【或る冬の日の噺】


いつものように寝れずに、俺は家の外へと出て行った。日を跨ぐ少し前に止んだ雪が思いの外積もっていて、少しだけわくわくしながら俺は雪に嵌まる様に歩いて、雪の上に倒れ込んだ。大雪が降っていたなんて嘘のように空は明るくて、月が煌めく雪景色が綺麗だった。物音ひとつしない、動物の声も全く聞こえない無音。あ、これなら寝れそう。こんなところで寝たら凍死…永眠しちゃうけど。俺は少しだけ笑って月に手を伸ばした。

ぼすっ、と何か音がした。
屋根の雪でも落ちたかな、なんて思っていると「…及川さん?」と何やら俺の会いたくもない人間の声が聞こえた。


「…何やってるの、飛雄ちゃん」
「ランニングです」
「ばっかじゃねーの」

上体を上げると、雪に埋もれる飛雄の姿があった。今何時だよ、ポケットに入れたスマホの画面を見る。時刻は4時ちょっと前だった。ばっかじゃねーの。つーかこの雪じゃ走れないだろ、足完全に埋まってるじゃん。「及川さ」言葉の途中ぼふん、と飛雄は雪の上に倒れ込んだ。


「何してんの飛雄ちゃん」
「…歩けない、」
「お前良くそれでランニングなんて言ったね。もう雪の中泳げば?」

そう言うと「なるほど!」みたいな表情をされた。ちょっとこの馬鹿なんとかして。飛雄は顔を上げたかと思えば雪にダイブした。俺は乾いた笑いを上げる。クロール…というか犬かき?をする何ともまぁ不格好な飛雄を見る。暫くして雪まみれになった飛雄は顔を上げた。

「及川さん」
「なに?」
「俺泳げません」
「しらねーよ」

例え水を泳げる人間であっても雪の中は泳げねーよ!雪を掻き分けるように歩き近づいてきた飛雄のおでこを小突いた。


「及川さん、何してるんですか?」
「なんでもいいでしょ」
「秘密の特訓ですか?」
「ばっかじゃねーのお前!」

大体こんな雪が積もってる中家出る馬鹿が居るかっ!俺は飛雄の頭を思いっきり叩いてやった。つーかブーメランじゃんこの発言、俺も大概馬鹿だけどさ。
ぐらり、飛雄の身体が傾き雪に埋まった。「飛雄ちゃん、凍死する前に早く帰りなよ」そう言いながら俺は飛雄に雪をかぶせた。「冷てぇ!首に入った!」と飛雄が起き上がる。ざまぁ、風邪引くなよ。雪玉を飛雄に投げつけた。

「ちょっ及川さん、さっきから地味に攻撃やめてください」
「及川さん飛雄で遊んでるだけだもーん」

あーあ、疲れた。俺は再び雪の上に寝転がった。身体は酷く冷えているけど、気分は悪くない。「及川さん寒くないんですか」ずずっと鼻をすする音がした。お前もう家帰れよ。

「及川さん」
「なに」
「寒いんで帰りましょう」
「飛雄帰りなよ、俺はまだここに居るから」
「、たのしいですか?」

雪。そういう飛雄に俺は空を指差した。飛雄が空を見上げる。

「月を眺めるのは好きだよ。特に雪が積もってて、夜誰もいないこの時間の月は大好きだ」
「…及川さん、バレー以外にも好きなものあったんですね」

何言ってんだこいつ。ああ、でも飛雄の好きなものはバレーだけか、俺は納得する。俺だって好きなものはたくさんあるよ?バレーは勿論だけどさ、牛乳パンが好きでしょー?暴力的だけどなんだかんだでいつも俺を支えてくれる岩ちゃんも好きで、あ、勿論友情って意味で。あとは今言った通り月見るのも星を眺めるのも好き。俺は両手を空に伸ばす。

「及川さん」
「今度は何。ノスタルジックな及川さん邪魔しないでよ」
「の、のす…る?及川さん、俺は」
「お前なんか嫌いだ」
「そうですか」

少しくらいへこむかと思ったけど飛雄は全く気にしていない様子だった。「でも」飛雄は続ける。


「俺は及川さんすきですよ」
「…は」
「及川さんのバレー好きです」
「…あっそ」
「あと」

月見てトスなんちゃらになってる及川さんも、割と好きです。飛雄はそういうと「帰ります」なんて歩き出した。俺は何も言わず、月に手を伸ばしたまま静止する。
暫くして、飛雄の雪を掻き分けながら歩く音は聞こえなくなった。再び静寂。天を仰いでた腕を雪の上に落とした。ぼそり、俺は口を開く。


「トスなんちゃらってなんだよ…トスじゃないし。ノスタルジーだし、あのバレー馬鹿め」


冷え切ったはずの身体が、熱を持ったような気がした。
さて、もうそろそろ帰ろうかな。俺は身体を起こし、飛雄が歩いたであろう道を辿った。

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