【現に揺らぐ噺】



ぐらぐらと、視界が揺れた。まるで陽炎のように俺の意識は揺らぐ。誰かが俺を呼んだ気がしたけど、多分気のせいだろう。ああ、でももしかしたら岩ちゃんかもしれない。「お前、また!」なんて怒鳴っているのかもしれない。実際は、わからない。だって今の俺には、何も聞こえないし何も見えない。


「――及川さん?」

俺を呼んだのは、誰だろう。






◇◆◇


毎晩、俺はカーテンを閉めずに部屋の電気を消す。月あかりを受けながら俺はぼーっとそれを眺める。スマホの画面を付けると時刻は既に3時を回っていた。眠気はある、が布団に横になって目を瞑ったところで俺は意識を手放す事は無いのだ。

俺が寝れるのは、限界が来てぶっ倒れる時くらいだ。
岩ちゃんに「それは睡眠じゃなくて気絶だ馬鹿野郎」と怒られた事があった。でも、寝息は立ててたみたいだしさ、一応睡眠なんだよ。そう笑って言うと岩ちゃんは変な顔をした事を思い出す。

病院には行っているし、それこそ通院してもう何年目になるだろうか。
強めの睡眠薬を処方してもらった事もあった。しかしそれを飲んだところで俺は、ひどい眠気に襲われる「だけ」で終わってしまう。
頭が、割れる様に痛い。あまりの痛さに俺は一度部屋で錯乱状態になったらしい。俺の記憶には全く憶えの無い出来事、しかし傷跡は確かにあって。俺はその後気絶したらしい。窓ガラスは粉々で、教科書やノート類もズタズタになっていて、左腕は自分で引っかいたらしい真っ赤に膨れ上がっていて、右手の爪は血で真っ赤に染まっていた。
以降、俺は病院で薬を処方される事は無くなった。暴れたのも、その一度きりだ。






「…ねむい」

頭まで布団をかぶって、それでもちょこっと顔を出して月を見上げる。月の出ている夜は好きだ。月はずっと見ていても飽きない。少し手を伸ばし、月の光で輝くホログラム加工されたの紙…星座早見表を手繰り寄せた。
いつからか、星座を憶えた。ふらり立ち寄った本屋で見つけた星の本、夜に眺めるその星に少し興味を持ち、その本を手に俺はレジに進んでいた。付録で付いていた星座早見表は、俺の大事なものになっていた。

「今日も寝れそうにないなぁ…」

そう呟きながら、星座表を眺める。もう、これを見なくても大体の星座は憶えちゃったなぁ。季節が巡れば、新しい星座も見れるのに。明日起きたら突然夏になって、夏の大三角とか見れたらいいのに。最近漸く暖かくなってきたけど、冬でもいいなぁ。積もる雪に寝っ転がって浴びる月の光がだいすきだ。









「――及川さん、何してるんですか?」



いやな、事を思い出してしまった。
いつだっただろうか、あいつがまだ中学のジャージを着ていて身長もそれほど伸びていなかったから、少なくとも1年以上前であるはずだ。
…ああ、確か俺が高校1年の、2年になるまえの冬の事だ。

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