【熱を喰らう人の噺】



体育館の使用禁止により、急きょ部活が休みになった。体育館が使えないんじゃ自主連も出来ない。「たまには身体を休めてください!」という武田先生の言葉に日向は酷く落ち込んでいた。俺も少し困る。動けば多少はマシになるこの体質で、部活が出来ないとなると…。まさかこうなるとは思ってもおらずカイロやらなんやらを家に置いてきてしまった。制服の上からジャージ羽織って帰るか…帰りは走ろう。
さて帰りの準備が終わり靴を履き替えていると「おーい、影山ー」と声を掛けられた。振り向くと、そこには菅原さんの姿があった。俺は頭を下げる。

「今帰り?」
「っす、菅原さんは」
「俺らはちょっと残り」
「練習っすか?」
「おー問題解く練習な」

にやりと笑う菅原さんに「げっ」と声を上げてしまった。「ははは!影山は素直だなぁ」と頭を撫でられる。勉強は、嫌だ。顔を歪ませていると顔を揉まれた。何が面白いのか、菅原さんは笑いながら俺の頬を突いたり抓ったりする。

「菅原さん」
「んー?」
「そろそろやめてください」
「ははは、影山思ったより頬伸びるな」

最後に両手で頬を包み「、おし!だいぶ暖まったな!」という菅原さんに俺は身体を固まらせた。

「寒かったべ?」
「…別、に」
「嘘吐け、この時期に制服着て上からジャージ羽織るヤツいないべ。しかも影山、下にも何枚か着込んでるだろ?」

全部お見通しの様で、確かにワイシャツの下に何枚か着込んでいた。これでもまだ寒いと感じてしまうのだから困った物だ。夏も、出来れば長袖でいたいくらいで。

「やっぱ病院行った方が良いと思うぞ」
「…いや、病院は」
「じゃああれだ。日向が一番体温高いから抱っこでもしとけ。人間カイロ」
「死んでも嫌っす」
「はははは」

でも良い作戦だと思うけどなー!と菅原さんが笑った。確かに日向の体温は高い。37度は平熱だ!とか言っている阿呆だ。今の俺がそんだけ熱を出したら、死ぬんじゃないかと思う。「まぁ冗談はさておき、真っ直ぐ帰って風呂でも入って身体温めろよ!」そういう菅原さんに返事をして俺は学校を出た。少し、頬が温かかった。




◇◆◇


家の近くの小さな公園の前を通る。なにか不自然な白が視界の隅に入った気がした。ふと、視線を公園の中へと向ける。するとやはり白が居た。小さな公園の、小さなベンチに横たわる白。あれ?なんだか見覚えがあるそれに近付く。

「、おいかわ、さん?」

顔が青い及川さんがベンチの上に横たわっていた。肩を揺らす、が無反応。呻き声一つ上げない。まさか、死。なんて思ったがじんわりと俺の手に伝わる熱。生きてはいるようで。どうしようか、と携帯電話を取り出すが岩泉さんの電話番号なんて知る筈がない。「…及川さん、ケータイちょっと借りますよ」なんて及川さんのポケットからスマホを取り出す。…暗証、番号?画面に出るそれが分からず断念した。今のケータイってこんなんなってるのか。仕方なく及川さんを背に乗せた。重っ、つーか重ッ!背中にとんでもない重みと、それと熱が伝わる。

「…及川さんあったか…」

重いけど丁度いいカイロだ。日向は嫌だとか言いつつ及川さんをカイロにしてるあたり、何とも言えない気持ちになる。俺はそのまま家へと足を進めた。偶に「及川さーん」なんて呼びながら歩くが、やはり及川さんが目を覚ます事は無かった。










つ…っかれた。自分のベッドに及川さんを寝かせる。家までそんなに距離は無かったはずだけど、やはり自分より大きい人間を背負って歩くのは体力を要した。ハァ…と吐く息は熱を持っていて、ああ、体温上がったな。と疲れている筈なのに妙に安心してしまう。

「及川さん」

声を掛けるがやはり起きなかった。…まぁ、いいか。布団を被せて俺は部屋を出る。取り敢えず風呂溜めてこよう。昔は別にシャワーだけでも良かったがこの体質だ、最近ではすっかり長風呂が当たり前になってしまった。子供のように肩までつかって、ずっと入っているのだ。今一番居心地が良いのは多分風呂に入ってる時なんだろうな。
浴槽にお湯を張る。触れるとじんわりと熱が伝う、このままずっとここに居たいがそういうわけにもいかず、先に飯を食うことにした。飯食って風呂入ったら、及川さん目が覚めてるといいけど。そんなことを思いながら俺は台所へ向かった。



◇◆◇



「さみぃ…」

一番安らぐ時間が風呂に入っている時だとすれば、風呂に上がった直後は地獄だ。髪を自然乾燥だなんて拷問だ。ドライヤーで髪を乾かす。この熱ですら気持ちがよいのだから末期だ。しっかりと髪を乾かしたところで部屋に戻る。未だに目を閉じている及川さんの額に手を当てる。多分、熱は無い。俺が冷たいだけで。

「及川さん」

名前を、呼ぶ。また無反応かと思ったら微かに瞼が動いた。額から手を離しもう一度名前を呼ぶ。

「及川さん」
「――あ?」
「大丈夫ですか?」

ぼーっと、及川さんが天井を見つめる。暫くして俺に目線を向ける。俺を見てるのに、瞳には俺が映っていないようで、真っ黒な瞳を見ていたらぱきぱきと何かが凍るような音がした。ああ、だめだ。さむい。俺は、耐えられずに及川さんが寝るベッドに顔を着いた。わしゃわしゃと俺の頭を撫でる及川さんの手が、酷く心地よい。瞼が落ちる。






いつだったか、酷く雪の降った日の早朝に、及川さんと出逢った事があった。雪に寝転がり月に照らされる及川さんを思い出す。いつだって俺を睨んでいた及川さんが、雪に埋もれ月を見上げるその瞳が、今まで見たことが無いくらい優しくて。「夜誰もいないこの時間の月は大好きだ」その言葉に、俺は何故かずるいと感じてしまった。

「月見てトスなんちゃらになってる及川さんも、割と好きです」

うそだ、そんなの嘘だった。






「及川さん及川さん」

名前を呼ぶ。少し嫌そうに「お前は俺の名前をよく呼ぶね」及川さんはそう言った。そう、だろうか。自覚は無い。でも及川さんが言うのだから、きっとそうなんだろう。俺は及川さんの名前を呼ぶ。それに及川さんが応えたのは、一体何回あるだろうか。
身体が凍てつく。凍え死にそうだ。俺は及川さんのお腹に腕を回した。ベッドから、及川さんがずり落ちる。俺は及川さんを引き寄せた。…やっぱり、この人あったかいな。

「お前、なんか冷たくない?」
「寒いっす」
「何、風邪引いてんの?」
「ちがいます」

違います、そうじゃないんです。おれの、この病気は。
及川さんが顔に手を触れた。熱が、伝う。その熱を俺は喰らう。及川さんの熱を喰らいつくしたら、俺は昔に戻れるだろうか。そもそも俺は、

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