Ophiuchus



「やぁアークトゥルス君、元気かい?」
「俺は外人じゃない」
「知っているけど?」

じゃあ横文字呼びやめろ。会話が通じる気がしない黒マントの横を通り過ぎようとして、やはり捕まる。「ちょっとお話しようよ、ねぇ岩泉君」マントの隙間から三日月の様な口が覗く。不気味すぎる。三日月の弧が広がる。今まで合った事の無い目が合う。射抜くような瞳だった。

「君は運命というものを信じるかい?」







◇◆◇



「安心院から」
「うん?」
「安心院からその話に踏み込めば恋バナが始まる、みたいな話を聞いていたからな」

本気で恋バナが始まるとは思っていなかった。隣に座っている黒マント――を外した女子、白鳥とやらを視界の隅に捉える。マジで女子だったし、及川が何故にあんなにショックを受けていたのかも分かった。学年でも割と目を惹く秀才人間だ、そりゃああんな電波が入っているだなんて信じたくないだろう。


「恋バナ…ふふ、恋バナねぇ。これが恋やら愛やらに発展するのは君次第だよ?」
「そもそも信用してないって言ってんだろ」
「それは残念。でも少し浪漫が有るじゃない。運命の相手、とか。女子はそういうの好きよ?」
「安心院は運命なんて信じないって言ってたけどな」
「あの子は変なところで現実的になるからね。私が運命の人を教えてあげたのに、まったく信じないのだもの」

あーあ、つまらない。口ではそう言うクセして楽しそうに笑う白鳥に俺は溜息を吐いた。こいつが言うに、俺の近くに運命の人…なんか痒いな。まぁそんな人間がいるらしい。誰、とまでは言わない。ただ楽しそうに俺の顔を見る白鳥に、正直お手上げ状態だった。


「あの子にも、君と同じように運命の人がいるんだよ」
「そーかい」
「…ふぅん、気にならないのかい。まったく…君はもう少し面白みがあると思っていたけど」
「最近色んな事が起こり過ぎて正直、慣れた」
「おやおや、君も立派に仲間入りだね」
「御免被る」

…正直な話、気にならない…なんて事は無かった。こいつの話を信用しているわけではない、運命なんて意味のわからないもの。だが、どうにもこうにも気になってしまうのだ。それを、多分コイツは気づいているんだろう。ほんと、近くに居たくない人間だ、まったく…。


「あの子の弱点でも教えてあげようか?」
「いらない」
「あの子頭撫でられるのが苦手なんだよ」

要らないと言っただろうが。しかし聞いてしまったものは仕方ない…というかあいつ頭触られるのが嫌いなのか。安心院の頭、丁度良い位置にあるから手を乗せないように注意しないとな…。

「例えるなら、そうだな。野良猫だね、懐いてもらわないと触らせてくれない。でもそうだな、試しに岩泉君、安心院の頭を撫でてみなよ」
「振り払われるんだろ」
「もしかしたら、撫でさせてくれるかもしれないよ」

本当に、まるで野良猫の様に安心院を扱うな。「私はね、私が楽しければいいんだよ」なんて最低な事を言う白鳥を無視し、俺はその場を後にした。













「僕が楽しければハッピーだけど、みんなが幸せになるなら更にハッピーだよね」

さーてと、なんだかんだで自覚はしてるようだし、後はアークトゥルス君に丸投げしようか。どう転ぶかはアークトゥルス次第。どうかスピカを探しだしてね。

黒いマントの人間が、そう呟いた。






◇◆◇




「安心院」

部活前、安心院を発見した。「ああ、岩泉一先輩」安心院は俺に駆け寄って来た。ふと、思う。思って…手を上げる。ゆっくりと動く腕を安心院が首を傾げながら目で追いかける。



「……あの、すいません」
「あ?」
「いや、あ?じゃなくてですね…この頭の手は何なのでしょうか」
「………」

さっきの俺に駆け寄る姿が、なんとなく俺に懐く野良猫のようで。安心院の頭の上に乗せた手を、動かす。なんか、ふわふわしてる。「ちょ、岩泉一先輩。離しやがってください」そんな安心院の言葉を無視して、俺は撫でていた手を下へ移動させる。

「は、いわ」

頬を、撫でた。指先が目元を掠る。あかい、顔。…赤い顔?安心院ははくはくと口を開け、暫くして唇を噛んだ。そして


「岩泉一先輩は変態です」

俺は固まった。安心院に変態だ、などと言われたからではない。顔を真っ赤にして涙目の安心院の表情が俺に大ダメージを与えたのだ。俺の体温が上昇するのが分かる。「あ、」俺は安心院の名前を呼ぼうとして、そして


「ていや!」

頬を撫でていた俺の手が振り払われ、そのまま安心院の手が俺の首に直撃する。「いっ」なんて声を上げていると安心院が足を踏み出した。腕を引く、構え。あ、嫌な予感しかしない。


鈍い音が響いた。













「やあ岩泉君、生きてるかい?」
「…っ、て………ぇっ」
「ははは。あの子少林拳を習っているのだよ。怒らせたら鋭い拳が飛んでくるよ」
「……先に、言えよ…」

「いや、頭は撫でるだろうな、なんて思ったけどまさか岩泉君が女性の肌に触れるだなんて思いもしなかったからさ」そんな事を言う黒マント、お前いつからそこに居た。あとその言い方は止めろ。本気で変態くさいじゃねーか。「で、どうだった?ご感想を。絹の様な肌ざわりだったかい?」五月蠅い黙ってろ。俺は赤い顔を隠しながら腹を押さえた。



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安心院ちゃんが謎すぎる
電波+天然+少林拳=?
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