【どうしようもない人間の話】




岩ちゃんが好きで好きで仕方なかった。自覚したのはずっとずっと前の事、はっきり自覚したのは中学だけど、もっと前から岩ちゃんの事が好きだった。

でも、男同士なんだよねぇ…。

俺は笑った、なんで岩ちゃんを好きになってしまったんだろうかと笑った。笑って、でもどうしようもない事実を胸に押し込んだ。大丈夫、こんな想いは何処かへ飛ばしてしまおう。
「好きだよ岩ちゃん」と書いた0点のテストを紙飛行機にして屋上から飛ばした。名前が書いていないテストだ、誰のだか分かりっこない。…って飛ばしてから思ったけど、岩ちゃんって呼ぶの俺くらいじゃん、普通にバレるじゃん。まーいっか!と俺はそのまま屋上に寝そべった。

「岩ちゃん、すき」

死にたいほどに、思いは募るばかりだった。












忘れられるように、必死にバレーをした。同じチームに牛島と飛雄が居るとか悪夢以外の何ものでもないんだけどー!俺は文句を吐きだした。まるで「俺にトスを上げられる事を光栄に思え」と言わんばかりの無表情のウシワカに、「岩ちゃんの方が何百倍もかっこいいんだからね!」と意味のわからない台詞をぶつけて首を傾げられた事もあった。あー、岩ちゃん居ないとつらいなぁ。トスを上げても、全然楽しくなかった。募るのは、会えない寂しさと苛立ちだった。

「岩ちゃんに会いたい」
「会ってくればいいじゃねーっすか。岩泉さん、家近くなんでしょう?」
「なんで飛雄が知ってんのさ」
「この前一緒に飲んで、話してくれました」
「はぁ!?」

ちょっと、なんで岩ちゃんが飛雄と一緒に飲みに行ってんのさ!俺なんか岩ちゃんに何年も会ってないのに!月何回かの電話だけなのに!と地団駄を踏んだ。飛雄がまるで意味が分からないと言わんばかりの表情を浮かべる。

「なんで、そう頑なに会おうとしないッスか?」
「…俺、思いの外メンタル弱いわけだよ」
「は?」
「は?じゃねーよ、及川さんうさぎさんだからホントひとりぼっちじゃ死んじゃうんだよ!」
「…及川さんうさぎだったんスか…に、人間じゃ」
「お前そこまで馬鹿じゃないよね?ボケ殺しやめて」
「ていう冗談は置いといて」
「お前も成長したね…」

前のお前だったらほんとにボケ殺ししてたもんね…アホ天然め…。「妙なもん成長したって言われても困るんですけど」と言う飛雄を小突く。


「で、なんで会いに行かないですか」
「あー?…なんでもいいじゃん別に」
「よくないだろ。俺今の及川さん好きじゃないです」
「今の及川さんじゃなかったら好きなの!?」
「安心してください、そう言う好きじゃねーんで。及川さん、今」

バレー面白くないですよね?
そういう飛雄に俺は何も言わなかった、言えなかった。図星だったからだ。今の俺は、バレーを楽しめていない。苦痛だ。だって、トスを上げた先に岩ちゃんが居ないのだから。それが当たり前だと、慣れてしまった自分に吐き気がしてしまったからだ。「及川さん」飛雄が続ける。

「俺らバレー馬鹿ですけど」
「お前と一緒にしないでくれる?」
「大体一緒じゃないっすか」
「ちっげーよ!」
「だー!うるせーな!!聞けよ!」

平手打ちされた、ひでぇ!俺お前の先輩だったんだけど!ていうか年上!!俺殴っていいのは岩ちゃんだけなんだから!なんて思っていたら胸ぐら掴まれた。


「俺らバレー馬鹿ですけど、バレーが出来なくなって死ぬような人間じゃないッスよね」
「…死にたくはなりそうだけどね」
「バレー辞めたそうにしてる及川さんは死んでいいと思います」
「おま、辛辣すぎだろ」
「もう、死んでいいと思います」

飛雄が、複雑そうな表情をした。「自分殺すの、やめたらどうですか」そう言う飛雄に俺は、言葉を失う。


「及川さんが岩泉さん好きなの、ずっと前から知ってますよ。アホじゃねーの、あれでバレてねーって思ってるんですか馬鹿なんですか」
「ちょっと」
「岩ちゃんに会ったら、もう俺はバレー出来なくなる。なんて思ってるんでしょうどうせ」
「お前が岩ちゃんって呼ぶな」
「やめちまえ、もう」

手が離れる。飛雄は俺の目をじっと見つめた。あーあ、ヤダヤダ。あんな阿呆の飛雄が、なんでこうも人の気持ちを理解出来るようになっちゃったのかなぁ。あの頃の王様は、とっくのとうに死んでしまったらしい。


「お前、俺の代わりにセッターか」
「俺元々セッターです」
「そーだね!ウシワカちゃんに上げるの結構苦痛だよ!」
「及川さんじゃないんで私怨とか挟みません」
「言うねお前…!」

「だから、安心して死んでください」

すっごい会話だなこれ、なんて冷静に思ってしまった。思って、笑った。はははは!俺は大声で笑う。飛雄が吃驚した顔をしていて、更に面白くなった。


「あー!ほんとばっかじゃないの!」
「及川さんがですか?」
「うっせーよばーかー!」

俺はバッグからスマホを取りだした。電話を掛ける、留守番電話だった。流石にこの時間じゃ仕事中かな。俺は切らずにそのまま喋る。




「死にたくないよ、岩ちゃん」

俺は、岩ちゃんが好きな俺を殺したくない。








◇◆◇



めでたく全日本代表の及川徹は岩ちゃんに殺された。「殺人的なキスでした」なんて言ったら真っ赤にした岩ちゃんに、思いっ切り殴られた。死ぬからマジでやめて。

「岩ちゃん、だいすきー」
「お前ほんとに…」

呆れ顔の岩ちゃんに俺は抱きつく。バレーやめてもう1ヶ月が過ぎようとしていた。
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