【生きている岩泉の噺】


高校3年、春高予選で烏野に負けて及川は更に「死にたい」という言葉を吐くようになったと思う。内容に関してはとんでもなくくだらないことばかりではあったが。「死にたい」という言葉を何百回聞いただろうか、そして俺は何百回「死ね」と言っただろうか。3年に入って4人目の彼女に振られた!と言った及川に俺は死ねとは言わなかった、お前いい加減にしろよと物理で殺しにかかったが。
つまるところ、あいつの「死にたい」はとんでもなくくだらなく、どうでもいいことなのだ。俺は呆れながらも、及川の「死にたい」理由を聞き続けた。

そして、死にたがりの及川はあっけなく死んでしまった。





「なぁ岩泉、今及川どこに居るか知ってるか?」

居酒屋、グラスを傾けながら松川が聞いてきた。ごくり、アルコールを胃に満たし俺は口を開く。

「どっかで野垂れ死んでるんだろ」
「高校ん時あいつ口癖「死にたい」だったもんな」
「死にたい内容がとんでもなくくだらなかったけどな」
「はは、確かに。あいつ何回彼女に振られてんだよって呆れてたよな俺ら」
「だな」

俺たちは笑う。そうそう、あんときはほんとくだらねェ事でアイツ殴ったよな。「あんときの岩泉の口癖が「死ね」「殺す」だったからー…ほんとお前らDVだったな」おいDVは違うだろ、俺は異を唱える。


「幼馴染なんて、殆ど家族みたいなもんだろ?特に岩泉と及川なんか」
「あいつと家族なんて御免被る」
「いやいやいやいや」

笑いながら松川はジョッキを傾ける。おい、お前いつビール頼んだ。俺も負けじと店員を捕まえて日本酒を頼んだ。

「お前らほんと、兄弟みたいだったぞ。似ちゃいないけどさ、なんだかんだで面倒見の良い岩泉
兄ちゃん
と甘える及川

みたいでさ」
「あんな出来の悪い弟いらねーぞ」
「はははは、面倒見てたくせに?」

俺は押し黙る。確かに及川のお守りはしていたけど。「もう弟って認めちまえよー!」なんて言う松川に「ばっかじゃねーの」と笑ってやった。


「で、違うんだよ。そうじゃなくて」
「及川の居場所?」
「だってアイツ、いきなり引退とか言い出したんだぜ?」

それは、どれくらい前になるだろうか。
全日本男子のセッター務めていた及川徹がメディアで引退宣言をした。理由は明かされていない、誰にも。監督も及川のいきなりの宣言に狼狽えていた。説得する、という行動に出る前に及川は忽然と姿を消した。牛島から「及川を知らないか」と連絡が来たときはマジでビビった。なんで俺の連絡先知ってんだよってな。及川は荷物全部放り投げて姿を消したらしい、財布も携帯電話も、そのまま放置で。



――岩ちゃん


引退宣言前日に及川から連絡が入っていた。留守番電話には、あいつの声が記録されていて。俺はそれを聞いて、すぐに消した。「…ばっかじゃねーの」その時俺はそう呟いた。



「死にたくないよ、岩ちゃん」

最初から、知ってるっつーの。そんな事くらい。そんなくだらねぇ事鵜呑みにするほど、俺は馬鹿じゃねーよ。
暫くグラスを傾け、夜も更けたところで松川と店を出た。程よく火照る身体に風が吹き付け、丁度良かった。さて、帰るか。「じゃあな」と俺は松川に手を上げる。松川が口を開いた。まったく、いい加減しつこいぞお前。


「あいつの居場所、本当にしらねーの?」
「及川なら死んだぞ」
「…は、」

俺は松川に背を向け、歩きだした。松川は追いかけてこなかった。呆然としてるのか、それともくだらない嘘だと呆れているのか。振り返らず足を前に進める俺に、松川の表情など分かるわけも無かった。
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