「飛雄、帰ろ」

当然のように俺を待ち、手を差し出す藤乃に胸が痛んだ。まったく、俺は何をやっているんだろうか。違うだろ、お前が手を差し伸べるべき人間は別にいるだろう?ふと、クラスで会話をしていた藤乃と国見と金田一の姿を思い出した。仲良さげに話す、3人。ズキズキと胸が痛む。頭では分かっているくせに、心と体が反発する。今日も俺は、ゆっくりと藤乃に手を伸ばす。
繋いだ手、何も言葉を発せずに帰り道を歩く。

ふと、昔及川さんに言われた言葉を思い出した。「お前ってばほんと贅沢人間だよね。ムカつく程天才で、可愛い可愛い幼馴染が居てさ!しかも滅茶苦茶いい子だし。…俺も可愛い幼馴染欲しいから取り敢えず飛雄、高槻ちゃん頂戴。代わりに岩ちゃんあげるから」そう言った及川さんは岩泉さんと、あと何故か国見に殴られていた。贅沢、という言葉にあの時の俺は首を傾げたが今ならわかる。そうだ、俺は本当に贅沢者だったんだ。ほんと、馬鹿じゃないのか。俺も、こいつも。なんで藤乃は俺を見捨てない。なんで、お前はいつも

「お前はさ、俺の事好きじゃないだろう」

友情にしても愛情にしても、俺が好かれる要素なんて無かったはずだ。あるのは、きっと罪悪感。
藤乃に告白紛いなことをされてから数日経った頃、俺は堪らずその言葉を口にした。きっと、言ってはいけなかった言葉だろう。そう自覚していたはずなのに、俺は口にしてしまった。
その時、藤乃は笑ったのだ。どういった意味の笑みなのか、俺には分からなかった。ただただ綺麗に笑う藤乃にその時だけは見惚れてしまったのだ。


「飛雄?ぼーっとしてどうしたの?」
「あ、いや。ちょっと考え事してただけだ」
「そう…。そういえば飛雄たまにボールもってどこか行く姿見るけど、どこで練習してるの?」
「…校舎裏の隅…」

高校でも続ける気のある奴らは、今も部活に交じって練習してるけどな。金田一とか体育館行くのよく見かけるし。国見は知らない。あいつ上手いくせにやる気ねぇし。…俺は、俺が居るだけで雰囲気が悪くなる部活に顔を出せるわけがなかった。


「飛雄、あの」
「悪い藤乃、先に帰るわ」

藤乃の言葉を遮る。前方に待ち構えるように立つ国見と金田一を目で捉えたからだ。俺は早足で藤乃を置いて2人の横を素通りしようとする。「おい影山!無視すんな!」と腕を掴まれ怒鳴られたが俺はそれを振り払い、金田一の怒声を背中で受けながらその場を後にした。今更あいつらに、なんて言えばいいんだよ。


◇◆◇


「金田一が悪い」

なんでだよ!と金田一が怒るが、お前今の自分の顔を見てみろ。

「金田一君、顔すごく怖いよ…」

俺と高槻が若干引くくらいに、金田一の形相はヤバかった。あれは、誰でも避ける顔だった。そっち系の仕事の人間かと思うくらいだったし。そういうと金田一は固まった。「俺、そんな怖い顔してたか…?」なんて言うから俺と高槻は静かに頷いた。

「…悪い」
「ううん、ありがとう」

金田一君、部活の邪魔してごめんね。そう高槻が言うと金田一は動きを止めた。「お、俺らもう部活引退したから放課後とか全然暇だし?」悪い、俺お前が部活に言ってるの高槻に言った。お前が放課後バレー部に入ってるのばれてるから。
しかし、まぁめんどくさい。影山を捕まえるにも一苦労だな。この状態だと。





周りを見ようとしなかった影山が悪い。そして、俺たちが影山を見限ってしまったことも悪い。寧ろ寄ってたかってアイツを踏みにじったこちらの方が最低ではないだろうか。もっと早い段階で、影山と話をしていたら何か変わっていたのだろうか、なんて今更くだらない後悔をする。

「どいつもこいつも、めんどくさいね」
「ごめんね」
「俺も、めんどくさい奴の1人だけど」

本当に面倒だ。いっそ影山に殴り込みに行こうか。そう言うと「うんそうだ……ね?うん?え、なぐ…え?」と分かりやすく狼狽えた高槻に笑ってしまった。うん、と頷いてから「殴るくらい、許容範囲だよね?高槻」と言うとさらに面白い反応を見せた。

「え、お前どこの青春漫画繰り広げる気だよ?殴り合い?」
「俺が影山に殴られるわけないだろ。俺が一方的に殴るだけ」
「おい、お前それただのリンチだから」
「だ、だめだよ?国見君手に怪我でもしたらどうするの!」
「影山への暴力は良いのか…」

「いや、そっちもダメだけど!」と慌てる高槻の頭に手を乗せた。「いい加減、俺も痺れを切らしたから」嫉妬なんかしない、なんて言ってたくせにやっぱり高槻と影山が二人で、しかも手を繋いでるところなんか見たくないのだ。困った顔をする高槻と「あー…」と納得する金田一。
ほら、もう帰るぞ。と俺は高槻の手を取った。

「めんどくさそうにしてたくせに」
「お前が仕掛けたんじゃないか」
「そーだな!」

笑う金田一に高槻が首を傾げる。「気にすんな、国見が頑張るだけだからよ」なんて金田一が余計な事を言う。ああ、頑張ればいいんだろ。俺は繋いだ高槻の手に力を籠めた。少し、困惑する高槻。ちょっとくらいさ、意識してくれるといいな。なんて。

「あ、というか暴力は駄目だからね!こんな中学卒業前に!」
「精神的暴力ならいいってこと?」
「…え、う…うん?」

あ、影山に死んだな。なんて金田一のつぶやきが耳に入った。お前俺をなんだと思ってるんだよ。
<< | >>