Sagittarius



めんどうな課題を片付ける為に図書室に来たは良いものを、またもヤツに出会ってしまった。まぁ黒マントよりマシだろうと自己完結し、手元の本に集中する安心院に気づかれないように、俺は目的の本がある棚へと移動した。図書室は万年利用者が少ないらしい。安心院と俺と、あとほんの数名が図書室に居るだけだった。静かな図書室、いつも騒がしい周りの人間が居ないだけで、こうも感じ方が違うのか。ぶっちゃけ居心地が悪かった。圧迫されている感じがする。さっさと出てしまおう、本を数冊手に持ちカウンターへ向かう。ついうっかり、安心院のすぐ背後に出てしまった。気づかれないように、そっと歩く。ちらり、安心院を見ると、安心院は参考書を開いていた。星の本か、或いはそういった本を見ていたと思ったから少し拍子抜けした。そう、ここで俺はまたうっかり、気を抜いてしまった。どうせ今日は部活がない、俺はきっと気が狂れたのだ。じゃなきゃ、こんなことはしなかった。


「横、座るぞ」
「……、岩泉一先輩?」

俺は安心院の隣の椅子に腰かけた。きょとんとする安心院に、心の中で冷や汗をかいた。何をやってるんだ俺は…!そう、気が狂れたのだ。なんでこんな電波の隣に座ろうだなんて思ってしまったんだ。そう思いながらちらり、安心院の方を見ると


「…おい」
「なんでしょう」
「なんで遠ざかった」
「………気のせいです」

すぐ隣に座ったはずなのに、俺と安心院の間の席が一つ空いていた。こいつ…!俺は空いた席にズレて座ると安心院はわかりやすく肩を震わせた。なんだ、俺コイツに嫌われてるのか?「なぁ」俺は話しかけると「図書室は私語厳禁ですよ、岩泉一先輩」と至極もっともな事を言われてしまった。が、イラっとする。あーそうかい!俺は本を開く。丁度いい、借りずにここで終わらすか。ルーズリーフとシャープペンを取り出し、本に目を落とした。












「……あ?」
「あ、起きましたか岩泉一先輩」

は?と安心院に目を向ける。机の上の勉強道具は綺麗に片づけられていて、代わりに星座の本が机に乗っていた。…あ?今何時だ?外を見ると既に暗くなっていた。…は?


「2時間ほど、寝ていましたよ。何度か起こしたのですが」
「…わるい」
「いえ」

それだけ言うと、安心院は本に目を落とした。いや、お前帰れよ。俺は呆れ顔で安心院の横顔を見た。ふと、本の表紙を見た。難しそうな本ではなく、夜空の写真集のようだった。「なぁ」俺は口を開く。


「面白いか?」
「面白いですよ。一つ一つに逸話があるんです」
「ただ星を眺めるだけじゃ駄目なのか」
「駄目じゃないですけど。私は物語を併せて眺めるのがすきです」

岩泉一先輩は、そういうの苦手そうですよね。なんて言葉に苦笑した。まぁ好きじゃないな、言われても興味がわかないしな。ああ、でも


「及川がアルテミスとオリオンの話をして、それはちょっと憶えてるな」
「へぇ…」
「全部を聞くのは流石に無理だが、確かに逸話やら聞くと少し面白い気がするな」


きょとんとした表情をする安心院。なんだよ、似合わないってか?「どうせ似合わない事言ったよ」と額を小突いてやると「いえ、そういうわけじゃないですけど」と安心院は額を押さえた。


「まったくの無関心は、何処まで行っても無関心ですから」
「は?」
「興味を、持っていただけて良かったな、と」
「お前の存在濃すぎるんだよ」
「……存在が濃い、とは」
「わからねぇとは言わせねーよ」
「いやわけが分かりません」
「じゃあ例えば」

