よし、私は大きな荷物を肩に掛けた。

「ねぇ空、本当に良いの?」
「うん。いい」
「…そう、空が良いなら…構わないわ。あっちに着いたら、ちゃんと連絡するのよ」
「うん」

玄関のドアに手を掛ける、振り向いて母に顔を向ける。

「ごめんね、心配ばっかり掛けて」
「…いいのよ、空」
「ありがとう、じゃあいってきます」
「いってらっしゃい」


背中でドアが閉まる音を受ける。ああ、今日も青空が広がっている。腕時計を見る。新幹線の時間は、まだまだ。在来線で仙台まで出てそこから新幹線か。重い荷物をしっかりと肩に掛けて私は歩く。

ああ、結局国見とは仲直り出来なかったな。私の八つ当たりで国見を怒らせて、喧嘩を仲裁しようとした金田一にも迷惑を掛けて、ほんと私って嫌な人間だ。唇を噛む。最後に国見に会おうかと思ったけど、やっぱり気が進まなかった。それは、私の勇気が無かっただけだ。このまま、仲違いしたままのお別れか。結局私は、彼と同じ道を辿るらしい。



「…?」

ふと、視線を感じた。かと思うと肩の重みが無くなった。


「、及川さん?」
「やっほー空ちゃん。大荷物もってどこ行くの?こんな3月も終わりかけに」

口調はいつもの、でも鋭い目をする及川さんが私の荷物を掴んでいた。なんで、こんなところに。じぃっと及川さんの顔を見る。

「空ちゃん、呆けてないで俺の質問答えてよ」
「…高校、東京に行くんですよ。私一人お引っ越しです」
「へぇー?逃げるんだ」
「…そう、ですね」
「ちょっと、言い返してよもう。ごめんね、空が逃げるなんて思ってないよ」
「いいえ、逃げです。私はもう、ここに居られない」

ここに居続けるのはつらい。私を知らない何処かへ、私は逃げるんだ。


「青城、くればよかったのに」
「いやですよ。及川さんが居る学校なんて」
「ちょっと!?」
「冗談です、国見達青城らしいんで」
「…国見ちゃん達にこの事言ったの?」
「言うわけないじゃないですか…言えるわけ、ないじゃないですか」

こんなの、言えるわけない。私はあの試合の後、国見とも金田一とも一言も言葉を交わしていない。もう、いろいろ今更なんだ。


「すごい怒ると思うよ」
「わかってます。でも、このまま行きます。このまま会わずに、それこそ一生会わずに」
「俺は、それはどうかと思うけどねぇ…。まあ空が決めたことならいいよ。俺は何も口を出さない」
「…ありがとうございます」

及川さんが私の荷物を持って歩きだした。私は慌てて及川さんの後を追いかける。


「及川さん、荷物」
「最寄駅まで送ってあげる」
「いらんです」
「甘えろ馬鹿後輩」

そこから、私達は静かに歩いた。この人とも、会うことはもうないかもしれないな。及川さんの背中をじっと見つめる。


「空」
「ぅ、はい?」
「携帯電話、買った?」
「…買ってもらいました」
「じゃあ番号とアド教えて」
「え」
「お前俺とも一生会わない気だっただろ。そんなの許さないから」

真剣な顔をする及川さんに、私は曖昧に頷いた。


「今更だけど、後悔してるんだ」
「何をですか?」
「お前が必死になって、俺にサーブ教えろって言ってきた時のこと。お前、あの時焦ってたんだね」
「…そんなことないです」
「俺と空は似てないけどさ、でもやっぱり想うことは一緒なんだと思う。ねぇ空、状態がさ、少し良くなってみんなでまた会えるようになったら、バレーをしよう」
「…別に、今すぐ歩けなくなるってほど悪くはないんで出来ますけど」
「今じゃ意味ないでしょ」

空の気持ちが落ち着いて、国見ちゃんたちともちゃーんと仲直りして、また空がこっちに戻ってきたら、その時はみんなでバレーをしよう。及川さんが私の頭を撫でる。それは、とっても楽しそうですね。と私は笑った。




「じゃあね。落ち着いたら戻っておいでよ」
「気が向いたら、及川さんに顔出してやります」
「クソ生意気だね、ほんと」

荷物を受け取り、改札へ向かう。「あ、ねぇ空ちゃん」と呼び止められ、振り返る。

「忘れ物忘れ物」
「?なんですか」
「ん」

頭を引き寄せられ、及川さんの顔が近付いた。え、なんて声をあげる暇もなかった。おでこに、柔らかいものが押しつけられた。

「口にしちゃおうかと思ったけど、考えてみたら俺そんなに空ちゃんの事好きじゃないし。もうちょっと可愛げがあったら、空ちゃんタイプだけど」
「…は、」
「国見ちゃんとかに悪いしね。これで勘弁してあげよう」
「意味がわかりません」
「いいよ分からなくて。ほら、行きなよ。電車来るよ」
「及川さん今度会ったら覚悟しててくださいよ」
「ははは、うん覚悟しとく」

笑う及川さんのお腹に拳を打ちこむ。「効かないし」とまた笑う及川さんにイラっとした。むかつく、私は両手で及川さんの頬を包み顔を近づける。ぱちくり、目を見開く。口を、近づける。距離がゼロになるまで、あと数センチ。



「…キスすると思いましたか」
「こ、このくそがき…!」
「ふん!及川さんのばーかばーか!それじゃ、さよならです」

回し蹴りを決めてから私は改札をくぐる。「空のあほー!クソガキー!」という叫び声を背に受けながらホームへと向かった。及川さんなんて、だいきらいだ。
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