集合場所に走って向かうと当然だけど全員居た。「悪い、遅れた」少し息を切らせながら千種達の前に止まる。

「影山、部活お疲れ様。時間全然大丈夫だから取り敢えずほら」
「さんきゅ」

齊藤からペットボトルを受け取り、口を付けた。「どうせ走ってくるだろうからって買っておいて正解だったな」そんな事を言う斎藤に感謝だ。一気に半分まで飲んで「俺のギター!」と声を上げた。子供か俺は。「はい、影山」清水から見慣れたケースを受け取り俺はギターを取り出す。

「あ、影山」
「お?」
「勝手にだけどさ、ギャラリー増やした」
「…お、おう?」

どうしてもさ、見せつけたい人たちがいたから。いつもより3割増しで表情がある清水に首を傾げる。聴かせたい、じゃなくて見せつけたい?「うん、見せつけてさ。どーだ羨ましいだろって思わせたいんだ」くすくす笑う清水に若干恐怖を感じる。ど、どうした?「なんだ清水、また誰かに意地悪でもしてんのか?」「まぁ、そんなところ」千種までにやにやして、どうしたんだこいつら。斎藤も首を傾げていた。


「さて、今回は取り敢えず影山初路上ライブということで。ライブったって2、3曲やるだけだけどさ。んで今日はそのままダッシュで撤退。いつもは聴いてくれた人たちと喋ったりするけど取り敢えず今日は撤退。影山捕まんじゃねーぞ。知り合い含めてだからな」
「俺、そんな知り合いいねーよ」
「月島がそうじゃん」

月島が俺を引きとめる事なんて絶対ないと思うけど。「いや月島のことだからさぁ…多分沢山引き連れてくるんじゃないか?」それこそ誰を引き連れてくるって言うんだ。居たとして山口ぐらいだろ?なんてこの時の俺の考えは甘かった。まさか月島までギャラリーを大量に引き付けてくるとは思いもしなかった。まぁこの時は知る由もない。



「知り合いには何人か今日ここでやるとは言ったけど…ついったで呟くか。あと30分でどんだけ集まるかなー」
「なぁ、ギター弾いていいか?っていうかアンプのコンセントどうするんだよ」
「そこは抜かりない。あ、弾いても良いけど繋げんなよ」
「わかってるっつーの」

俺が話し合いに参加してもなんも言えねーし、そこら辺は千種と斎藤に任せる。既に会話に参加していない清水はベースを引いていた。俺も弾くかなんてギターを構えると小声で「あれってリバーブじゃない?」なんて声が聞こえた。顔を上げず、ギターに指を添えながら耳を澄ます。


「なに、路上ライブでもやるのかな?」
「最近全然聴かなかったよねー!情報流れてた?ちょっと友達にも連絡しよっ」
「ねーねー、話しかけてみれば?」
「無理でしょ!」
「そう言えばさ、新しいメンバーが入ったんだって噂!あの子かなー」

…なんか、居づらい。顔を上げる事が出来ず、かといって指も動かせない俺の様子に気づいた清水が「…影山、緊張?」なんて笑った。緊張なんかしてねーよ!なんて強がろうと思ったけど結局俺は緊張しているらしい。いつの間にか震えていた指先をぎゅっと握りしめた。

「聴いてくれる人全員ゴミだと思えば全然弾けるよ」
「お前人をなんだと思ってんだ」


俺はベースとバンドメンバーと、あと偶に一緒に弾く音楽仲間以外は心底どうでもいいと思ってるから。そう言い放つ清水に若干顔を引き攣らせた。すらっと怖い事言うなこいつ…。「ま、あんまり深く考えずに弾きなよ。自分が楽しむ為の音楽なんだから」その言葉に頷いた。



