる、怖い。「なー…赤葦、それくらいにしてや」「黙ってください木兎さん」ギッと木兎さんを睨む。

「大体木兎さんも木兎さんですよ。空はマネ断ったんですから無理に引きこもうとしないでください。挙句の果て、なに空にバレーさせてるんですかあんたも聞いたでしょう空がバレーを辞めざるを得ない理由を」
「…だってさ」
「だっても何もないです」
「聞け赤葦!」

バッと木兎さんが立ちあがる。「なんですか」と呆れ顔の赤葦さんに木兎さんは真剣な表情をした。

「バレーを辞めたからってバレーが嫌いになった訳じゃないんだろ」
「そうですね。だからといって無理にバレーに関わらせてしまったら空が可哀想じゃないですか。やりたくてもやれないのに、そんな」
「でも、そうやって遠ざけるのもつらいだろ!」
「…それも、そうですけど。でも、空に」
「お前は過保護なかーちゃんか!?」
「は?」
「だー!もう!!」

グイッと木兎さんに腕を引っ張られ、持ち上げられるように私は立つ。そのまま私の身体は木兎さんの腕の中へ。赤葦さんの顔が、引き攣る。

「な、にしてんだ…木兎さん」
「なぁ、影森はどうしたい?お前本当にバレーに関わり合いたくない?」

じっと、木兎さんの目が私を射抜く。バレーはしたい、でも出来ない。なら、もう関わらない?

「でも、私」
「でもじゃねーよ!なぁ空」

え、私は声を漏らした。木兎さんに身体を持ち上げられる。「木兎さん」と赤葦さんの不機嫌そうな顔が目に入った。え、どういう状況…?

「見せてやるよ、すげーバレーを!空がプレイ中ですら見れなかった景色を、俺らが見せてやる!」

目が、煌めいた。木兎さんが笑う。私が、見れなかった景色…?私は、木兎さんの顔に手を伸ばした。

「木兎さん」
「なんだー?」
「見れますかね、私が見たかったもの」
「さぁな!でも、きっと見れるぜ?」

ははは、私は笑った。涙が出た。ぎょっとする木兎さんに、赤葦さんが蹴りを入れた。私の足は漸く地に着いた。赤葦さんが、私の頭を撫でる。

「ずるいなぁ…ほんとうに」
「え?」
「木兎さん、赤葦さん。私」




◇◆◇


『飛雄、げんき?』

昨日の今日でまた電話が掛かって来た。今日は赤葦さんじゃなくて空のようだ。「おー、まぁぼちぼち」と俺は答える。

「そういえばさ、明日青城と練習試合すんだよ」
『国見と金田一その他諸々とは接点ないから気を付けてね』
「ま、俺から話しかけることは無いだろうから大丈夫だろ」

思うことは色々あるけど、そんなもの考えたところで仕方がない。「つーかどうしたんだよ」肩に携帯電話を乗せ耳を付ける。爪を切りながら俺は話す。

『梟谷のマネになった』
「ぶはっ!…くっ、」
『え、飛雄笑う要素どこに会ったの?』

くくく、と俺は笑った。昨日赤葦さんが振られたとしょぼくれモードで電話してきたというのに、昨日の今日でマネになったという空の報告。もう笑うしかない。何があったんだろうか、赤葦さんが説得に失敗したにも関わらず、マネになった空。

『木兎さんがカッコいいこと言うんだよ』
「ひ…っ、おま、くくく…笑わせ…っ」
『ねぇ飛雄、どうしたの?』

あ、やべ。切った爪散らばった。しかし笑いが止まらずに身体が震える。赤葦さん振られて木兎さんにいいところ取られたのかよ…!

「お前最高だ」
『意味がわからんが、ありがとう』

これから赤葦さんは空に振り回されまくるんだろうな…なんて思った。
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