「あ、影山」

廊下を歩いていたら斎藤に声を掛けられた。「んー?」と斎藤の方へ身体を向ける。よしよし、と何故か頭を撫でられた。意味が分からん。

「今日が例の試合の日だろ?」
「おう、放課後」
「頑張れよ、お前バレーめっちゃ上手いらしいじゃん。練習だってやってたし」
「あんまり良いとは言えねーけどな」
「あー…たまに見た時なんか日向ボゲェ!とか怒鳴ってたもんな」

どうやら練習現場を目撃されていたらしい。「まぁあれだ、どんなに下手くそだろうがバレーをやりたいっていう気持ちはあるんだろ?ならなんとでもなるさ」なんだか根性論な様な気がしなくもないが、斎藤にしては珍しい。

「…あ、」
「ん?どうした?」
「俺バレー部入らない方がいいとか思ってるか?」
「は?」
「い、いやだって…」

バンドの練習俺あんまり参加できてないし…バレーやらなかったらバンドに集中できるから、そう思ってんのかななんて思って…。俺は思っている事を吐きだした。「あー…」斎藤は頭を掻いた。やっぱそう思ってんのかな。


「俺らお前が入る時に「バレー優先」って聞いてるからマジで気にしてねぇぞ?俺だって本命ドラムじゃないんだから」
「…は、え…そうなのか?」
「俺こう見えてフルートやってんだぜ。似合わなねーだろ」

ケラケラと笑う斎藤。フルートってなんだ?わかんねぇ。そんな心情露知らず斎藤はまた俺の頭に手を置いた。

「やりたい事、やればいいんだよ。俺達まだ学生だし、気楽にやろうぜ。だからと言って音楽が真剣じゃないってわけじゃない。お前はバレーもギターもどっちもやりたいんだろ?」
「…おう」
「ならどっちも取れ。悔いが無い様にな。どうせお前バレーやめたら悔いだらけでギターも手に着かなくなるんだからさ」
「……おう」
「バレーやって、ギターやってる影山がバランスが良いんだ。どっちかが無くなったら絶対崩れる。だから、両方頑張れ」


そうだな、バレーやめても俺はギター一本で生きて行く自信が無い。逆もまた然り、だ。今の俺は、ボールもギターも触らない生活なんて考えられなかった。どっちも、そうか、どっちも大切。その事実がストンと俺の中に納まった。


「頑張ってくる」
「おう、頑張れ」
「清水もメールで頑張れって言ってくれた」
「あのものぐさ清水が影山にメール…!」

清水、結構頻繁にメールしてくれるぞ?なんて言えば「俺メール送っても返信こねぇんだけどな…」と斎藤が肩を落として笑った。

「あ、でも一方的で俺が送っても返信来ないな」
「流石清水…あいつは本当にマイペースだからな」

最近清水に会ってないな…なんて、少しだけ寂しい気持ちになった。





◇◆◇



一人で弾いたってつまんねぇだろ?音が綺麗に重なり合うとさ、すげー気持ちいんだ。

初めて、あいつらと合わせた時千種が言った。一人でも良いけどさ、でもバンドってみんな合わせて一つなんだよ。恥ずかしいセリフ。
「お前だって調子乗って一人で飛び出す事あんじゃねーか」呆れながら斎藤が言うと「う、うるせー!それもバンドの醍醐味ってやつだろ!」と千種が顔を背けた。「俺は…まぁ自分が楽しめばそれでいいや」「お前はそればっかだよな」「っていいながらちゃんの相崎に合わせる辺り、清水も」「うるさい」

そんな会話を、今思い出した。


「合わ、せる」

トンッ
静かに飛んで、ボールをあげる。日向の手に、合わせる。



お前まだ下手っくそだから、俺らが合わせてやんよ


――下手くそだから、俺が合わせてやるよ。
日向の手に、ボールが当たった。打つ。真っ直ぐ相手のコートに打ち込まれる。静寂。ボールが叩きつけられる音だけが響いた。ああ、なんだ。簡単じゃないか。人に、合わせる事がこんなにも


