「あかーし機嫌悪い?」
「悪くないです」
「嘘吐け!絶対機嫌悪いだろ」
「悪くないです」
「どうせ影森に振られていじけてるんだろ?」
「振られてないですし、いじけてないです」

昨日の出来事を思い出す。あそこに居た全員、勿論俺も含めて空はマネージャーを引きうけてくれるとばかり思っていた。だから、断られた時の衝撃が凄かった。


「ごめんなさい、マネージャーを引きうけることはできません」

真っ直ぐと俺達を見つめるその瞳を見て確信する。これは、きっと何を言っても無意味だと。慌てて説得を始めようとする木兎さん達を余所に空は身体を翻して体育館から出ていってしまった。俺は慌てて空を追う。


「待って、空」
「赤葦さん」
「空の体調の事を考えたら、確かにやらない方がいいんだろうけどさ」
「それは、大丈夫なんですけど。私が止められてるのは激しい運動ですし」
「じゃあ、なんで?」
「うーん…やっぱりあれですかね」
「うん?」

きっと、私が純粋にみなさんを応援することが出来ないからです。
真っ直ぐと俺を見つめて言い放つ空に、俺は口を閉じた。そうだ、空の人生はバレー1本だった。今だって、そうだった筈だ。だけれど、それが身体が悪いからという理由で、辞めざるを得なくなって。俺達は、空にとってかなり軽率な発言をしてしまったと今更自覚した。
空に「ずるい」なんて言われたら、俺は何と反応すればいいだろうか。

「もし、梟谷と」
「え?」
「梟谷と烏野が試合することになったら」

空は、慈愛に満ちた顔をした。ピシッと何かに罅が入る様な音が頭に響いた。俺は空に手を伸ばす。

「もし梟谷と烏野が試合することになったら、私は無条件で飛雄応援しちゃいますし」

満面の笑みを浮かべる空に、俺の思考は停止した。




◇◆◇



『可愛がってた後輩に嫉妬するのはどうかと思うけど、それでも俺は飛雄に嫉妬するよ』
「すんません、なんの話ッスか赤葦さん」
『こっちの話。気にしないで』
「わざわざ電話してきて何言ってるんですか」

突然の赤葦さんの電話に吃驚するが、内容が意味不明過ぎてさらに吃驚した。なんだ、どうしたんだこの人。電話の向こう、無言になってしまった赤葦さんに俺はどうしようかと考える。

『空がさ』
「…?はい」
『マネやらないかって木兎さんが勧めたんだけど、空はやらないって断って。さらにもし梟谷と烏野が試合するってことになったら無条件で飛雄を応援するって言ったんだ。空も飛雄も可愛がってたから凄い複雑』
「は、あ…?」
『梟谷の生徒なんだからさ、今も昔も。だから俺達を応援してほしいわけだ』

言わんとすることは分かる。わかる…の前にちょっとまて。赤葦さん、なんか様子以前に何かが引っかかると思っていたけどもしかして。

「赤葦さん空のこと憶えてるんスか」
『うん』

いや、うんって。自然な流れで空の話を始めるから、本当に反応が遅くなったけど。うんって。「え、じゃあ俺の事も知ってるんですかもしかして」なんて聞くと『烏野のセッター、影山飛雄だろ?なんだっけ、コート上の王様?』と今となっては懐かしいふたつ名を呼ばれた。今全然聞かないなそれ。


『空と飛雄が、双子的な感覚だって言うのは分かる』
「あ、すげーしっくりきます。それ」
『うん、当本人達は別にいいんだけどね。俺はやっぱりもやもやする』

俺にどうしろと言うんだ。赤葦さんの宥め方なんて、俺には分からない。

「しょぼくれ赤葦さんはどうやったら治りますか」
『木兎さんみたいにいうなよ』
「実際そうじゃないッスか」
『…』
「赤葦さんって、ほんと空の事好きなんですね」

ぶつん!と勢いよく電話が切れた。赤葦さんらしからぬ行動に俺は吃驚する。赤葦さんって、意外と…。数分後、また赤葦さんから電話がかかってくる。


「もしもし」
『…飛雄ってそういうの鈍感そうで意外と鋭いんだな』
「鈍感そうって言うの止めてください。あと赤葦さん気づいてないかもしれませんけど、赤葦さんだいぶわかりやすいですからね」
『そんなこと初めて言われたんだけど』
「俺も初めて知りましたよ」

幻滅なんてしない。俺に良くしてくれた先輩が実はそんな一面を持っていた、なんてわかって俺は少し楽しかったのだ。

『なに笑ってんの飛雄』
「ふっ…いや、赤葦さん面白いなって」
『面白いって何』

なんだか感情的な赤葦さんは新鮮だ。
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