Circinus



「で、作戦Dと行こうか岩ちゃん」
「ABCは何処へ消えた」
「ノリだよノリ」

真顔で言う及川、バレーやってる時の真剣そのものなんだが、話してる内容は馬鹿すぎてもう言葉すら出ない。阿呆は無視しよう。「なにしてんのお前ら」花巻と松川が寄って来た。なんか面倒事になりそうだぞ、俺は溜息を吐いた。


「安心院ちゃんにお触りしちゃって避けられてる岩ちゃんにどうやって安心院ちゃんを近づけさせるかっていう計画」
「お触り…岩泉が?及川じゃなくて?」
「ちょっとまっつん、なんで俺疑うの」
「つーかクソ川言い方」
「お尻か胸触ったの?」
「マッキーの食いつき!もうちょっと健全なところだよ!」
「クソ川この野郎」
「唇とか…?」
「ちょっと濡れた唇とかエロいよね」
「わかるわかる。なんかつやつやしたリップ塗ってる女子のさ、そのリップを親指で拭い取って」
「キスしたい」
「及川ド直球すぎる」

この馬鹿どもどうにかしろ。何故か盛り上がる3人を余所に俺は教室を出た。盛り上がるあいつらは俺が出て行った事には気づかない。行くあてもなく廊下を歩く。つーかマジでどうするか…あんなに避けられるとは思いもしなかった。頭撫でただけじゃねーか…顔も触ったか。柔らかくて、吃驚したのだ。近くで見れば見るほど白い肌、温かい頬。するり、指が目元に触れて少しくすぐったそうにした安心院の顔を見て――って俺は変態か。頭を抱えた。なんで、俺はこう…あー…。今更気恥ずかしさに襲われる。ほんと、今更だな。
意外と俺も、男子高校生やってたってことで。


「あ、岩泉さん」
「よぉ金田一」

そんな事を考えていると金田一と遭遇した。腕の中には見覚えのあるノート…ああ、オカ研…「今から部長にノート渡しに行くんですよ!」笑う金田一に複雑な面持ちを向ける。金田一は首を傾げるだけだった。俺はお前を救ってやることは出来ない、悪いな金田一。見捨てるが許せ。「あ、そういえば」金田一が声を上げた。

「安心院がなんか…岩泉さん探してましたよ」
「は?」
「邪な電波が合って、中々岩泉さんをキャッチ出来ないとかなんとか」
「俺はつっこまねーぞ」

言わずもがな邪な電波というのは及川と、いまならプラス花巻松川だろう。電波って何だ電波って、むしろ電波はお前だろう。口にはしない、口にしたら負けだ。しかし、あれだけ俺を避けていた筈の安心院がなんで俺を探している?「なんか部長にいじめられたみたいなんで」最早意味が分からん。あの黒マントにいじめられたってどういう事だ。

「部長偶に傷口抉ってくるんで。俺も、中学の頃の事結構言われました」

なんで知ってるのか、影山の事で結構罵倒されて…あの人あんな格好ですけど結構人格者なんで。なんとも納得できない言葉である。黒マントが人格者…?「話してみればわかりますよ」あいつと何度か話した事はあるが、おちょくられる一方だぞ。


「あ、で安心院ですけど」
「おう、俺もアイツ捕まえねーとって思ってたところだ」
「月が無くて人探しが難しいからって教室で不貞寝してます」
「つっこまねーぞ」

「岩泉一先輩に会わないといけないのに何処に居るかわからない…」そう言いながら教室から一歩も外に出ずに机に突っ伏したらしい。探してるっていうんならせめて教室には来いよ。「無駄な労力使うのが嫌だって言ってましたよ」無駄って何だ無駄って。「だー!ったく…まだ教室居るか?」「多分?」じゃあこっちから捕まえに行くか、俺は1年の教室を目指した。「お、応援してます!」そんな金田一の言葉を背に受けながら手を軽く振った。…応援してます、ってバレてんのかよ。俺は苦笑した。










「あれ、岩ちゃん何処行った!?」
「しらね」
「脱線し過ぎて呆れたんじゃないか?」




◇◆◇



マジで寝てるのかよ、教室を覗くと見覚えのある頭が机に突っ伏していた。何人か、教室に人は居るけど良いか。気にせず俺は教室へ足を踏み入れた。「え、上級生がなんで?」みたいな視線を受けるが気にせず安心院の前まで足を進める。突っ伏す安心院の前で止まる。この後どうするか、起こして良い…よな?手を伸ばそうとしたところで「…岩泉一先輩…」むくり、安心院が顔を上げた。


「……」
「よぉ」
「どこに居たんですか岩泉一先輩」
「ずっと教室にいたぞ」

なんという…灯台もと暗し。そう呟く安心院に俺はグッと堪えた。お前そもそも灯台に灯を灯してないじゃねーか。このやる気の無さでよく人を探してたとか言えるな。

「取り敢えず、外出るか」
「屋上一択です」

わかってるよ、立ちあがった安心院を見てある気だす。「もうすぐ昼休み終わりますけど」どうせお前だってサボる気なんだろ?そう言うと「まぁそうですね」と安心院は笑う。後輩女子連れて授業サボりとか笑えないな。心の中で溜息を吐いた。











「あれ、開かねェ」

屋上の扉のドアノブを回すが固く止められる。「そりゃあ普段は立ち入り禁止ですから」…それもそうだな。じゃあどうするんだ、と口を開く前に安心院が俺の前に出る。カチャリ、鍵が開く音。

「なんだ、鍵持ってたのか」
「はい、勝手に合鍵です」
「おい」

指にストラップを掛け悠々と振りまわす様に溜息。まぁそれくらいやりそうだよなお前らと少し納得してしまった。安心院が扉を開き、一気に視界が開けた。2回目か、こいつと屋上に立つのは。あの時は満点の星空で、今は青々とした晴天だ。外へ一歩足を踏み出すと風が靡いた。泳ぐように、安心院の髪が舞う。


「で、なんのご用ですか岩泉一先輩」
「お前だって俺に用があったんだろ、金田一が言ってたぞ」
「…さぁ、なんのことやら」

安心院はどうやらシラを切るらしいがどうでもいい。話す気が無いなら構わない、俺は自分の言いたい事を言うだけだ。


「安心院、俺は」
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