【女子バレの及川さん】






苛々してしまうのは何故だろうか。今日もクソ可愛い後輩は目をきらきらと輝かせて「及川さん、サーブトス教えてください!」なんて体育館にやって来た。「ほらまた来たよ及川ぁー」部員の笑い声が上がる。

「トビオちゃん…」
「!なんですか!教えてくれ」
「ないよ!バーカ!もう、お前男バレ戻れ!」
「えー…」

えー、じゃねーよ!私は飛雄の頭を掴んだ。そのまま隣にある第一体育館に連れて行く。「い、痛いです及川さん」俺の手を外そうとする飛雄だけど、中1のお前と、中3の私、いくら女だとはいえ飛雄に負けるほどか弱くはない。第一体育館のドアを思いっきり開けて「岩ちゃーん!届け物ぉー!!」思い切り飛雄の頭をぶん投げた。「うわっ!」床にスライディングダイブした飛雄を鼻で笑う。「おい及川あぶねーだろ!後輩怪我させんなよ!」なんで私が岩ちゃんに怒られなくちゃいけないのさ!ビシッ!と飛雄に指差す。

「トビオちゃん、私に惚れるのはわかるけど女バレ来んのはやめて」
「ほんと惚れ惚れします及川さんのサーブ!まるで男みたいな力強さ」
「アア?」
「なんで及川さん男じゃないんですか!」

ブチッ、頭の血管が切れた音がした。飛雄の同級生の国見ちゃんと金田一が「馬鹿!なに言ってんだお前!!」と飛雄を窘めるが「なんでだよ、だって勿体ねーじゃん!男だって負けるかもしれないサーブだぞ?」あーあ、褒めてくれてるのはわかるんだけどさぁ…私は床に転がっていたボールを一つ掴んだ。「おい及川」岩ちゃんが呆れた声で私を呼んだけど無視。もう怒った、及川さん怒ったから。ふわっ、ボールを上げる。至近距離過ぎてジャンプサーブができないのが残念。でも力いっぱい――やってやる。俺の様子に気づいた国見ちゃんが飛雄と距離を置いた。うんうん、その方がいいよ。跳ね返ったらどこ行くかわからないし、外すつもりはないけど。手のひらに、ボールを当てる。ダンッと音と共に「飛雄」私はそう呼んだ。飛雄が、振り向く。私のボールは真っ直ぐと飛雄の顔面へ。バンッ!気持ちいほどに鈍い音が響いた。たんたんたん…静かにボールが床を跳ねる。「流石パワーゴリラ」誰かがそう呟いた。おい今言ったやつ覚えておけよ。

「か、影山…だい、じょうぶか…?」

金田一が引き攣りながら飛雄の顔を覗きこんだ。ぽたぽたと赤い液体が床に落ちる。――あ、やっば、やりすぎた。「ぎゃー!影山鼻血鼻血!ティッシュ!タオル!!」慌てる金田一に冷静にティッシュを渡す国見ちゃん。そして岩ちゃんに殴られる私。「岩ちゃんいくら幼馴染だからって女の子殴るのはんたーい!」って言ったらまた殴られた酷い。「うう…」小さく唸る飛雄にちょっとだけ罪悪感。でも飛雄だって酷いよ?こんな可愛い女の子に「なんで男じゃないんですか!」ってさぁ…。別に飛雄ちゃんになんて思われたって良いけどさ。ティッシュで鼻を押さえる飛雄に近付き、私はしゃがみこんだ。

「ごめんねトビオちゃん、ちょっとやりすぎた」
「……す」
「え?
「………ます」
「なに?くぐもってて聞こえない」

「もう一度、お願いします!!」

鼻からティッシュを退かし大声で言った。だらーっと垂れる鼻血と少し赤い顔。思わず立ち上がり力を籠めて飛雄の頭を叩いた。

「もう一度顔面サーブ食らいたいの!?なんなのトビオちゃん変態!?ドM!?」
「ちがいます!ビビッてきましたけど」
「ビビッてなに!?やっぱ変態じゃん!」
「今度は打ち返します!今度はジャンプサーブ見せてください!」
「やだよ!バーカ!バーカ!!」

もう私部活戻るから!飛雄に背を向け体育館から出る。最後までなんか言ってたけど聞こえなーい!ほんとヤな奴!自分の部が練習する体育館へと戻ると「遅いよ及川!」と副主将に怒られた、げせぬ。もー!朝から最悪な気分になりながらもボールを上げ私は飛んだ。





◇◆◇



「はあー、朝から疲れたー!」
「及川、後輩苛めやめろ」
「なんで私が怒られるの?なんで女子なんですか?なんて言われたら普通怒るでしょ!!」
「普段猫かぶりしてかわい子ぶってる奴がもし男だったらって思うと確かに気味が悪いな」

何言ってんの岩ちゃん、私が男だったらすっごいイケメンになってるよ絶対!女の私ですらこの魅力だよ?なんて言ったら「馬鹿じゃねーの」と真顔で言われた。殴られるより痛かった。

「可愛い後輩じゃねーか、ちょっとくらい相手してやってもいいんじゃないか?お前のいうガキなんだし。遊び程度にでも思って」
「遊び?やだよ、あいつ私が手を抜いたらすぐ気付くんだもん。かと言って本気でやりたくない。私あいつ怖いんだよ」
「怖い?」
「気づいてない?あの貪欲な目、私の技術全部飲みこむ気だよ」

男と女だ、いずれ私は飛雄に追い越されてしまうだろう。それは仕方の無い事だと思っている。だからといって教えてやる気は更々無い。まだ私は誰よりも上に居たいのだ、それが大人げなく後輩の上だったとしても。私は今の場所を誰かに奪われたくはない。


「でもまぁ、一番頭に来てるのはやっぱり「なんで男じゃないんですか?」だけどね!マジ飛雄許さない。私の魅力わからない飛雄なんて大嫌いだ」
「どんなナルシストだよ…。俺もお前の魅力は1ミリも理解できない」
「そんな事言ってー、岩ちゃん心の中では私の事可愛いって思ってくれてるんでしょー?」
「お前の頭は幸せだな」
「ひどい」
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