この星は?そう聞くと安心院の目ががギラリと光った。「及川徹先輩からお話は聞いたんですよね。アルテミスとオリオンの話。そこにも登場する蠍の話なのですが」ほらそれだよ、つらつらと話す安心院の言葉を左から右へとスルーする。早口過ぎて何言ってんのか聞き取れねーし。つーか私語禁止って言ったのお前だろ。饒舌に話す安心院をほっとき、俺は借りた本を棚に返しに行く。


「聞く気が無いのなら話を振らないでください」
「周り気にせず話すよな、お前」

ちょっと熱中してしまうだけです。なんて言う安心院。ちょっとってレベルでは無かったけどな。「ほれ、帰んぞ」と頭をぽんぽんと撫でる。


「……」
「…何だよ」
「別に」

何かがお気に召さなかったようだ。すこし顔を顰めて頭に自分の頭に手を置いていた。触るなってか、わかったわかった。俺達は図書室を後にする。





「今日は交信しないんだな」
「部長は、今日は日が悪いと言うので」
「そーかい」

2人で学校を出た。今日もまた夜空が綺麗だった。しかし日が悪いとは何なんだろうか、本当にこいつら意味が分からない。そして交信を否定しない辺り、やっぱり冗談ではなく本気でやっているのかと遠い目をしてしまった。


「それでは、あまり逸話を聞きたがらない岩泉一先輩に」
「別に聞きたくないわけじゃねーけど、話が長い」
「3行で説明は無理です。それで、逸話なしで星を教えましょう」
「普通だな」
「ついでに対話なんかしてみたらどうでしょうか」
「普通じゃないな」
「南の方に見えるのがコップ座です」
「馬鹿にしてんのか」
「まぁ言われるとは思ってましたが」

まぁ別にいいですよ。じゃあオーソドックスに春の大三角でも、安心院は空を指差す。

「スピカ・アークトゥルス・デネボラ、この3つで春の大三角です」
「なんとかとなんとかと、あとなんとかじゃないんだな」
「すいません分かるように話してください。ちなみにそれは夏の大三角ですね。デネブ・アルタイル・ベガで」
「俺が言うのもアレだが、なんでわかった?」
「有名ですから」

夏の大三角はわりとみんな、知ってますからね。なんて言う安心院、俺のさっきの「なんとか」は知ってるの内に入っていたのだろうか。名前を聞くとああ、そんな感じのだ。というのは分かったが。あれ、そう言えば…と俺は思い出す。

「アークなんちゃらって昨日聞いたな」
「…」
「俺を指して、そう呼んでたなあの黒マント」
「部長ですね」
「スピカと相性が良いとか言ってたけど」
「興味御有りですか」
「手短く」
「アークトゥルスとスピカは夫婦星って呼ばれてます」
「アークトゥルスが俺ってどういう事だ?」
「さぁ?それは部長に聞いてください」

多分恋バナとやらに発展しますけど。その言葉に「は?」と声が出てしまった。「言ったじゃないですか、夫婦星だって。つまりスピカが近くに居るという事で」そんな言葉にああ、なるほどと思った。

「運命だなんだ、って黒マントが言いそうな台詞だな」
「あの人はそう言った類の話が得意ですから」
「お前は?」
「私は運命とか興味無いです」
「意外だな」
「そうでしょうか。運命なんて聞いた時点で受け入れも回避も出来るじゃないですか。それもまた運命、なんて言ったらキリがない」
「確かにな」

不確定の未来全てに「運命だ」なんて言われても私は納得しませんし。えらく現実出来な事を言う安心院に俺は少なからず驚いていた。不思議人間はなんでも受け入れているとばかり思っていたから。

「運命の人とか、興味皆無です」
「なんだ、あの黒マントに言われたのか」
「言われました。でも信じてないので」
「それが一番だろ」


なんとなく―――いや、なんでもない。コイツと話し過ぎて少し感化されてしまったようだ。身体の中のモヤモヤを全て吐き出すように、俺は息を吐いた。


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Sagittarius(いて座)
ケイローンが弓を引いている姿の星座
オリオンを殺した蠍が天上で暴れた時の為、ケイローンは常に弓を引いた状態でいる。
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