「ていうかお前ら話し合い参加しろよ!然も当然に関係ありませーん、見たいな雰囲気出すなよ!お前らメンバーだろ!?必要事項とか説明してんだからな!」

なんだかいつもより頼りになる千種に「おぉ…」と感動。「感動してねーで人の話聞け!つーかあと10分!!」ほれセッティングするぞ!少しあわただしくなる千種と斎藤に少しだけ胸が高鳴る。落ちつけ、いつも弾いてる通りに弾けばいいだけなんだから。首からギターをぶら下げ、アンプを持ちあげようとする。…なんか、震えてる気がする。とんとん、肩を叩かれた。


「影山」
「あ?」
「人前って緊張するけどよ、楽しいぜ」

齊藤が笑った。

「斎藤も緊張したか?」
「そりゃ緊張するさ、誰だって初めては緊張する」
「斎藤でもか」
「俺だって人間だぞ」

「なんでかお前らに頼られてるけどさ、同い年だぜ?」困った様に齊藤が笑う。だってお前すげーしっかりしてるし、千種はあれだし、清水は脱力してるし。「お前もわりと問題児だしな」うんぬ…否定は、できない。

「緊張するのが普通、んで失敗恐れずじゃんじゃん弾く!俺は叩くけどな」
「おう」
「どうせ外での演奏だ、失敗したってバレやしねーよ。楽しんで弾いたもん勝ち!」
「…ふ、斎藤でもそんな事言うんだな」

いつもはピッチ早い!周りの音聞け走り過ぎなんだよ!なんて厳しい事言うのにな。「練習はなるべく丁寧にやった方が良いだろ?本番多少崩れるのは御愛嬌ってな」まあ俺はいつも通り叩くけど。俺だって、いつも通り弾いてやるよ。いつも通り弾いて、楽しんでやるよ。


「これ終わったら相崎が飯奢ってくれるって」
「!?突然の飛火!?んな金ねーよ!」
「ごちそーさまでーす」
「清水!奢らねぇつってんだろ!」
「ゴチ」
「聞けよ!」

ギャーギャー騒ぐこいつ等を見て、笑う。「つかアンプはよ運べ影山!あと奢らねぇからな!」叫ぶ千種に「ごちそうさまでーす」と言ってアンプを運んだ。


「だから奢らねぇよ!」

千種の声が木霊した。











◇◆◇




「国見ちゃん、駅前まで来てどうしたの?」
「なんか、クラスメイトが来いって」

あいつに言われるがまま、俺は及川さんを連れ駅前の広場に来ていた。金田一は誘ったけど、用があるから帰ると断られた。及川さんの方も「なんで部活終わりまでお前に付き合ってやらなきゃいけねーんだ。って先帰っちゃってさー」すいません及川さんを俺の用に付き合わせてます、呼べとは言われてたけど。
さて、態々駅前まで来たけど…なんか、人多くないか?時刻は7時25分。さまざまな制服の学生が主で、大人も居た。みんな何かを待ちわびてるようで。「何かあるの?」「…さぁ…?」俺は呼ばれて来てみただけで、何があるかなんて全然知らない。

「ねぇ、ここで何かやるの?」

流石は及川さん。近くに居た女子生徒に話しかける。「ぅ、うえっ!?」突然声を掛けられた女子生徒は吃驚している。及川さんが人当たりの良い笑みを浮かべた。うっわー…絶対マネできない。少し顔を赤らめながら女子生徒は口を開いた。


「え、えっと…リバーブ…reverberationの路上ライブがあるんです!さっきツイート拡散されて」
「りばーばーれーしょん?リバーブ…あ、なんか聞いた事ある。矢巾ちゃんが言ってたのかな…ここら辺でバンドやってるんだっけ?」
「そ、そうです!同年代バンドで、中学からあっちこっちで路上ライブやってたり、たまにライブハウスでも演奏してたりしてて…!」
「へー!ありがとね教えてくれて」
「い、いえ…」



