あの馬鹿は結局、烏野に合格したらしい。受ける事すら恥ずかしいというのにあの頭で白鳥沢を一般で受けは落ち、青城も受けて…まぁ結果は聞くまでも無い。俺と金田一はもとよりスポーツ推薦だったし、高槻は学業推薦で青城に入学が決まっている。本当に、影山と離ればなれになるんだな。俺はあいつの事嫌いだけど、それでも…まぁ少しは寂しい気持ちになった。

「とうとう卒業だな」
「だねー。飛雄と金田一君、バレー部員に連れて行かれたけど国見君は良いの?」
「いいよ、別に」

あっちで泣き喚く声聞こえるし。なんだよあの野太い声。できれば近づきたくない。余計な事しか起こらないだろあれ。飛雄ともすっかり溶け込んだね、という言葉に「そうだな」と頷いた。

「ありがとう」
「なにが?」
「飛雄の事。国見君がいろいろしてくれたんでしょう?」
「別に、影山の為でもましてや高槻の為でもないよ。自分の為にしたことだ。俺が、高槻の事好きだから、アイツに高槻の前から消えてくれって言っただけ」
「そっか…消え…え?うん?…す、きって…?」
「俺が高槻のことを」
「ちょ、っちょっと待って!」

慌てふためく高槻の手を取り、握りしめる。真っ赤な顔をして視線を泳がせる高槻の頬にもう片方の手を添える。

「好きなんだけど」
「あ、えっと…そ、の…」
「まだ影山と付き合ってるの?」
「それは自然消滅だけど…飛雄が私の事好きじゃないのは知ってるし」
「うん、じゃあ問題ないよね」
「問題なくは無いと思うんだけどね?あの、えっと」

俺ってば、卑怯なんだろうな。なんて頭の隅で思った。
ぐっと高槻の身体を引き寄せて抱きしめた。「ねぇ、俺結構我慢してたんだからさ」と耳元で言うと「あ、う…」と言葉にならない声を漏らす。おずおずと背中に腕が回るのがわかった。

「私、国見君の事そんな風に見たこと無いから…何とも言えないんだけど…」
「知ってる。そんなのずっと知ってた。いいよ、今は。これから、そうだな…高校から覚悟しておいてもらえればそれでいいよ」
「…なにをする気なのでしょうか」
「俺を意識してもらって、俺しか見えないようにするだけ」
「だけって…」

高槻の身体を少し離す。「今はこれで我慢してあげるよ」と高槻のおでこに唇を落とした。


「く、国見君…なんか手が早くないですか…頭が追い付かないよ」
「こっちは3年片思いだった」
「えっ」
「片思い歴長いな俺。ほんと、これから覚悟しろよ藤乃」
「お、お手柔らかに?」



◇◆◇


私の話をしましょう。
何処かの誰かさんには、全部御見通しだったようです。私がずっと秘密にしていようかと思っていたことなのに。彼は最初から、全部気付いていたのでしょうか。きっと、そうなのでしょう。

私は飛雄が好きでした。昔から、それこそ飛雄がバレーを始めた頃から、私は飛雄の事がずっとずっと好きだったのです。彼の目から見て、私はさぞ滑稽に見えていたでしょう。私は、バレー部の為でもなければ飛雄の為でもなく、自分の為に飛雄と一緒にいたんです。私は大馬鹿者です。そんなことをしても、ただ虚しいだけだったのに。それでも私は、幼馴染という関係を盾に、飛雄に取り繕っていたのです。飛雄の感情なんて、なにも考えず自分の為だけに。なんて人間らしい愚か者なのでしょうか。

時が、ただ流れるだけでした。何も変わりません。バレー部と飛雄の関係も、表面上だけの私と飛雄の関係も。時が止まったままでした。きっと、ずっとこのままなのだろう、私はそう思っていました。でも、終わりは唐突に終わります。いや、きっとあれは始まりだったのでしょう。
少し不安そうに、それでも楽しそうにバレーをする飛雄の姿を、本当に久しぶりに目にしました。試合に勝って、嬉しそうに国見君と金田一君にハイタッチをする飛雄を見て、するり、と何かが抜け落ちました。ああ、私の好きな飛雄だ。そう、私はきらきらと輝く瞳でボールを追いかける飛雄が大好きでした。私は、涙をこらえます。

――もう、何もかも大丈夫だね。恋人ごっこはおしまいだよ

辛いと思っていた終わりは、案外いいものでした。むしろ、このままの関係を続けていたほうが苦しかったのでしょう。あれ以降私は飛雄と2人でいる事は少なくなりました。その代り、1年の時のように飛雄と国見君と金田一君と、それと私の4人で居ることが多くなりました。すごく、楽しいのです。私は、飛雄さえいればそれでいい、そんなことを思っていたこともあったというのに、今は心の底から楽しいと思えるのです。

毎日が、きらきらとしていました。

それが、今日でおしまいです。教室から下を見下ろすと、飛雄と金田一君がバレー部の後輩たちに囲まれて泣いていました。飛雄の泣き顔なんて、すごくレアです。寂しいな、少しそう思いました。でも、辛くはありません。永遠のお別れではないのですから。


「好きなんだけど」

国見君に言われた言葉が、胸を締め付けます。飛雄以外の人を、そう思った事がなかった私は底知れぬ感覚に襲われます。抱きしめられる身体、自分が自分じゃないみたいに身体が熱いです。この熱は、国見君に伝わってしまっているのでしょうか。
この感覚は、なんなのでしょう。私は、昔から飛雄しか見えていませんでした。飛雄が好きだった…はずなのに。これ、は

「私、国見君の事そんな風に見たこと無いから…何とも言えないんだけど…」

今は、何とも言えません。自分で自分がわからないのですから。「今はそれでいいよ」なんて言う国見君に、私は妙な浮遊感を覚えるのでした。
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