▽昔話
 高校2年の間宮と中学3年の国見



その日、私は疲弊しきっていた。つまらない事で先生に怒られ、及川に絡まれては及川ファンに捕まって謂われない暴言を吐かれる。仕事のミスを指摘され、私が担当していた仕事ではないのにやり直しを命じられるし…と不運の連続だった。
あること無い事暴言吐かれて本当に疲れに疲れ切っていた。放課後、教室に赤い夕暮れの光が降り注ぐ。あーあ、本当はもっと早く帰れるはずだったのになぁ。手元に散らばったプリントを纏める。もう、帰ろう。

本当に最悪な1日だ、とふらふらと歩き始める。

頭が、痛い。

途中、部活途中の及川に「蒼ちゃーん!」と声を掛けられた気がしたけど多分気のせいだ。気のせいでなかったとしても構っていられる余裕は今の私には無かった。電車に乗ってしまえば、座席に座って寝ていられる、それまで頑張ろう。
駅に着き、ホームへと続く長い階段を登る。重い足を前へ前へと動かす。登り階段つらい。

一歩
また一歩




一瞬、ほんの一瞬だけ意識が遠退いた。気付いた時には重心は後ろへ。酷く痛かった頭がクリアになる。夕暮れが、上の方から差し込んでいた。

あ、これ落ちる。

頭は冷静だった。でも身体は動かない。受け身を取ろうにも、身体は石のように硬い。なんか、もういいや。全身の力を抜く。階段、どこまで登ったっけ?どれくらい落ちるかな。

浮遊




「ちょ、―――馬鹿ですか!」

腕に痛みが走る。ジャージを着た男の子が、私の腕を掴んでいた。既に私の身体は宙へと浮いている。受け切れるわけもなく、私と男の子は落ちる。その瞬間に、漸く血の気が引いたのだ。
痛みはない。身体は地面に着いている。視界は、黒。男の子に抱きしめられていた。声が引き攣る。

「だ、だいじょうぶ?!た、たいへん病院に」

ざわざわと周りの人が集まり始める。誰か、救急車を。と言う前にその男の子は身体を起こした。

「いっ…大丈夫です」
「大丈夫なわけないでしょ!何処が痛い?手当てしなきゃ」
「あの、」
「なにっ!?」

震える声。どうしようどうしよう、怪我をさせてしまった。冷静になれない私、震える手を男の子は握った。

「怪我、ないですか?」


私は、息を飲んだ。涙が出そうになるのをぐっと堪える。次の瞬間「怪我があるのは君でしょう!?」と怒鳴るのだった。それからの私の行動は早かった。「痛いところはどこ?」「え、と腕が」「歩ける?負ぶろうか?」「だ、大丈夫です」「近くに行ったことある病院あるからそこまで一緒に」「いや大丈夫で」「大丈夫じゃない!行くよ!」と引き摺るように男の子を病院に連れて行った。

「うん、骨折はしてない。ちょっと腫れてるけど。2週間もすれば跡形もなくなるよ」

無理しなきゃ、普通に生活できるくらいだよ、とりあえず切り傷があるから包帯巻いたけど。そう診察した先生に私は息を吐いた。

「でも、運動部みたいだし毎日診察に来ます」
「いや蒼ちゃん、いくらなんでも心配しすぎだよ。ただの怪我だよただの怪我。昔の子供なんてこんなのほっとく」
「完治するまで来ますから」
「…勝手にしろォぃ…」

先生は両手を上げて降参した。「いや、俺大丈夫なんですけど」という男の子に「ダメ、完治するまで一緒に病院行くから」と言った。

「諦めろォ。蒼ちゃんクソ真面目だから言う事曲げねぇぞ」
「はぁ」
「まったく、くだらねェ怪我でくんじゃねーや。唾つけときゃ治るっつーに」
「先生それでも医者ですか」
「残念ながら医者だ。ほれ、軽症者はさっさと帰れ。これからナイター見るんだからとっとと」
「仕事してください」

半ば追い出されるように診療所を出た。気まずい空気が男の子との間に流れる。

「えっと、蒼、さん?」
「うぇあ!はいっ」
「ありがとうございました、医者にまで連れて行ってもらって」
「むしろお礼を言うのも、謝るのも私のほうだよ。私のせいで、怪我させて…」
「大丈夫、です。それより」

じっ、と目を見つめられた。な、なに?と少し後ずさる。

「お名前、聞いていいですか。先生が呼んでる名前しか、わからないので」
「あ、ああ。そうだよね、高校2年の間宮蒼です」
「中学3年、国見英です」

その後国見君に懐かれ、ぐいぐいと攻め落とされ、男女交際にまで発展するとは、誰が想像ついたことか。

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