金田一君と共に、私は体育館へと足を踏み入れた。「いきなり体育館だなんて、どうしたの?」と聞くと「俺もわかんねーけど国見が体育館に来いって」と金田一君が答えた。体育館には、練習をする2年と1年の後輩たち。その中に、国見君の姿は無い。金田一君と互いに顔を見合わせながら首を傾げる。
ふと、視線を感じて目線を向けると、1人の部員と目が合った。あ、あの子は。金田一君も気付いたようで「あー…」と声を漏らす。後輩の彼はズカズカとこっちらに向かってきた。思わず、金田一君の影に隠れてしまう。私の前、厳密にいえば私の前に居る金田一君の目の前でぴたりと歩みを止める。そっと、金田一君の後ろからその子を見る。

「あ、あの…高槻先輩」
「、はい」
「あの時は…本っ当にすいませんでした!」

ガバッと頭を下げるその子に私は呆然とした。「ほんと、あんときは影山先輩に苛々して…高槻先輩なんにも悪くないのに俺が八つ当たりしちまって…!本当にすいませんでした!!」そのまま頭を下げながら言う後輩に「あ、あの…大丈夫です。私は全然気にしてないので、頭をあげてください!」と金田一君の影から飛び出し、駆け寄る。他の人からの視線が痛い。


「俺」
「はい?」
「俺らも悪かったし、影山先輩も悪かった。もうこれはお相子です。でも、個人的にはまだ許せないので」
「…うん」
「今日は俺、影山先輩にギャフンと言わせてやります」
「…?」

よく、話が見えない。金田一君に目を向けても金田一君も首を傾げた。どう言う事?「影山先輩に勝って、俺のかっこいいところ先輩に見せてやります!」と張り切る後輩に疑問は尽きない。きょとんとする私たちに、目の前の後輩も「あれ?」ときょとんとする。

「ごめん、遅れた」
「…国見君?」

後ろから国見君の声が聞こえて私たちは振り返った。そこには国見君と、首根っこ掴まれた飛雄の姿。「え」と金田一君が声を漏らした。「遅いっすよ先輩!」と後輩君が声をあげる。

「俺と金田一と影山のチームでミニゲームするから」

話が見えないのに、金田一君は「おー」と返事をして準備をし始めた。「高槻はそこで試合見てて」という国見君の言葉に呆然としながら私は頷いた。









3対3、先に1セット取った方が勝ちというミニゲームが始まった。なるほど、これの事だったのか。相手チームにはさっきの後輩が居る。
相手のサーブから、国見君がボールをあげる。それを飛雄が――…相も変わらず、飛雄のプレースタイルは変わっていなかった。打ちづらそうに、それでも何とか金田一君が決める。まずは1点。でも素直には喜べない。彼は、飛雄は飛雄のままだった。それはそうだ、飛雄がそう簡単に変われるはずが――

「影山、お前もっと金田一の動き良く見てからトス上げろよ。無茶振り直さないと高校入ってもまた同じこと繰り返すことになるぞ」
「っ」
「お前さ、コントロールばっちりでムカつくくらい上手いんだからさ。金田一の打ちやすいボールくらいあげられるだろ」

ぴたり、飛雄の身体の動きが止まる。なにやら、見てはいけないものを見てしまったような、そんな表情で国見君を見る。飛雄は、あんまり褒められなれてないからね。「ムカつくくらい上手」という言葉が聞き慣れなくてびっくりしてるんだろうなぁ。なんて私は笑った。なんだろう、なにかが…変わった?時間をおいて「…お、おう」と飛雄が短く返事をした。ほんの少しだけ、飛雄の顔つきが変わる。

歯車が、噛み合い始める。
1発目の無茶振りトスから徐々に徐々に金田一君の手に吸い込まれるようなトスへ。これには金田一君も吃驚したようで「お、お前!今のトスすげー気持ちよく打てたぞ!?」と飛雄の背中をバシバシと叩いていた。「…ナイス、金田一」と小声で言ったのが私でもわかった。ふふ、照れてる。あんな飛雄久しぶりに見た。何となく満足そうな国見君の表情。なんか、すごくいいなぁ。

16-9、飛雄達が優勢。国見君のサーブ。あの後輩が声を上げる。

「ッシお前らー!先輩たちに勝つぞォ!!それにあの高槻先輩が見てるんだからダサいところは――」

バシンッ!と国見君のサーブがあの後輩君の顔面に命中した。私が当たったわけではないのに思わず「ひゃっ」と声を上げて顔を押さえてしまう。

「あ、ごめんワザと」
「国見お前いくらなんでも心狭すぎだろ」
「五月蠅い金田一。影山次俺にトス頂戴。金田一より気持ち低めで」
「わかった」
「打ちにくいトス上げたら今度はお前の顔面にスパイク叩き込むからな」
「!?」
「お前が短気だってことを初めて知ったよ俺…」
「あ?金田一がスパイク受けたいって?」
「言ってねぇ言ってねぇ」

ほら、やるぞ。国見君と金田一君が飛雄の方を叩く。「…おう!」と楽しそうに返事をする飛雄の姿を見て、私は心の底から喜んだ。



結果は25-13
試合を見ていた部員は、やっぱり影山先輩すげー、金田一先輩上手いな、国見先輩やる気出すとああなのか…とざわついていた。私は3人のもとへ駆け寄る。

「3人ともお疲れ様。すごくよかったよ」
「サンキュー。ふー…こんなに影山のトス打ったの初めてだぞ。あと、国見がこんなにやる気出したのも」
「…疲れた、俺もう高校までバレーしなくていいや」
「おい」
「冗談だよ…多分」

楽しそうに話す二人を飛雄はじっと見つめていた。その様子に2人は「なんだよ、じっと見て」と声を掛ける。ぱくぱくと金魚のように口を開く飛雄、声出てないよと私は笑う。ははは、変な奴。と国見君と金田一君も笑った。頬を赤らめる飛雄に私は声を掛ける。

「ねぇ、飛雄」

なんだよ、と飛雄と目を合わせる。こうやって、ちゃんと飛雄と目を合わせるのはとっても久しぶりだったよね。あの時から、私は飛雄の隣にいたけど、ただ傍に居ただけだったもんね。私は、私に呆れる。結局私は飛雄に何もしてあげられなかったね。全部国見君と、金田一君のおかげだ。飛雄が、こうやって再びこの場所に立っていられるのは。

「楽しかった?」
「…今までで、一番楽しかった」

私が飛雄の隣にいる理由も意味も、なくなったね。私は飛雄の手を握って笑った。
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