【駆け廻る噂】


「何故か私と岩ちゃんが付き合ってて、ちゅーをしたという噂が流れているわけですが」
「俺今朝から色んな奴に茶化されてんだけど…ねーよ…及川と付き合うとかマジねーよ…」

うわ岩ちゃんマジで落ち込むのやめてよ!疲れきっている岩ちゃんの頭を撫でると「ひゅーひゅー!ラブラブ夫婦だなー!」と声が飛んできた。なんともまぁ…つまらない言葉で。男子の言葉を完全無視して私は考える。どうしてこうなった。あれかな、昨日の告白をトビオちゃん以外の誰かに見られたかな。飛雄は変な噂広める様な事はしないし、岩ちゃんの下りで誰かに盗み聞かれて…まさか。「全部冗談なのになー…」そうこぼすと「あ?何が冗談だって?」岩ちゃんに盗み聞きされた。やっば、これ聞かれたらマジで岩ちゃんに殺される。


「なんでもなーい。噂もすぐ消えるでしょ、事実じゃないんだし」
「確かにな、飽きればすぐ噂なんて消えるな」

そうそう!…ハッ!私はひらめいた。最近さ、告白される事が多くて困ってたんだよね。でも彼氏がいたら早々告白はしてこない。「岩ちゃん、私の彼氏になってよ!男避けの為に!!」私はそう叫ぶと「死ねよクソ川」眼力だけで殺されるかと思った怖っ!
しかし視線が痛い事この上ない。男女問わず視線が私を射抜く。私人気者だし?岩ちゃんも私には遠く及ばないけど割と人気あるみたいだし?「もういっそ既成事実で良いんじゃない?」「死ねよ」「ひどーい!」そんないつものじゃれあいをしていた。


「…?」
「どうしたの岩ちゃん」
「いや、今影山が…」
「飛雄?」

岩ちゃんの目線の先、廊下を見ると暗い顔をした飛雄が居た。なにあれ、なんか幽霊みたい。あまりにも暗い飛雄が気になって席を立つ。飛雄の前に立つと「…おいかわさん」なんとも弱々しく私の名前を呼ぶ。「どうしたの、トビオちゃん。誰かにいじめられた?」なるべく優しく語りかける。いつもはやってやらないけど、あまりにも暗いから今日は特別。飛雄の頭に手を乗せる。サラサラと髪を梳く。真っ直ぐ黒髪羨ましい。飛雄が上目使いで私を見た。なんだか、泣きそうな顔だ。「ほんとどうしたの飛雄」そう言うと飛雄が腰に手を回してきた――っては?

「ちょ、飛雄!?」
「うぅー…っ」
「え、泣いてる?飛雄ほんとどうしたの!?誰に泣かされた!?」
「ふ…ぅあー…」

私のお腹辺りに顔を押し付ける飛雄にどうしていいかわからず、「ちょ、泣かないでよ飛雄ー!」わしゃわしゃと頭を撫でた。後ろから「おい何後輩泣かせてるんだ!」と岩ちゃんが怒る。私何もしてない!濡れ衣!!「どうした影山」岩ちゃんも飛雄に問うが飛雄は泣くばかりだった。誰かが「赤ん坊宥めるの下手な夫婦だな」なんて笑ってたけどそれどころじゃない。つーか飛雄泣きやんだら覚えとけよお前ら。
暫くして、少し落ち着きを取り戻した飛雄が顔を離した。お腹、ちょっと濡れてるんだけど。まぁ今は気にしないでおくかと自分を納得させ少し屈み、飛雄と目線を合わせる。少し赤くなった目、じわりと滲んだ涙を私は指で拭い取ってやる。

「どうしたの、飛雄」
「………」

飛雄は唇を噛む。こらこら、血が出るでしょうが。「男のくせに泣かないの!」ぐりぐりと飛雄の頬を撫でまわす。「うー」と唸りながら、なにかくすぐったかったのか顔を緩ませた。


「で、どうしたの飛雄」
「、なんでも、ないです」
「あんだけ泣いといて何言ってんの?」
「なんでもないです!」

むすっ、と口を膨らませる。なんで意地張ってんのさ、良いけど言いたくないなら別に。「わかったよ、聞かないから」私は腰を上げた。飛雄の顔をちらりと見る、不安そうな顔をしていた。なんなの、まったく…。


「飛雄」
「…はい」
「言いたい事あるなら言いなよ?バレーは教えてやる気無いけど、話くらいは聞いてやるから」
「……ぁぃ」








◇◆◇




「自覚したと思ったら突撃して及川さんの前で大泣したってどういう事なの」
「う、うるさいぃいい…」

ふらふらと教室に戻ると、呆れた顔で国見が俺を見た。金田一は「お、お前どうした!?」と俺の肩を掴む。


「及川さんと岩泉さんが付き合ってるって噂だけど」
「……ほんとの話だ」
「確かめに行ったの?」
「…というか言ってた、及川さんが。岩泉さんが好きだって」
「……へぇ」

え、女子バレ主将の及川さんと岩泉さん付き合ってるのか?金田一が首を傾げる。朝から、いやでも耳に入った話題だ。しかも唯の噂じゃなくて事実。及川さんは確かに言った。「岩ちゃん?好きに決まってんじゃん」って確かに言った。そこで自覚した、国見の言葉を理解した。


「おれ、及川さんのことすきだったんだ」
「今更自覚して失恋したと」
「う……ぁ、」
「泣かないでよ鬱陶しい」

国見が冷たい。「影山、泣きやめ!な?帰りどっかで何か食べるか?」「金田一、貝食い禁止だよ」「ば、ばれなきゃ!」俺の両隣りで金田一と国見が喋るが頭に入ってこなかった。


すき、
及川さんの事がすき



「ひっく…っ、うあ…あぁあ」


俺は涙が枯れるまで泣いた。
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