【気紛れ】



「すいませんそこの狐面の人!きさらぎ駅ってどの電車乗ればいいですかー?」

狐面は男の方を向く。暫しの無言の後に狐面は口を開いた。

「何故其処へゆく、好奇心か?」
「え、好奇心?俺はただ迷子になってる大切な後輩を迎えに行くだけですけど」
「…ふむ、迷い子か。それはまた随分と酷い迷い子だな」
「あー、赤葦よく迷子になるみたいだし。方向音痴みたいだから」
「そういう性質の人の子か。良いだろう、手を貸してやろう。お前が行きたい場所はあそこから行ける」

狐面は指を指す。男はその指の先に目線を向ける。あれ?男は首を傾げた。自分の中にある記憶との相違があったからだ。指差す先には、号線の番号も行き先も掛かれていない案内と呼べない看板、そして階段があった。他のホームと変わりない、ホームへと続く階段。
男の記憶が正しければ、普段あそこには【何もなかった】はずだ。空白の空間、あるいは壁。「俺は嘘は言わん。信じないというのならばそれもまた未来だろう」狐面の言葉に男は答える。

「いや、嘘って感じじゃねーし、ここで止まってても仕方ないから行く。ありがとな、狐の人!」
「構わん、ほんの気紛れだ」

さて、忠告だ。迎えに行くのは構わぬが決して電車から降りては為らぬ。呼び戻すのだ、降りたらお前も戻れなくなるからな。男は狐面の言葉に頷いた。よし、ならばゆけ。狐面は男の頭を2、3度撫でた。男は駆け出す、自分の大切な後輩を迎えに行くために。狐面は男の背中を見送った。さて、狐面は声を出す。


「気紛れ序でに、さらに気紛れでも起こしてやろう」




からんからん、下駄の音が響いた。
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