部活が無くなった。「明日朝から体育館使うから、その準備で使用禁止だってさーちぇー、トス打ちたかったのになぁ…」としょぼくれる木兎さん。体育館の使用禁止じゃ自主練も出来ない。「今日は真っ直ぐ帰って、勉強しましょうね」なんて言うと木兎さんは顔を背けた。木兎さんちゃんと勉強しないと留年するかもしれませんよ。部室に散らばっていた一桁のテストを思い出した。


「ま、仕方ないから真っ直ぐ帰るかー」

よし赤葦、ゲーセン寄って行こうぜ!数秒前に言った事を忘れる素晴らしい頭の持ち主だと思う。「行きませんよ真っ直ぐ帰ります」そう言ってスマホの画面を見た。メールが一通、妹からだ。「お兄ちゃんやばいスイカ忘れた!迎え来て!」なにドジやらかしてるんだあいつ。「赤葦帰ろうぜー」と言う木兎さんの言葉にすいません、と返す。

「妹迎えに行ってきます」
「おー、わかった。…?」

それじゃ、また明日。と木兎さんに背を向けた。あーあ、真っ直ぐ帰ろうと思ったけどそうはいかなかったな。というか部活が丁度無くなった日でよかったな。部活終わって身体と、いつ帰れるかわからないもんな。駆け足で駅へと向かい、改札を通ろうとして立ち止まる。スマホの画面をタッチして妹にメールを送った。「お前の学校の最寄駅ってどこだったっけ?」返信はすぐに来た。






「きさらぎ駅だよ」






あ、そうかそうだったな。なんで忘れていたんだろう、俺は改札を抜けた。違和感など、まったく感じていなかった。





◇◆◇



電車に揺られる。なんだか人が少なくなってきた、乗ってくる人も殆どいない。まだ着かないのかな、なんて思っていたら「次は――きさらぎ駅、きさらぎ駅―――」とアナウンスが聞こえた。きさらぎ駅なんてめったに行かないからこんなに時間かかるなんて忘れてた、そう思いながら立ち上がる。ドアが開いた、暗闇。あれ、もうそんなに遅い時間?疑問に思いつつ電車を降りた。―――酷く冷えた空気が身体を包みこんだ。








「あ、れ?」

ふと、疑問に思った。あいつ、朝はどうやって学校に行ったんだ?首を傾げる。朝切符買って、昼飯買ったらお金なくなったとかかな、あいつならやりかねない。あいつも抜けてるしな。改札を通ろうとスイカをかざし進もうと思ったら、進めなかった。あれ?通り抜けようとした足を数歩戻す。スイカをかざすが反応は全くない。それどころか画面が真っ黒だ。電気、通ってない?おかしいな、窓口に目を向ける。誰もいなかった。あ、やばい。血の気が引いた。人が一人もいない、静かすぎる。いや、無音ではなかった。何か遠くで聞こえた、お祭りのようなそんな音。
直感だ、ここから出てはいけない。出たら本気で戻れなくなる。俺は改札を出ずにホームへと戻った。

さて、どうしようか。ホームのベンチに座り考える。電車が来る気配はない、祭囃子の音が遠くで聞こえる。妹も、妹どころか人っ子一人いやしない。スマホの画面を見る、時刻は午前2時過ぎ、俺が学校を出たのはせいぜい夕方の5時過ぎだ。完全に狂ってる。妹にメールを送るが送信エラーになる。電話も、通じない。あー…やっぱり巻き込まれるか。頭を抱える。さてどうする。夜明けまで待つか、しかし時間が狂ってるとなると絶望的な気がする。――どうする?





――お前の事、迎えに行ってやるからな!




いやいや、電話も通じない状況で助けを求めるなんて無理に決まってるじゃないか。わずかな希望は掻き消され


プルルル、プルルル


――突如電子音が響く。音とともに震えるのは手元にあるスマホ。え、俺は小さく声を上げる。震える手で画面を見る、見てすぐさま画面をタッチした。

「ぼ、くとさ」
『赤葦今どこだ!?』
「多分、変なところに居ます…きさらぎ駅っていう――」
『わかった!きさらぎ駅だな、今から迎えに行くから動かずに待ってろ!』
「は、ちょ木兎さ」

