少しだけ、ほんの少しだけ違和感を感じたのだ。それは、本当に微かな違い。簡単に見落としてしまうほんの些細なもの。


「影森」
「んー?」
「何かあった?」

え、別に何もないけど。きょとんとする影森、心の奥底で俺は感じた。「俺はお前の味方でいるつもりだよ」そういうと影森は可笑しそうに笑った。「へんな国見」変なのは、お前だよ影森。胸の奥底が痛んだ。俺は結局こいつの事を何も知らないのだ。




「くにみー!」
「んー」

吸い寄せられるように俺の手に当たるボール。相変わらず影森のセッターとしての能力は凄まじかった。どんな人間にでも、最良のボールを。コントロールもタイミングも完璧、天才超人。それが影森空という人間だった。

「次俺ー」
「おー」

金田一がボールをあげ駆け出す。影森がボールをあげる。俺の時同様、ボールは真っ直ぐと金田一の手へ。やってる時もすごいと感じたけど、見てても凄いなほんと。軽い劣等感。でも、これくらいがきっと丁度いい。


「あーあ、私、みんなとバレーやりたかった」
「なに言ってんだ?今やってんじゃねーか」
「違う。試合とか、同じチームに入ってやってみたかった」

ボールを遊ばせながら、影森はそう言った。「そんなに及川さんとバレーやりたかったのか?」なんて金田一が言うと影森はとんでもなく嫌そうな顔をした。

「私別に及川さん好きじゃないし。寧ろ嫌いな部類だし」
「あんなにひっついてたくせに?」
「サーブ教えてくれてたら、あんなに付き纏わなかった」

こいつは本当にバレーが中心らしい。


「私は、国見と金田一と一緒に試合に出てみたかったの」
「ま、確かに一緒にやってみたいって思うけどな」
「まぁ、ちょっとは思うけど」

こいつが男だったら、なんてことは思わない。影森が男だったら根本的に関係が違うだろう。

「いいなぁ…」

そういう影森の目を見て、俺は心臓が凍りついた気がした。暗い、目だった。なんだろう、影森のこんな目を見たのは初めてだ。どうした?なんて聞いたところで笑ってごまかされてしまうだろう。ああ、俺の心の中がぐちゃぐちゃになっていく。なんで、俺は本当の意味で影森の隣に居れないのだろうか。

この時の影森が想っていたことなんて、俺に知る由は無いのだ。


◇◆◇



「さて、空ちゃん。俺に言うことは?」
「サーブ教えてください」
「いやだね!」

最後まで、あの人たちは何をしているんだろうか。「相変わらずだなー影森」と金田一も呆れて2人を見ていた。及川さんと岩泉さんの制服の胸ポケットには花。卒業式。それなのに、いつもと変わらないやりとり。

「及川さん」
「なにさ、いくら言われたって教えてやんないんだからね」
「卒業おめでとうございます」
「……ありがと」

なんだかんだで満更でもない及川さんにちょっとだけイラっとした。

「で、お願いなんですけど」
「台無しだよ空ちゃん」
「サーブ打ってください」
「…ん?」
「私にサーブ打ってください全力で」

キョトンとする及川さん。俺も金田一と顔を見合わせる。教えて、ではなく打ってください?そんな願い事、今の今まで聞いたことが無い。

「きっと、及川さんのサーブを取るなんて今後一生ないでしょうから
・・・・・・・・・・・・

「?まぁ、機会は無いだろうけどね」
「ええ、だから卒業前に」
「もう卒業式終わったからね」
「お願いします!」

頭を下げる影森に「あーもう!わかったよ!1本だけだからね!」と及川さんが応えた。…なんだろうか、言い様の無い不快感と、底冷えする虚無感は。いや、違う。何かが違う。「国見?」と金田一が心配そうに俺の顔を覗きこんだ。大丈夫、自分でも驚くほどかすれた声だった。俺が自身に感じる劣等感だとか、そういうものじゃない。影森の何かが可笑しい。なんだろうか、この

「ありがとうございます」

世界が終わってしまうような、そんな感覚。
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