【中1の飛雄くん】





勿体ないなぁ、なんて思いながら今日も第二体育館のドアからこっそりと及川さんを観察する。綺麗なフォームが宙を舞う、空を飛ぶように羽が生えた様に及川さんは飛ぶ。それを見てやっぱり勿体ないなぁ…なんて思ってしまう。いや、勿体ないじゃない…残念だ。

「及川さんと、同じコートに立ってみたいな」

淡く叶わない夢。俺はセッターになりたいけど、及川さんのトスを打ってみたいと思うし、サーブだって、間近で見てみたい。コートの上で感じる同じ熱を及川さんの感じたい。
練習中の及川さんはチームの真ん中で笑っていた、楽しそうな顔だ。俺には一度もその純粋な笑顔を向けられた事はない。いつも、俺を小馬鹿にするように笑う及川さん。その顔は、好きじゃなかった。俺だって――
淡くも確かに自分の中にある熱を理解するには、俺はまだ幼すぎた。及川さんが俺に気づき「べーっ!」と舌を出した。ぎゅっ、自分の腕を握る。どうしようもない行き場の無い熱は、何処に追いやればいいのだろうか。



「及川さ」
「影山!お前またここに居て…!早く練習戻るぞ!」
「え」

金田一に捕まり引き摺られるように俺はその場から離れた。「ばいばいトビオちゃん、ちゃんと練習しなよー」及川さんの声が聞こえた。今は、練習より及川さんを見ていたいのに。



この目にしっかりと及川さんの姿を焼き付けたい。




◇◆◇




「なぁ、お前って及川さんの事好きなの?」

国見がそんな事を聞いてきた。俺は考えて…首を傾げた。すき…好き?「うん、俺及川さんの事好きだ」そう言うと国見は不機嫌そうな顔をして溜息を吐いた。「そう言う意味じゃなくてさ」国見の言葉に更に俺は首を傾げた。


「お前の好きっていうのは、及川さんのバレーだろ?」
「…?それ以外何が有るんだ?」
「それ以外って…」

心底呆れた顔をした。な、なんだよ?俺は国見の目をじっと見つめる。「…バレー馬鹿だとは思ってたけど、ほんと馬鹿なんだな…」呆れた顔がなんだか及川さんと被って居心地が悪くなった。国見の言ってる事、意味がわからない。

「自覚が全くないのなら違うんだろうな。でももし及川さんが好きなら、早めに動かないと誰かに取られるよ?」

中身が色々とアレでも、やっぱり及川さん人気者だからな。自分の魅せ方もわかってるし…ほんと及川さん怖い。国見が身体を震わせた。やっぱり国見の言ってる事が理解できなくて俺は机に額を押し付けた。…取られる?及川さんを?だれに?ぐるぐると頭の中で木霊する国見の言葉。誰かに、取られる。そもそも及川さんは。
「あ、先生来た起きろ影山」頭を軽く叩かれて俺は顔を上げた。国見が自分の席に向かって行くのを見送る。授業中、俺は全く集中する事が出来ずにノートに色んな文字を書いた。

バレー
トス
及川さん
及川さん
及川さん

ぐりぐりと文字を塗りつぶした。意味が分からない。授業中、後ろの席だし見つからないだろう、俺は机に頬を乗せる。空を見上げて「バレーやりたいなぁ…」小さく呟いた。バレーがしたい、何も考えずに。放課後いつものように第二体育館に行って及川さんにサーブを教えてくれるように頼もう、どうせ教えてくれないって知っているけどもしかしたら、そんな希望を乗せて。駄目だったら、大人しく部活に行こう。国見と金田一にトスを上げて、家に帰ったら夕飯を食べよう。今日はカレーって言ってた、温玉を乗せてもらって…それで…。放課後まで俺はずっと机にうつ伏せた。




◇◆◇



あ、あのしっぽみたいな髪は及川さんだ。後ろ姿をみて及川さんを呼ぼうとして、隠れた。及川さんの向こう側には男が居た。なんで隠れようと思ったのかわからない、勝手に身体が動いた。建物の影に隠れて、俺は話を盗み聞く。

「俺、及川の事好きだったんだ!」

なんか、テレビで見たような光景と台詞だな、なんて思った。呑気にそんな事を思ったけど――心臓がばくばくと動いていた。あれだ、告白ってやつだ。建物に寄りかかり、ずるずると腰を落とす。「えっと」及川さんの声が響いた。


「ありがとう、でもごめん。私バレーに集中したいから」


うんうん、俺は頷いた。そうだ、及川さんはバレーをするんだから恋人とかいらないんだ!俺は心の中でそう叫ぶ。「それって建前でさ」男が口を開いた。

「誰か好きなやつでも居る?」
「んーどうかなぁー」
「えー、それくらい聞いても良くない?あ、岩泉かやっぱり」
「岩ちゃんはどう転んでも一番の幼馴染だよ。まぁちゅーしろって言われたら出来ちゃうけど」
「うっわー…ちなみに俺は」
「え、絶対無理」
「はははは、ひでー」

なんか、会話変。岩泉さんとちゅー、出来るのか及川さん。もやもやと何かが俺の中に湧き上がる。「まぁ岩ちゃんとちゅーは冗談だけどさ、そんなことしたら岩ちゃんにマジで殺されるし」そう笑う及川さんに少しだけもやもやが晴れた気がした。それでも、俺の中にあるこの不快感は消えてはくれなかった。ぼーっとそこに座ったままでいると「何してんのトビオちゃん」及川さんが声を掛けてきた。俺は吃驚して目を丸くする。



「告白を覗き見?トビオちゃんもそういうの気になっちゃうんだ」
「及川さんのしっぽが見えたんで」

しっぽ言うな!及川さんは俺の額にデコピンした。さっきの男はもう居ない。額を擦りながら俺は及川さんの目を見る。

「及川さん」
「なぁに?トビオちゃん。バレーは教えてやんないよ」
「岩泉さんの事、好きなんですか?」

何言ってんのトビオちゃん。変な顔をする及川さんにもう一度「岩泉さんが好きなんですか?」と聞いた。けらけらと笑う、俺の嫌いな笑い方じゃなかった。でも、今の俺には嫌だと感じてしまった。その笑顔は、俺に向けられた笑みではない。




「岩ちゃん?好きに決まってんじゃん」

ぐさりぐさり、心臓を包丁で刺されたような気がした。
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