ぶつんっ、通話を切られた。は、何あの人一方的すぎる。辿りつけるわけがない、きさらぎ駅なんて――え?
ぱりん、頭の中で何かが割れる音がした。思考が、クリアになる。ああそうだ、なんで今まで気付かなかった?きさらぎ駅なんて駅は無い、日本中のどこかしらにはあるかもしれないけど、東京にそんな駅はない。妹が通っている学校の最寄駅がきさらぎ駅という記憶も俺の中には無い。ぞわり、背筋が凍る。どこから、俺の頭は可笑しかった?いつの間に俺は得体の知れないものに拐かされていた?
祭囃子の音が近くなった。
震える身体を何とか落ち着かせようと手に力を籠める。大丈夫だ、こんなこと今まで何度もあったじゃないか。それに――木兎さんが迎えに来てくれると言ったのだ、あの人は約束を破らない人だ。大丈夫、だいじょうぶ。



からん、からん



軽い音が響いた。下駄が鳴る様な、そんな音。顔をあげる。喉の奥がひりついた、背筋が凍る。狐面が居た、和傘を差した狐。これは、違う。この世に生きているモノじゃない。ひぅ、変な息が漏れた。からんからん、狐面が近づく。俺は動けない。とうとう俺の目の前まで来てしまった、狐面の足が止まる。暗闇なはずなのに、その狐面の赤い着物が鮮やかに浮き上がる。


「――応えるな」

は、と声を出そうとして慌てて口を手で覆った。応えるな、声を出すなと言う事だ。唇を噛む。「そうだ、それでいい。俺はお前の敵ではないが此方側に生きるモノだ。この地でお前は異形に言葉を交わしてはいけない」狐面はつらつらと喋る。――遠くでカンカンと踏切で鳴る音が響いた。「迎えだ、存外早かったな」狐面は線路に目を向ける。

「お前はモノに好かれる性質たちのようだな。お前のような輩はよくここに誘い込まれる。現世うつしよ常世とこよの狭間、間違えれば一生戻れない」

ぶわっ、風が吹いた。狐面の背後に眩しい光――電車の明かりだ。がたんがたん、ゆっくりとスピードを緩める電車。狐面が俺の腕を掴んでベンチから立たせた。

「お前は運が良いな、あれが居なければ確実に」



「――赤葦!」

木兎さんの声が響いた。電車のドアから木兎さんが顔を覗かせる。「赤葦迎え来たぞ!早く乗れ!!」木兎さんの手が俺に伸ばされる。トンッ、背中を押された。


「今度は引き込まれるなよ大馬鹿者」

木兎さんに腕を引かれ、電車に飛び乗った。乗ったと同時にドアが閉まる。「黄泉國入口、発車します」というアナウンスが聞こえた。後ろを、ドアの向こう側に目を向ける。狐面が手を振っていた。




◇◆◇



「赤葦大丈夫か?」
「…だい、じょうぶです」
「なわけないよな。顔真っ青だし」

取り敢えず座ろうぜ?心配そうな木兎さんに手を引かれ電車の椅子に腰を掛けた。指先が酷く冷えていた。深呼吸をする。少し落ち着きを戻してから、俺は口を開いた。

「ありがとうございました、木兎さん」

心からの感謝だ。あのままあそこに居たら多分俺は一生戻れなくなっていた。「いいってことよ!」木兎さんが笑う。その笑顔に安心する。


「よく、来れましたね」
「ん?ああ、俺もさきさらぎ駅なんてしらねーからどうしようかと駅で迷ってたらさ、なんか着物着た狐面が居たんだよ」
「…え」
「あ、この人ならなんか知ってるかもって思って聞いたんだ。「きさらぎ駅ってどの電車乗ればいいですかー?」って。そしたらその人が指差した先に番号無いホームの階段があって」
「安易にそこの電車に乗ったんですか…」
「だってよー、そうじゃなきゃ迎えいけないって思ったし」

危機感というものは…いや、人のことは言えないか。しかも木兎さんは俺を助けるためにしてくれた行動だ。素直に感謝しよう。


「ところで、なんで電話してくれたんですか?」

此方側からは誰にも電話できなかった、木兎さんが気付いてくれなければ、電話をかけてくれなければ俺は確実に。木兎さんは変な顔をして、「赤葦が変な事言うから」なんて言った。はて、俺は首を傾げる。








「赤葦、妹迎えに行くって言ったけど…そもそも妹いねーじゃんお前」
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