Achernar



「というわけで」
「どういうわけだ」
「突撃1年5組ー!」
「一人で行け」


テンションが高い及川に捕まり1年の教室が並ぶ廊下を歩く。途中偶然すれ違った国見に「なにしてるんですか」なんて聞かれるが「気になるあの子へ会いにっ!」と言う及川に冷たい視線を送っていた。いいぞ、もっとやってやれ。「俺面倒事に関わりたくないので」それじゃあ岩泉さん頑張ってください、と手を振られ俺は再び及川に引き摺られる。さて1年5組へと辿り着き教室を覗く及川。目立ってるぞお前。「ねぇ岩ちゃーん、どの子ー?」と俺を見ずに聞いてくるが俺は無視し

「何をしているのですか、岩泉一先輩」
「…げ、」

「げ、とは失礼な反応ですね」俺の目の前に立つ安心院に俺は何も言えない。「岩ちゃんってばー」なんて未だに教室の中を見まわす及川。おい、お目当ての人間は俺の目の前に居るぞ。

「あら、及川徹先輩もいらっしゃるんですね」
「お前の言う金星って金田一の事だったんだな」
「安易なネーミングでしたでしょう?」
「まったくだ」

で、何をしているのですか?と聞いてくる安心院に俺は及川の首根っこを掴んで引っ張る。「ぐえっ!」と聞こえたが気のせいだろう。ほれ、と俺は及川の背中を蹴ってやった。


「ちょ、何す…ん?あれ、もしかして」
「私ですか」
「君が安心院ちゃん?」
「そうですが」
「アルテミスとオリオンのお話しようとした」
「そうです。あれ、もしかして及川徹先輩」
「話、わかるよ」

ぎらり、安心院の目が鋭くなった気がした。少なくとも俺にはそう見えた。「あはは、安心院ちゃん星座とか大好きなんだね!」と及川が頭を撫でる。おい止めろ、嫌な予感しかしないぞ。

「おはなし、しましょう」

ここから、俺にはまったく理解の出来ない星やら神話の話が延々と続く事となる。再び出会った国見と、教室から顔を出した金田一と共に、及川達を見守る。というか俺帰って良いか?「誰が及川さん回収するんですか」と国見に言われたが、そもそも俺は及川回収班じゃない。不名誉な係を作るのは止めてくれ。




◇◆◇


満足したらしい安心院と、楽しかったのだが少し疲れ気味の及川。国見と金田一は何処かへ行ってしまった。「終わったか」と聞くと「なんだ岩ちゃん、全然電波ちゃんじゃないじゃん」なんて及川は笑った。いや、序の口だろそれ。お前夜にばったり安心院と会ってみろ、恐怖で身体が震えるぞ。


「及川先輩、よかったらぜひ天文部へ入ってください。もっとお話したいです」
「えー?俺バレー部だから入れないよ」
「兼部おっけーな部活ですよ。活動だってすごいマイペースですし、私以外全員掛け持ちしてますし」

おい、電波仲間増やそうとするな。「ええー、どうしよっかなぁー?」お前も悩むなアホ川。

「兼部って、他の人たちはあと何部に入ってるの?」
「全員オカルト研究部です」
「帰るぞ及川」
「岩ちゃん反応早」


部活ぐるみで電波じゃねーか!「オカルト研究部なんてあること自体知らなかったけどさぁ、天文部も知らなかったし、学生の部活だよ?そんな気にしなくても」なんて軽い考えの及川。あんまり首突っ込むと痛い目見るぞ、なんて口にしようとした時「それ」が現れた。思わず、身体が硬直した。


「岩ちゃんどうし…ひっ!?」
「あ、部長」

黒マントが居た。明るい日中の光景に全く持ってふさわしくない格好だ。流石に吃驚したらしい及川が1歩後ずさった。つーか安心院なんつった?部長?部長っつったか?学生なのかこれ。顔すら見えない黒マントの部長(仮)がゆらゆらと揺れる。正直、怖い。


「やぁやぁ安心院くん、部員確保の邪魔をしてしまったね」
「いえいえ部長、相変わらず夜の闇に包まれたような素敵なお召し物ですね」
「ふふふ、ありがとう」

電波のスイッチがONになった。これはマズイ。俺は及川を掴み逃げ出そうとするが先に黒マントが俺の前に立ちはだかった。そう、後方には安心院前方には黒マント…ちっ、完全に包囲された。

「及川、俺はお前に構わず逃げる」
「ちょっと岩ちゃん。それを言うなら『お前は俺に構わず逃げろ』だからね?あと俺の扱い」
「電波仲間になっても頑張れよ」
「見捨てる気満々じゃん…!」
「ちょっとお二人さん、意味わからない事を言わないでくれよ。まったく」

腕を組む黒マント、相変わらず顔が見えず口が三日月の様に弧を描いている。不気味な事この上ない。「まぁ部員確保は冗談として」一歩、黒マントは俺達に近づく。多分顔を上げて俺達の顔をまじまじと見ている…見えて…るのか?「大丈夫さ、僕にはみえてるからね。全部」やっぱり電波だ「電波なんて表現はいただけないな」考えてる事全部お見通しなのかこいつ…!

