【罪悪感に苛まれる昔噺】



当時の俺は確かに飛雄を嫌っていたし、あいつの才能に嫉妬し怯えていた。たかが2年生まれた時間がずれただけだ。俺にとっては2年はとても大きなもので、でもあいつに簡単に追い抜かれてしまいそうで、怖くて


「――及川さん、トス教えてください」


それでも、何処か優越感に浸っていたのだ。なんでかって?飛雄が追いかけるのは俺だけだったからだ。いくら拒絶したところであいつは次の日けろっとして、また俺の背中を追いかける。追いかけるうちは、抜かされることは無い。俺だけを見てる飛雄。岩ちゃんだって、中学生にしてみればすごいバレーのセンスを持っていた。でも追いかけるのは俺だけ、俺だけ。俺が拒絶すれば、拒絶するほどあいつは俺の背中にしがみ付こうとしていた。

――なんだか、眠れなくなってきた。


俺は、どこか楽しんでいたのだ。いくら拒絶しても俺から離れない飛雄がまるで、お気に入りのおもちゃみたいで。手放せなかったのだ。明日はどうしてやろうか、あいつどれだけ嫌な顔するかな。わかりやすいように中学の俺は性格がかなり悪かった。夜な夜な飛雄の嫌がらせを考える先輩が、良い先輩なわけがなかった。






ある日、飛雄が泣きそうな顔をしていた。
苛々して飛雄を殴ってしまいそうになったときも、あいつはそんな顔をしなかったというのに、あいつは顔を歪ませぼろぼろと涙を零していた。ああ、不味い。これは、だめだ。飛雄の顔をみて、心臓が痛んだ。あんだけ嫌がらせをしていたくせに、何を今更罪悪感に苛まれているのだ。


「俺は飛雄の事大嫌いだよ。だってさぁ…お前俺のこと理解出来た事ある?いつも俺はお前に首を絞められている気分だったよ。お前はそんな俺の心情、理解できなかっただろうけど」

半分本当で半分が嘘。背後から押し寄せる威圧感は確かに俺のストレスにはなっていたけれど、ストレスを感じない人間なんて居ないのだ。そんなストレスよりも、俺を追いかける飛雄の姿が嬉しかった、はずなのに。


「おれ、は」

飛雄の言葉も聞かずに、俺は背を向けた。そのまま走って走って、家に着いて自分の部屋に飛び込んで床に倒れ込んだ。どう、しよう。俺は部屋の真ん中で蹲る。いつものように軽口叩いて飛雄を困らせようと思っただけなのだ。
次の日から飛雄は俺の背中を追いかけなくなった。3年で、部活を引退したからかもしれないけど、飛雄は俺の元へ来ない。そう、俺がもうバレー部員ではなくなったから、そう言い聞かせる。自分でそう思い込まないと、崩れてしまいそうだった。


――頭が、痛くなってきた。


受験勉強が忙しくなる季節。俺と岩ちゃんは推薦貰ってるから暇だった、だからひょっこり部活に顔を出した。「みんな、元気にバレーやってるー?」なんて、無駄に大きな声出して。俺がここに居ると知らせるように。体育館全体を見渡して、そして飛雄の姿を捉えた。「やっほー!飛雄ちゃ――」ここで俺の声は途切れた。


「……及川さん」

目が合っている筈なのに見えていない、そんな感覚。飛雄が無表情で、瞳に何も映さず俺にただ顔を向けた。ピシッ、罅割れる音。息が、出来なくなった。どうしよう、気持ち悪い。俺を追いかけない、そんな表情をする飛雄は飛雄じゃない。息が苦しい、酸素を上手く吐き出せない。苦しい。あ、れ。でも本当に苦しかったのは誰?


「飛雄ちゃん」

一歩飛雄に近付くとあいつは後ずさった。それは明らかに拒絶。俺は笑った、そりゃあそうだと笑う。俺は楽しんでいたとしても、あいつはきっと嫌がっていた。それを顔にも出さずにいつも俺を追いかけて。俺を追いかけていた飛雄はもっと、表情が豊かだった。


「飛雄」

怯えた、顔をした。
ああ、どうしよう。泣きたい。


「飛雄、俺の事嫌い?」
「俺の事大嫌いなのは、及川さんじゃないですか」


お前が泣いた理由。ああ、そうか。幾度となくくだらない嫌がらせをしてたけど俺はあの1度以外飛雄に「嫌い」だなんて言った事なかったね。
全部全部、自分で撒いた種だった。後悔しても、今更遅い。



気持ちが悪い、吐き気がする。もう何処が痛いのかもわからなかった。

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