「って思ってたより難しいじゃねーか!」
「ホワァ!?な、なんだよ影山いきなり!」
「うっせ!今度は成功させんぞ!」
「お、おう!」

くっそ!一発目はすげー気持ちよく合わせられたのに、これ難しいじゃねーか。針に糸通すような、そんな感覚。でも、俺のボールが、日向にドンピシャにハマる感じは、楽しかった。この感覚、そっくりじゃねーか。俺は、息を吐く。日向の手に向けて、ボールを上げる、合わせる。

――感覚を研ぎ澄ませ






◇◆◇




「いやー…うちの子すげぇな」
「おまえんちの子供じゃねーだろ」
「似たようなもんだろ?それにしても、やっぱ生き生きしてるよなー。俺のこの話聞いた時申し訳ないけど影山が負ければいいって思ってた」
「…ま、だろうとは思ったけど」
「でも核心、やっぱあいつバレーやってないと駄目だわ。どっちか片方じゃ駄目、あいつの構成物質はバレーとギター」
「構成物質って」
「どっちか欠けたら成り立たないんだな。それが良くわかった」

生き生きとした影山を見る。俺らと音を合わせる時以上にきらきらとしている気がする。まぁあいつバレーしてきた時間の方が全然長いから、仕方ないとは思ってるけど…、うん、なんか悔しい。バレーに負けるバンド、悔しい。

「なんかあいつのバレー好き見せつけられちゃったから、今度はバレー部に、俺らのバンド見せつけちゃおうぜ」
「どうしてそうなった」
「特に月島。うちの子苛めたから仕返しだ」
「お、おう…?」
「あと某同級生と某先輩様。どーだ、お前らが苛めてきた影山と、俺らリバーブは超仲良しだぜ!って見せつけたい。超見せつけたい!」
「ど、どうしたよお前…」


手すり部分に頬を乗せた。2階に居るって、思いの外気づかれないのな。ゲームに集中する影山達を見つめる。


「実のところ」
「おう?」
「俺1年の頃から影山の事知ってたんだよね」
「…中学1年?」
「そうそう、だから影山と例のオイカワさんの事も知ってるわけで」

同級生とのいざこざも、割と気づいていた訳で。あいついつかぼっちになっちまうなーって感づいてたんだよな。それでもあいつがバレー好きなの知ってたから。だから引退まで待ってから声かけようってさ、思ってたわけだよ。そういうと斎藤はすごい微妙な表情を俺に向けた。なんだよ、その顔。

「俺と、あと秋月の時はすぐ引き抜きに来たじゃんお前」

俺が吹奏楽でフルートやってた時「ウイーッス!今日で斎藤吹奏楽退部なんでヨロシク!」とかまさかの部活中に俺引き摺って音楽室から連れ去るし、聞いたら秋月の時もあんま状況変わんなかったって聞くし。そんな話に俺は顔を背ける。ほら、お前らと影山の状況ってちょっと違うからさ…うん。

「でも、結果的によかったって思ってる。家でも学校でもフルート、ぶっちゃけ飽き飽きしてたんだよな。中学でずっとフルートやってたら多分、嫌になってフルートへし折ってたし。そう思うと俺って相崎に救われたんだな」
「斎藤…」
「まぁ突然やった事もないドラムやれっていうのはどうかと思ったけどな」
「ドラムが…居なかったんだ」
「たまたまベースの清水が居ただけでほとんどいなかったじゃんか」
「その点清水はすげぇよな「バンドやろうぜ!」「うん」で成立したもん。初対面で」
「お前のコミュニケーション能力どうなってんの?いや清水もどうかと思うんだけど」
「以心伝心…!」
「言ってろ阿呆」

べしっと頭を叩かれた。バシンッ!という音も響く。調子良さそうじゃん影山、このまま勝てそう。「影山ーファイトー!」と声を上げると吃驚した表情で影山が俺を見た。俺は手を振る。おっと月島が睨んでる、怖い怖い。「お前あの眼鏡のっぽに何したん?超睨まれてるけど」「寧ろされた側なんですけどー」そんな会話。

「影山ジャンプジャンプ!」
「うるせぇ!ジャンプって何だよ!!」
「ノリ!!」
「黙ってろ千種ボゲェ!」
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