「言っただろう?僕には全部視えてるんだからさ」

意図的に見えない様にはしてるけどね!なんて言うコイツに何も信用なんて出来なかった。ところで、と黒マントは口を開いた。


「安心院くんは及川君がお気に入りなのかい?」
「星と神話の話が通じました」
「ふぅん。でも及川君は駄目だよ。こんな中身も外身もチャラチャラした男。中身がバレーしかないじゃないか。あとチャラいのが駄目」
「ちょっと」
「いくら話が通じるからと言って及川君は安心院くんと合わないよ。うん、だめだめ。もっと堅実そうな人じゃないと」
「俺がまるで軽い男みたいに…!」
「あってんだろ」
「岩ちゃん!?」

初対面に俺を否定され、相棒にはフォロー入れてもらえず…安心院ちゃん、慰めて!と腕を広げる及川。おい、普通にそれは止めろ。安心院はそれを見て「部長が駄目と言ったから近付きません」と後ずさり、及川にトドメを刺した。


「そこにアークトゥルスの彼が居るじゃないか」
「……は」
「岩泉一先輩は、だめです」
「なんでだい?」
「なんかこわいです」

その言葉そのままお前にボールで打ち返してやるよ。というかアークトゥルスってなんだ。俺の心の声に「アークトゥルスっていうのは」と黒マントが説明し出した、いらん。



「まぁ聞く気が無いのは知っていたさ」
「それでも最後まで話しきる部長は流石だと思います」
「褒めるなよ安心院くんははははは」

今のうちに逃げるか。俺はスッと黒マントの横を通り過ぎようとして――腕を掴まれた。「岩泉君」黒マントに名前を呼ばれる。どうして誰も彼も俺の名前を知っているんだまったく。

「君も割と有名人だという事を自覚すべきだよ?まぁチャラ男が近くに居るから自覚が持ち辛いんだろうけど」
「黒マントさん、俺の事チャラ男って呼ぶのやめて」
「チャラ男の名前なんて僕は知らないさ」
「さっき俺の名前呼んでたじゃん…!」
「もう五月蠅いよ及川君。あまりにも五月蠅いと君の後ろに居る女性
ひと
に…いや、なんでもないよ」
「ちょっと!?そこまで言ってなんでもないは無いでしょ!?後ろの人って何!?」
「気のせいさははははは!」

って、及川君と背後霊の話はどうだっていいんだよ。いや良くないよ!?
喚く及川を無視し、黒マントは多分、俺の方を見た。


「まぁ、運命というものはそうそう変えられるものではないからね」
「不穏な言葉にしか聞こえない」
「いやいや、君の人生は多分幸せさ。多分」
「その多分に含まれるものが不穏だ」
「ははははは」
「笑うな…」

俺の腕から手を離し、バシバシと俺の背中を叩く。なんなんだよこいつは。ぽけーっと俺達を眺める安心院、特に何かを望んでいるわけではないが、出来れば黒マントをどうにかしてくれ。


「スピカとアークトゥルスの相性はばっちりだと思うよ」

それじゃあね、と黒マントは去った。「私も失礼します」と安心院は俺をじっと見てから教室へと入って行った。沈黙と静寂。


「ねぇ岩ちゃん」
「なんだよ」
「なんでさぁ…」

廊下とか教室、人っ子一人居ないんだろうね?その言葉にぞっとした。そう、俺達は昼休みに1年の教室に来て…そして廊下にある時計を見る。6時を過ぎていた。俺達があいつらと話していた時間なんて、精々30分くらいであった筈だ。


「……」
「岩、ちゃん…」

電波、なんて可愛らしく言えるレベルじゃなくなったね。なんて及川が震えあがる。電波自体可愛らしくないだろ。「…もう、あそこにちょっかい出すのやめようか」ああそれが良い。俺達は薄暗くなった廊下を歩きだした。



---------------------
Achernar(アケルナル)
エリダヌス座で最も明るい恒星
アラビア語で「河の果て」
オリオン座の西から始まるエリダヌス川が、蛇行しながら南へ流れ、アケルナルで終わる
<< | >>