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-宵闇奇譚-
迷い子

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昔から、兎に角迷子になる事が多かった。

小学生の頃、遠足で山に行った時の事だ。一人で山奥に居た。先が崖で後ろには生い茂る草木が行く手を塞いでいる。おおよそ道と呼べる道は存在していなかった。だが自分がそんな場所を通ったという記憶はない。半袖短パン、靴は綺麗な状態で怪我もかすり傷一つなかった。なんで、一人でこんな場所に来れるのだろうか。よく先生や両親にも怒られていた。でも俺にはどうしようも無かった、だって気づいたら知らない場所に勝手に居るのだから。
中学生の頃にも、迷子になった。学校が終わり、家に帰る途中だった筈だ。気づいたら平屋の廃屋に居た。流石に可笑しいと思った。ただ迷子になるだけなら兎も角、知らないうちに建物の中に居るだなんて異常すぎる。ギィ、奥の方で軋む音がする。床は腐って崩れ落ちてるし危ない。いや、そういう物理的なもの以外も。――異常に、さむい。俺は急いでその廃屋から飛び出す。後ろは振り向かなかった。
さて高校生になった。電車を乗って高校まで向かう。はっきり言って怖かった。電車なんて知らないうちに何処まで連れて行かれるかわかったものじゃない。まぁ電車でなくとも、知らずのうちに何処か知らない場所に連れて行かれるかもしれないんだけど。
通勤通学ラッシュ、流石に朝は平気だろう。俺は窓の外に流れる風景をぼーっと眺める。とんとん、と肩を叩かれた。目を向けると、金。金色の鋭い目。「赤葦おはよう!」無駄に大きな声が電車の音にも掻き消される事なく響いた。

「おはようございます、木兎さん」
「おう!なんか寝むそうだな?」
「眠くはないです」
「そーかー?」
「はい」

ただ、考え事をしていただけです。考えたって意味の無い事を、どうしようかと悩んでいただけだ。「赤葦の考え事…なんか難しそうな事考えてそうだな!」ガシッと両方を掴まれた。「どうしよう、先輩としては何か相談に乗ってやりたいんだけど、俺力に慣れる自信ない!赤葦と違って馬鹿だから!」くすくすと周りに居た人が笑った。恥ずかしい人だ、当本人は全く気にせずにあー、うーと声を上げる。俺が逆に恥ずかしい。

「ま、話聞いてくれるだけでも嬉しいですけど」
「まじか!じゃあ超頼れる先輩に悩みを打ち明けてみろ!」
「はいはい、取り敢えず次で降りますよ」

学校最寄駅に到着する。よっしゃー!学校まで競争しようぜ!人混みの駅のホームで、何を馬鹿な事を言っているのだろうか。「馬鹿でかい図体の人間が人混みの駅構内を走ったら迷惑になるでしょう、いいから大人しく歩く」木兎さんの背中を叩く。「じゃあ駅でたらダッシュな」あ、はい。勝手にやっててください俺は歩くんで。「ノリ悪いなぁ、赤葦は」なんて不満の声を上げる木兎さんに不機嫌を露わにした。この人幾つになっても小学生並みなのだろうか、将来が心配だ。








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「で、赤葦の悩み事ってなんなの?」

すっかり忘れ去られてたと思っていた話題を、朝練終了後に出された。「あ、憶えてたんですね。朝のダッシュで全部忘れてたかと思ってました」制服のボタンを留める。「忘れてたけど思い出した!」ぐっと手を握る木兎さん、別にそのまま忘れてても良かったんですけどね、どうせくだらないことですし。俺はそんな事を口にする。「えー…」木兎さんは首を傾げた。

「だって赤葦、なんだか不安そうな顔してたぜ?なんか気になるから話してみろよ!」

頼れる先輩様だぜ?と親指を立てる。頼れるか、とても微妙なラインだと思うんだけど、そう思いながらも俺は口を開いた。




「よく、迷子になるんです」

馬鹿っぽい切り出し方。後ろに居た木葉さんがぶはっ!と噴き出した。何気に聞かれていた。まぁ、聞かれたっていいや。俺は続ける。途中から顔を青くする木葉さんを見て少し笑ってしまったのは内緒だ。



「知らずのうちに、知らない場所に居る…かぁ…。そりゃあ酷い迷子だな!」
「いやいや木兎、それただの迷子じゃないだろ!なに、廃屋に居るって。怖いんだけど!何かに誘われてない赤葦!?」
「そんな気もしますよね」
「超冷静!怖い怖い怖い!なんか慣れてるっぽい赤葦怖!」


さっきまで「なに赤葦、見た目に反して意外とドジっ子?意外すぎて笑う」なんて言ってたくせに顔を真っ青にする木葉さん。隣では腕を組み「うーん」と唸る木兎さん。何をそんなに唸っているのか。

「今まで帰れなくなった事は…ないよな?今赤葦ここに居るわけだし」
「帰れなくなった事は流石にありませんね。最悪朝には帰れますし」
「は!?一晩帰れなかった事あんの!?」
「はい」

中学の頃だ、一人祖父の家に行こうと電車に乗ったら目的の駅が無くそのまま終点まで行ってしまった。その終点は無人駅で、時刻表も無し。いくら待っても電車が来ないから一晩その駅のホームにあるベンチに座っていたのだ。翌朝、近くに住んでいるらしい農家のおじさんに発見されて俺は無事帰る事が出来た。ちなみに俺が乗った電車は30年ほど前に廃線になっていたらしい。そりゃあいくら待っても電車が来ないわけだ。「違う違う、そこじゃない!お前どうやってその駅まで行ったんだよ!」至極もっともなツッコミをされた。そんなの、分かるわけないじゃないか。


「いつか行方不明になりそうで怖いんだけど」
「俺も、ちょっと怖いですね」
「ちょっとかよ。胆座り過ぎ」
「昔からなんで」

さて、会話に参加しない木兎さんに目を向ける。まだ唸っていた。この唸り…いびきとかじゃないよな?不安になっていると「よし!」と木兎さんが目を開いた。よかった、寝てるわけじゃなかったみたいだ。木兎さんが親指を立てる。金色の瞳が輝き濃くなった気がした。

「今度迷子になったら真っ先に俺に電話しろ!文明の利器を駆使してお前を迎えに行ってやる!」

そう言って木兎さんは胸を張った。文明の利器なんて言葉、よく知っていたななんて感心した。思わず拍手を送る。「ど、どうした赤葦…?」木葉さんの疑問に答えると「いくらなんでも木兎馬鹿にしすぎだろ…」と呆れた声で言われた。いやいや、この人の頭なめないほうがいいですよ。「文明の利器?パソコンとスマートフォンのことだろ?」合ってるけど随分範囲が狭い。「冷蔵庫と洗濯機は?」「それ家電製品じゃん」もう何も言うまい、木葉さんが白い目を向けていた。


「お前の事、迎えに行ってやるからな!」
「まぁ期待せずに待ってます」


もう授業始まっちゃいますから急ぎますよ。俺達は部室を後にした。
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