ふわり、身体が宙を舞う。まるで時間が停止しているかのようにゆるやかに、わたしは。夢で空を飛んでいるような、そんな感覚だった。でも夢にしては意識ははっきりとしていて。
落ちる、おちる。「あ、そっか」なんて状況を掴んだ時にはもう遅かった。受け身は、取れない。身体が石のように固まる。もういいや、と目を瞑る。は、息を吐く。



「ちょ、―――馬鹿ですか!」

鈍な痛みを感じるほど握られた腕
驚愕する顔
容赦のない重力
抱きしめられる身体

結局、階段から転がり落ちる。痛みは小さい。ああ、なんで












「夢見さいあく」
「悪夢でも見ましたか」
「見ましたよ悪夢」
「頭でもなでましょうか?」

ほんとに、国見は私を甘やかすのが上手だ。そういうと、先輩が甘えるのは俺だけですよね?と国見は笑った。ほら、電車降りますよ、と手を引く。今日もいい天気だ。そんな私は対照的に酷く憂鬱だった。学校に着いても憂鬱。1限2限…放課後になっても気分は優れなかった。


「せ、せんぱぁい…」
「どうしたの水石ちゃん」
「超っ!顔色凄い悪いですよ?真っ青ですよオーシャンブルーですよ?大丈夫ですか?生きてます?」


あまりにも心配する水石ちゃん。鏡で自分の顔を見ると確かに酷い顔だった。気づかなかった。そりゃあ水石ちゃんも心配するはずだ。今日教室で色んな人に大丈夫?と声を掛けられたのはこのせいか、と納得した。

「今日のお仕事はもう私が全部やっちゃいますし、戸締りもしっかりますんで先輩は早急にお帰りください!家帰って寝てください!」
「いや、でも悪いし」


そんな私の言葉はまるで聞かず、水石ちゃんはぴっぴっ、と携帯電話を弄り始めたかと思うと通話し始めた。「てめぇら、麗しの生徒会長様が体調不良だぞ。今日は全員部活休んで生徒会の仕事しろ。じゃねーと生徒会長が無理してぶっ倒れることになんぞ。じゃ、みんな5分以内に集合ねっ」水石ちゃんよ…


「あ、これで生徒会の仕事はおっけーでーす!ていうか毎日毎日会長が仕事してるんだからそんなに仕事ないでしょうに!」
「いや雑務とかね…3年の役員は免除してあげてよ。どこの部活も最後の大会間近なんだし」
「こっちだって役員入れ替え準備とかあってごたごたしてるのにー。甘いですよぅ先輩!兎に角!今日は帰ってください!」



と、また携帯電話を弄りだす。あ、あったあった。なんて呟きまた耳にスマホを近づける。

「もっしもーし?国見君?え、誰だって?君の大好きな間宮先輩の1番の後輩、副会長の水石葵ちゃんですよー。え、なんで電話番号知ってるかって?気にしたら負けだよぅ!それでちょっとね、生徒会長様が体調不良でもうぶっ倒れそうなくらい弱ってるんだけどね。あー間違えた間違えた。てめぇの姫は預った、返してほしければ早く生徒会室に来い。早く来ないと姫がどうなっても知らないぞ。そっれじゃーねー!」
「どんな会話」
「悪役ハマってるでしょう私」
「後半の低い声凄かった。演劇部入ればいいんじゃないかな」
「私が本気出しちゃうと女優になっちゃう!」


本当に大女優になれる気がするよ水石ちゃんなら。なんて思ってたら廊下を走る足音が聞こえた。流石、国見はやいなぁ。という水石ちゃんの声とともにバンッと生徒会室の扉が開く。

「…間宮先輩、大丈夫…じゃないですね。その顔色」
「いや、大丈夫だよ」
「どこがですか。ほら、送るんで帰りますよ」
「国見君よっろしくねー」
「はい、変な電話ありがとうございました」

ばいばーい!と水石ちゃんが手を振る。私は国見に引き摺られるように生徒会室を後にした。廊下をとぼとぼと歩く。国見とは手が繋がれたままだ。

「国見、部活は」
「サボりです」
「え、それは」
「普通にサボりなんで、気にしないでください。それより間宮先輩の方が心配なんですから」
「、ありがとう」
「どういたしまして。どうします?電車に乗っていられるんならいいんですけど、具合悪いと電車20分も辛いでしょ。俺の家で休んでいきます?」
「それは流石に国見家に迷惑でしょ。大丈夫電車乗っていられるから」
「じゃ、帰りましょう。家までちゃんと送りますからね。いや、眠りに着くまで見送りますからね」
「え」
「はい、先輩の話は何も聞きません。いきますよ」

<< | >>