【見抜かれた人の噺】



「あれ、烏野の10番だろ」
「日向翔陽君ね、今度からヒナちゃんって呼ぼうかな。ちっちゃくてぴったり」
「何話してたんだ」
「他愛もない、馬鹿な後輩の話だよ」

そう言って俺は笑った。まったく、ヒナちゃんただの単細胞かと思ったらよく見てるじゃん。あーあ、やだやだ。ああいうタイプは結構無遠慮で人のテリトリーにズカズカ入ってくるからね。

「ヒナちゃん、俺の事言っちゃうかな」

飛雄に。ああ、でもきっとヒナちゃんは全部お見通しだから、何も言わないんだろうな。馬鹿ばっかりでやだね、ほんと。そう言うと岩ちゃんが俺の頭を殴ってきた。岩ちゃん、俺今瀕死状態だから止めて。ふらふらと力の入らない身体が、岩ちゃんにぶつかる。

「あー…岩ちゃん好きになれたらこんなに苦しまずに済んだんだけどなぁ」
「…おま、キモイ事言うんじゃねーよ」

心の底から嫌そうな顔を向けられた。ひどい、岩ちゃん俺の相棒でしょ。ちょっとくらい俺を甘やかしてよ。ぎゅーっと抱きつくとマジ殴りされた。脳が揺れる。

「…ぅ」
「あ、悪い本気で殴っちまった。吐くか?」
「ん、だいじょうぶ」

チカチカと目の前が光る。視界が悪い。岩ちゃんの袖を掴んで、歩く。「あー、病院行くか」バツの悪そうな表情を浮かべているのだろう。ごめんね岩ちゃん、岩ちゃん的にはじゃれ合ったつもりなんだろうけどさ、もうちょっとの衝撃も受け流せないんだ。そのまま岩ちゃんに寄りかかる。


「きもちわるい」
「ちっとがんばれ、お前担ぐ体力は無いぞ」
「えー大丈夫大丈夫。岩ちゃんゴリラだから俺くらい余裕だってー」
「180cm超え70キロちょいの荷物は運びたくねぇ」
「あははは」

家もうちょっとだし、頑張れるよ。俺は真っ直ぐ前を向いた。大丈夫大丈夫、家まで帰る体力はある。「病院にもちゃんと行けよ」という岩ちゃんの言葉を聞き流し、ゆっくりと歩き始めた。





◇◆◇


家に着いて、げほげほと胃の中にあった物を全部吐き出して、泣きながらベッドに倒れ込む。身体があつい。岩ちゃんが心配そうな顔してたけど、無理矢理帰してよかった。こんな状態で岩ちゃんに全部任してしまったら、迷惑極まりない。
胃の中は空っぽなのに、吐き気が止まらない。頭痛も酷いし、目眩で視界がぼやける。げほげほと咳が出る。


「うう……っ」

最後に寝たのはいつだっただろうか…1週間前くらいだったかな。一睡もしてない身体、でも普通に生活をした。部活だってきっちりとやって。だから、限界が来たのだろう。頭が割れるように痛い。このまま、気絶してしまえ。気絶して、体中の動きを全部ストップさせて。暫くしたらまた元通りだ。

元通り、また寝れない日々を送り、今日みたいに限界が来て、気絶して死んだように寝て。その繰り返し。もう、何年も繰り返した。


「―――」

スッと痛みが遠ざかった。意識も薄れ始める。










意識の片隅で、飛雄の目を思い出した。
久しぶりに会った、飛雄の姿。もっとも、俺は北一の試合を見に行っていたりしたから、飛雄の姿自体は何度か見ていたんだけど。ああやって顔を見合わせるのは、本当に久しぶりだった。俺は、あいつと目を合わせたくなかった。目を合わせたら、自覚せざるを得なかったからだ。
いつの日かあった雪の日の出来事。あいつは、憶えているだろうか。…憶えてない、よな。



「俺は及川さんすきですよ」


クソガキめ。いつまでも、その熱を持ってるんじゃねーよ。俺は悪態を吐く。あの日、練習試合の時、あいつは真っ直ぐ俺を見ていた。ああ、まったく解りやすい馬鹿は嫌いだ。俺は目を閉じた。ムカつく。なんで俺が振り回されなきゃいけないんだ、今も昔も。なんで俺はあいつに。


俺は今更、あいつに手を伸ばす資格なんて無いんだよ


自分で言い聞かせた言葉を胸に、俺は意識を手放した。

<< | >>