「だってさ国見ちゃん」
「流石及川さんですね」
「もっと褒めていいよ?」
「岩泉さんの苦労が窺えます」
「今ので!?」

しかし学生バンドの路上ライブか…。なんとなく、嫌な予感がする。「あ、そういえばリバーブって」及川さんが何かを口にしようとする。多分、俺の中で察している事だ。



「あの清水君て言う、国見ちゃんと同じ学年の烏野マネちゃんの弟君。多分リバーブってバンドに入ってるよね?」
「………、」

やっぱりか。すると、また最悪の予想が立てられる。あいつが俺を煽った、その内容。影山は俺らの仲間、俺らの。――だからあげない。あいつの笑った顔を思い出した。腹立たしい。あいつは、俺に、俺らに見せつける気だ。北一出身で気づけばよかったんだ、あいつは俺らと影山の捩じれた関係を知っている。

「――くっそむかつく」
「、国見ちゃん?」
「俺清水と絶対仲良くできない、絶対ならない。ほんとムカつくマジねぇわ」
「ちょちょ、国見ちゃんどうしたの?」

帰りたい、ほんと帰りたい。
あの練習試合の日の夜、確かに影山からのメールはあった。そのメールをじーっと眺め続け、電話しようか悩んで結局俺は電話も、メールの返信すらしなかった。最低なのは俺だ、わかってる。わかってるけど――、素直に慣れない自分がムカつく。

「おーい、国見ちゃーん戻ってこーい」
「うっさいです及川さん」
「俺なんか理不尽じゃない?」

連れてこられたと思ったら理不尽に当てられてさぁ…げ、烏野連中もいる。及川さんが言葉を漏らしそちらに視線を向ける。黒い学ランを纏った見覚えのあるバレー部員が居た。当然影山は居ない。「烏野バレー部もリバーブのファン?」多分違うと思いますけど。影山見に来たのかな、ほんとやだな。


「飛雄ちゃん居ないね」
「そりゃ、いないでしょ…」
「興味なさそうだもんねぇー」
「そうじゃなくて…」
「え?」
「及川さん、いくら吃驚しても声上げないでくださいね」

は?及川さんが声を上げる。帰りたいけどここまで来たんだ、このまま見て行ってやるよ。「あ!出てきたリバーブだ!」誰かが声を上げわぁっ!とざわめく。俺は拳を握りしめた。







◇◆◇




心臓がうるさい。こんなの初めてだ、バレーでだってこんなに緊張した事はない。緊張――してるのに、わくわくしてる。なんだこれ。耳から入ってくる音全て、透明に聞こえる。



「どーもー!reverberationことreverbでーす!!はじめましての方はじめましてー!いつも聴いてくださってる方お久しぶりでーす!!つか久しぶりなのにこんなに集まってくれて嬉しいっす、何人いる?1000人くらい?」
「いないだろ相崎の阿呆」
「いない。相崎の馬鹿」
「…俺の仲間はいつも冷静ツッコミで泣きたくなる…。あ、ちょいちょい呟いてて知ってる人居るかもしれませんけど、キーボードの結月が東京行きまして脱退、その代わり新しくメンバー加わりましたー!今日が初演奏なんでみんな穴開くくらいみてやってください」


何言ってんだ千種ボゲェ!っていつもなら怒鳴ってんだけど、そんな言葉は口から出なかった。頭を少し下げる。拍手が響いて少し安心。頭を上げて観客を見る。げっ、なんでバレー部居るんだよ。みんなして目丸くしてるし、日向と田中さんなんかめっちゃ口パクパクして…月島笑ってやがる。お前かよ。菅原さんはやっぱり察していたのか、笑顔で俺に手を振っていた。

「詳しい紹介は後ほど、影山弾きたくて仕方ないって顔してるんで。こいつギター始めたばっかりのくせしてムカつくくらいクッソ上手いんで…あ、俺のが上手いんでそこんとこはよろしく!でも俺に負けず劣らず上手いんで――ギターの音分かる奴、心して聴け」

おい持ちあげんな千種ボゲェ!あ、今度が声が出た。くすくすと笑い声が響いた。「がんばれー!」そんな言葉に体温が上昇する。千種が笑った。



「んじゃ、1曲目はいつもの曲やりまーッす!【Clear】っ!」


全員で顔を見合う。腕を上げ、鼓膜を震わす音を響かせた。
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