「ねぇ王様、reverberationの意味わかる?」
「…は?」
「ああ、ごめん。王様全っ然英語できなかったもんね。こんなレベルの単語もわからないくらい馬鹿だもんね」


頭がカッとなった。それくらい解る、なんせ自分が入ってるバンドだ。読みも意味も解る。千草が「なんか辞書引いたらカッコよさげだったからこれにした!」って安易にバンド名を決めた話だって聞いた。もうくっだらねー話も芋づる式にたくさん聞いた。ってこれ関係ねぇや。兎に角、reverberationの意味は知っている。


「馬鹿にすんじゃねぇよ!reverberationは――」


この時、月島は笑っていなかった。「あーあ…」と残念そうな顔をしていた。その時は全然気にする余裕が俺には無かったが、今思えば誘導尋問とかいうヤツではなかろうか。大体、月島が英語の事を俺に聞くわけがないのだから。


「reverberationは残響って意味の俺たちのバンドだ!――…だ、…だ?」

あれ、俺今余計なことも言わなかったか?口を押えて月島の顔を見る。めちゃくちゃ顔を歪ませていた。なんだよその表情は。築島は重い溜息を吐いた。

「あーあ…相崎見たときどっかで見たことあるんだよな、って引っかかってたんだ。すぐ思い出せなかったのは最近全然路上とかやってなかったから。相崎があんな性格だって知らなかったし。そういえばメンバー探してるって言ってたっけ」
「は…は?」
「王様キーボードやってるの?」
「いやギター…っては?え?」

あれ、キーボードの結月秋那が脱退したからキーボードのメンバー探してるんじゃないの?なんて月島が首を傾げた。いや合ってる、その通りなんだけど…なんでお前そんなに詳しいんだ?俺の様子に気づいたらしい月島が、溜息を吐いて口を開いた。

「路上聴いて、好きになったんだ。リバーブ」
「え」
「勿論王様がまだメンバーじゃない時ね」

そりゃあそうだ、俺は一度も人前で弾いた事が無い。「なぁなぁ」相手が月島だというのに俺は聞かずには居られなかった。苦手な人間より、興味の方が勝ったからだ。

「リバーブって割と知られてるのか?」
「まぁファンは少なくないと思うよ。中学からあっちこっちの公園で演奏して、全員中学生にしては上手かったし。一度でも耳にしたことある人は多いと思うけど」
「へぇ…」

そう言えば及川さんもリバーブに聞き覚えがあるって呟いたっけ…。「で、キーボードすごく上手いのに脱退とか残念って思ってたんだけど」月島が溜息を吐く。俺が入る前に居た奴な、結月。中学の時何度か会った事あったな、千種がもう一回バンドやろうって誘って「もうキーボードなんてやらねーよ!ばーか!ばーか!!」って半泣きで叫ばれたんだっけ。あいつ何処行ったんだろ、高校上がってから1回も見てないな。


「で、なんでギター?」
「ギターがかっこよかったから」
「うっわ、安易だねぇ」
「悪かったな」

でも一発でころっと落ちちまったんだ、しかたねーだろ。今でもあの光景が鮮明に思い出される。


「そもそも王様ギター弾けるの?」
「下手くそで悪かったな」
「言ってないよ。一応弾けるんだ」
「…一応な」

人前で弾いた事ねーし、千種達は上手い上手いって言うけど自分じゃわかんねーし。当然ながら千種の方がギター上手いわけで。「ふーん?」と首を傾げる月島に「もういいか?」と背を向ける。歩きだそうとしたところで肩を掴まれた。振り返る。

「なんだよ、まだなんかあんのか?」
「弾いてみせてよ」
「はぁ?」
「弾いてよ」

月島の目が、今までにないくらい鋭かった。




◇◆◇



部活帰りに斎藤の家に行った。全員練習していて「あ、ずりい!」なんて声を上げる。「お前バレーやってたじゃん!」千種の言葉にうぐっ、と声を詰まらせた。「で、影山。後ろの奴は…?」俺の後ろに居た月島に全員視線を向けた。








「月島何度か見た事あったんだよね。そっかそっか、俺らのファンかー、そーかー」

気持ち悪いくらい顔を緩めている。清水が「うわぁ…相崎きも…」と呟いた。俺も頷く。ぐっしゃぐしゃに月島の頭を撫でる千種を、誰も止めようとしない。「ちょっと、いい加減にしてよ」月島が声を上げるが気分の良い千種は耳に入っていないのか「このこのー!」と頭を撫で続けていた。もうそろそろ殴られるぞお前。


