【冷たい人の噺】


「及川さん」
「――あ?」
「大丈夫ですか?」


ふと、目が覚めると目の前には飛雄が居て、あと見知らぬ天井。何処ここ、と俺は上体を起こした。少しの目眩に襲われる、この程度なら何の問題も無いだろう。眠気は、ない。今まで寝ていたせいだろうか。手で顔を覆いながら記憶を手繰り寄せる…が、やはり俺がここに居る理由がわからなかった。


「飛雄」
「はい?」
「なんで俺ここに居るの?」
「及川さん公園のベンチでぶっ倒れてたんで、おぶってきました」

はぁー…俺は重い溜息を吐いた。なんとなく、思い出してきた。まず学校の廊下でダウンして、その後岩ちゃんに捕まる前に帰っちゃおうって一人で学校を出て…帰りの途中酷い吐き気に襲われて公園のベンチに座ったんだ。意識失った記憶は無いけど。しかしなんで飛雄が俺を。

「寝てんのに、顔真っ青でどうしようかと思って。俺岩泉さんの連絡先しらねーし」
「ほっときゃいいのに」
「んなこと出来るわけないでしょう」

ベッドに顔を乗せ俺を見上げる飛雄に俺は溜息を吐きながら手を乗せた。「及川さん、体調悪いんですか?」そういう飛雄に俺は何も言わなかった。嘘を吐いたところで、特に意味は無いのだから。わしゃわしゃと頭を撫でていると、飛雄は目を細めた。


「飛雄、俺ここ来てどれくらい経った?」
「…1時間くらいっすかね」
「あんまり寝れてないなぁ…」

ちょっと退いて、飛雄を退かしてベッドから降りる。家だと畳だから布団敷くし、ベッドというものは少し新鮮だった。ぎしっ、ベッドが軋んだ。「及川さん及川さん」飛雄が俺を呼ぶ。

「お前は俺の名前を良く呼ぶよね」
「そうですか?」
「中学の頃から変わらないよ。まったく…俺はお前に名前呼ばれるとぞっとするのに」
「、俺が嫌いだからですか」
「そうだよ、前もそう言ったじゃん」
「俺は、好きですよ。及川さんのバレーも、月見てる及川さんも、こうやって弱ってる及川さんも」
「しらねーよ…」

俺は昔から飛雄に冷たく当たっていたつもりだけど、コイツどんな図太い神経してるんだろう。立ち上がろうとすると飛雄は腰に腕を回してきた。ひやり、服の上からだと言うのに冷たい感覚が広がる。

「飛雄」
「、及川さんあったかいっすね」
「は、ちょ」

そのまま引き摺り落とされるようにベッドから落ちた。ぐいぐいと頭を俺の腹に押し付ける飛雄。なんなの、こいつ。俺は飛雄を押しのけようと頭に手を置く。…?違和感、俺は両手で飛雄の頬を触る。


「お前、なんか冷たくない?」
「寒いっす」
「何、風邪引いてんの?」
「ちがいます」

カタカタと震える飛雄。なんだか異常だ、頬もおでこにも手を当ててみたがまるで氷のように冷たい。まるで体温を感じられない。布団にあった毛布を被せる。俺に広がる冷たい感覚が、まるであの日の雪のようで。


「…寝て、いいですか」
「まぁ、いいけど」

すぅ。すぐさまに寝息を立て始めた。じわりじわり広がる冷たい感覚が、なにか心地よい。これ抱いてたら俺も寝れるかな。飛雄の身体を抱きかかえて俺はベッドに横たわる。なんか、雪の匂いがする。俺は瞼を閉じ、そんな事を思った。

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