【寒がりな人間の噺】


息を吐く。息は白くなかった。それでも俺の身体はカタカタと震える。さむい、ぽつりと呟いた。もう雪は春の陽気で融け切ったというのに俺は一年中雪降る世界を生きているようだった。始まりは、いつだっただろうか。決定的だったのは、多分あの日の出来事だ。

…そういえば、及川さんは大丈夫だっただろうか。俺が朝起きたら及川さんはまだ寝ていた。俺が動いても全く起きる気配は無かったし、顔色も良くなったとはいえ少し青かった。俺は朝練で早く出てしまったけど。メモ書きは残してあるし。


「大丈夫だな」
「何がだ?」

少し低い位置からの声に身体を揺らす。おいお前、いつから隣に居た。隣に立つ日向に俺は頭を叩いてやった。「痛っ!なにすんだよ影山ぁ!」と不満の声が上がった。突然俺の隣に居るお前が悪い。

「なぁ影山」
「んだよ」
「お前今日寒い?」

ぴたり、俺は足を止めた。じっと俺を見つめる日向に俺は目を合わせようとしなかった。言っても言わなくてもどうせ、バレてるんだろう。
ついこの前の事だ、俺はガタガタと身体を震わせて部活中の体育館で倒れてしまった。部活中は、大丈夫だったはずなのにな。中学を卒業してから、俺の体温は低くなる一方だった。病院には行っていない。行ったら間違い無く部活なんかさせてもらえないだろう。それくらい、俺だってわかる。身体の異常も、分かっている。

「…大丈夫だ」
「嘘吐け、震えてんぞ」
「…武者震いだ」
「お前もうちょっとマシな嘘吐けよ」

うるせぇよ、そう言っていると日向が何かを近づけてきた。頬に温かいものが触れる。…缶?「菅原さんが朝影山に会ったら買ってやれー!ってお金もらった」なんて言う日向に俺は心の中で溜息を吐いた。やっぱり、気を使わせるよなそりゃあ。突っ撥ねるわけにも行かず俺はその缶を日向の手から受け取る。の時、日向に手を掴まれた。

「うっわー…ほんとに冷たいなお前」
「なら離せよ」
「手繋いで行くかー?」
「気持ち悪いからやめろ」

…確かに!そう言って日向の手が離れた。瞬間、ひんやりと俺の手に冷たさが戻ってくる。思わず手を伸ばしそうになり、拳を握る。受け取った缶のプルタブを開ける。

「誰チョイスだこれ」
「俺!」
「…お子様」
「んだとー!?」

口に広がるココアの甘さに、俺は笑う。まったく…寒くて仕方ない。ココアを一気飲みして近くのゴミ箱に放りこんだ。相変わらず、俺の身体は冷えていた。

「日向」
「ん?」
「学校までは走んぞ」
「買った方が飲み物おごりな!」

日向は駆け出した。そのまま後ろを振り向かずに走る日向の背中を見送る。俺は、ゆっくりと足を前へと出した。あー…日向に飲みもんおごって、あと菅原さんにも返さねーとな。そんな事を考えていたらカタカタと手が震えた。今日は一段と酷いな。何故だろうと考える。朝は何ともなかった。家を出てから、全身が酷く冷たい。ならば、原因は

多分、及川さんのせいだ。

昨日の帰り道、本当に偶然だったのだ。普段だったら気にも留めない公園にふと視線を向けた。公園のベンチに横たわる人を見つけて。顔は見えなかったけど一発でそれが及川さんだという事がわかった。揺らしても呼びかけてもピクリともしない及川さんに焦った。息はしていたし、体温もあった。岩泉さんへの連絡手段なんか持っていないし…国見くらいだったら連絡しても良かったかもしれないな。でも焦った俺はそのまま及川さんを担いで家へと足を進めた。

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