「で、影山込みのリバーブの演奏を聞きたいと」
「らしい」
「もうそろそろ路上でもやろうかって考えてたんだよな、影山の都合が合えば」
「お前らは大丈夫なのか?」
「俺ら基本暇だし、清水は優先順位一番がバンドだから」
「ん」

千種と撫で倒されている月島を余所に俺らは話を進める。俺の都合…部活が無い時か。そう言えば今度の日曜は、月曜朝から体育館使うから昼間で切り上げってい言ってたな。「じゃあ日曜の夕方くらい」なんて言うと「お、人が多い時間帯選んだなお前」と斎藤が笑った。そうなのか?

「というか影山ギターやってんの隠してたんじゃないのか?」
「あ?あー…」

隠してるっちゃあ隠してるけど気恥かしかっただけだし、菅原さんにも月島にもばれたし。俺だってちゃんと人前で演奏してみてーし。そういうと斎藤は俺の頭を撫でた、千種のあれとは違って優しくだけど。

「影山は好奇心旺盛だよな」
「は?」
「わかるわかる、俺初めて人前で弾くときめっちゃ緊張した、弾く前からずっと。影山はあれだよね」
「楽しみで仕方無い」
「おう」
「胆が据わってる」

くすくすと清水が笑う、なんと珍しい。斎藤も笑って、俺も笑みを零した。「ねぇ君たち」月島の不機嫌そうな声が響く。

「君らのリーダーなんとかしてよ」

ぼさぼさ頭の月島に全員で「無理」と答えた。ちなみにキーボードの結月がバンドを脱退した理由はそれの延長線だと聞く。



じゃあ詳細決まったら教えてよ、そう言って月島は先に帰った。「ま、楽しみにしてるよ」そう言った月島はいつもの厭味ったらしい表情ではなかった。すとん、何かが俺の中に落ちる。ああ、成る程と何かを納得した。聴く側も楽しいのか。そっか…、俺はなんだかむずむずとした。







「えーっと、というわけで今度の日曜公園で路上やるってことで」
「俺聞いてない」
「お前月島撫で倒してただろ」
「よし、久しぶりの路上だぞー!なにやるか、マジック?ギターを目の前から消すマジックでも」
「で、当日の曲だけど影山わりとなんでも弾けるし…曲数増やしても問題ないよな。新曲も人前出して良いくらいだし」
「俺のボケに突っ込み入れてよ斎藤…」
「相崎五月蠅い」
「……」






◇◆◇



「全く緊張しないよな、影山」


帰り道、千種と二人夜道を歩く。さっきも斎藤と清水に言われた言葉だ、俺は首を傾げる。緊張…緊張?緊張する理由が俺にはよく解らなかった。

「楽しいのに、なんで緊張するんだ?」
「あー…本能で生きてる奴って怖いわー…」

成る程、これは気にする人間は気にするな。と千種が零した。その意味を、俺は理解した。思い浮かべたのはこの前再開した、中学時代の先輩。おい、俺は千種の腕を引っ張る。

「お前、も」
「俺?俺は無いよ。俺のが断然上手いし!」
「まぁ確かに」
「それにあれだろ?バレーとは違ってバトるわけでもないし」
「バトる言うなお前」
「音楽はなぁ」

にやっと千種が笑った。


「楽しんだもん勝ちだ!」


ってこれ何にでも言える事だな。でもなんだ、演奏している自分も聴いてくれてる人達も一緒になって楽しめたらそれで良いんだよ。上手い下手なんて知るか!楽しんだもん勝ちだそんなもん!
そう言って俺の背中を思いっ切り叩く。痛ェよ千種ボゲェ!俺も千種の背中を叩く。…楽しんだ者勝ち…か。

「白黒はっきりする勝負も良いけど」
「おん?」
「全員が楽しむっていうのもいいよな」
「おう!でも聴く奴より俺ら演奏してる側の方がよっぽど楽しいから俺の勝ちだな!」
「勝敗はないんだろ?」
「気分気分!」

バレー忙しいだろうけど、お前の初ライブでもあるから頑張れよ。ニッと笑い千種は拳を向ける。おう、俺もその手に拳を当てた。
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