「ん?」
「いや、お前なんかなんでも器用にこなしそうだからさ」

そう言ってクラスメイトに楽譜を渡された。「は?」と俺は声を上げる。「いやだからさ」とクラスメイトが続ける。俺はぶんぶんと首を振り続けた、がしかし「一回やってみようぜ?」という中々折れないクラスメイトに、俺は疲れ切って首を縦に振ってしまったのだ。


「ピアノって」
「違う、キーボード」
「何が違うんだ?」
「あー…大体同じだからいいやピアノだピアノ」

いやちゃんと説明しろよ!と後ろに居た、クラスメイトの友達であろう人間がツッコミを入れた。目の前に鎮座するピアノもといいキーボードを前に、俺は無言になる。バンドでキーボードをやる人間が、違うバンドに引きぬかれてしまったらしい。だからと言ってなんでドがつく初心者に頼もうと思ったのか。「ほ、ほら。お前なんか最近沈んでたからさ、気分転換にでも音楽どうよ!?」聞くだけならまだしも、やれというのは無理が有り過ぎじゃないだろうか。

「楽譜、読めるか?」
「おたまじゃくし」
「絶望的だ」
「諦めんの早すぎ!」

いや絶望的だろ。もう諦めて違うやつ捕まえてこいよ…俺は部屋から出ようとするとガシッと肩を掴まれた。首だけそちらを向くと、やはり俺を誘ってきたクラスメイトだった。なんだよ…俺は呆れながら問うとクラスメイトはギッと俺を睨んできた。

「お前暇だろ!?」
「なんだよその言いがかり…」
「だって普通の部活はもう引退して、受験一色だしよー」

ここで「俺らも受験生なんだけどな」と諭した方がいいのではないか…と後ろに居た連中が口を漏らす。確かに。「受験?そんなの気合でなんとかなる!」なんて拳を握りしめるクラスメイトに、ここに居る全員が溜息を吐いた。

「俺、進路白鳥沢目指してるんだけど」
「無理だろお前。推薦?」
「じゃない」
「諦めろ」

おい、人の進路に何言ってやがる。「なぁーバンドやろうぜー」と俺を揺さぶるクラスメイトに頭突きをかました。


「いってー…良いじゃん、ちょっとだけさ」
「俺に出来ると思ってんのか」
「出来そうだから誘ったんだけど」
「だからバレー以外出来ないっつーの」
「大丈夫、やればできる」

なんでこう食い下がるんだこいつ。「イケメンキーボード、良くね?」というコイツに他のメンツは鼻で笑った。「…まぁ、キーボード居ないのは確かだけどな」「ギターとベースとドラム居ればまぁ見栄えは普通だけどなー」なんだかんだで、キーボード出来る人間が欲しい様で。


「まぁ取り敢えずさ、一回俺らの演奏聴いてってよ」

聴いてくれるだけでも嬉しいからさ。そう言ってクラスメイトはギターを鳴らした。瞬間、俺は心臓を掴まれたような感覚に陥る。



「んじゃまぁ、聴いてください」


笑う、クラスメイト。音が鳴る。
他のメンバーも、笑った。




◇◆◇



呆け。「おーい、影山ぁー?」とクラスメイトの声に、俺は意識を戻した。目の前にはニヤニヤするクラスメイト。なんかムカつく。

「どーよ、俺らのバンド。かっけーだろ?聴き惚れたろ?」
「……ああ」
「ははは、だよなー!影山なら興味無いって……ん?」
「かっこよかった」
「お、おおおお?!」

俺の言葉に、他の2人も反応する。「え、なになに?興味持った?マジ?」期待のまなざしを向けられた。俺は指を指す、それを。


「ギター、かっけーな」

この時の俺は、少年のような目をしていたと言う。クラスメイトが微妙な表情をしていた。


「キーボード…」
「いやギターやってくれるだけ良くないか?」
「…キーボード居ないバンドなんて結構ある…」
「そうそう、ギター1本じゃ音薄いしなぁ」
「俺のギターに文句あんのかー!?」
「あるよ」
「ありまくるよ」

そんな言い合いをする奴らを横目に、俺はじーっとギターを見つめていた。「ちょ、ちょっとくらいキーボー」「やだ」そう言う俺にクラスメイトはがっくりと肩を落とした。


「…ま、まぁギター…まぁいいか!よし影山、いっちょ鳴らしてみるか!」
「…い、良いのか?」
「やっべぇ、お前マジ惚れじゃん。俺そんなにかっこよかった?」
「ギターかっこよかった」
「やんわりと否定される俺…知ってたけど。んじゃ、ほい」

手渡されたギターに、俺の身体は岩の様に硬くなる。お、おま…いきなりこんなの持たせたってどうしろって言うんだ。「ほらー相崎、影山?が緊張してる」と気だるそうなヤツが言う。

「初めて渡されたって未知数の物体なんだから」
「えー、じゃかじゃかジャーン!って弾けば大丈夫だろ?」
「ちょっと翻訳機持ってきて」
「取り敢えず構えてみ?」

さっきクラスメイトが持っていたように、ギターを持つ。「おー、様になってる。つーか絵になってる」一応褒められたのだろうか、ちょっとだけ気恥ずかしくなった。手を少し上げ、振り下ろす。どんなくらい力を込めていいのか解らず、弱く弦に指を掠めた。


「……」
「…ぷ、ふは、ははは!影山音鳴らしただけですげぇ嬉しそうな顔すんのな」
「う、うるさい…」

まるで子供の様に、音が鳴っただけで俺は嬉しくなってしまったのだ。その表情にクラスメイトが笑う。「初々しくていいなー!」と頭を乱暴に撫でるクラスメイトに「やめろゴラァ!」と照れ隠しで怒鳴る。

「そこまで気に入られると、教えないわけにはいかねーよな。んじゃまぁよろしく影山!」

他のメンバーも「よろしくー!」と言った。ば、バンドに入るって言ってねーんだけど。でも俺は、わくわくしていたのだ。バレー以外の、こんな未知数なものに惹きこまれるだなんて。


「あ、」
「ん?どうした」
「お前名前なんだっけ?」
「……嘘だろ!?」

悪い、クラスメイトだってのは分かるんだけど、名前憶えてねぇ。「じゃあ相崎も含め自己紹介でもするか」とドラムの人が笑った。



「えーっと…取り敢えず影山と同じクラスの名前憶えられてなかった相崎千種でーす…バンド【reverberation】のギターアンドヴォーカルやってまーす。影山にキーボードやってほしいと思ってる人間でーす」
「やるんならギターがいい」
「ハイハイ、キーボードは諦めますよー。はい、次清水」
「…清水樹、隣のクラスのベースやってます…」
「え、清水それだけ?」
「だけ」
「見ての通り脱力人間だ。でもベースやる時はすげーやる気が満ち満ちてるからおもしれーぞ。ハイ次」
「斎藤瑞貴、清水と同じクラスでドラムをやってる。アホが悪かったな、やりたくなきゃ無理にやらなくて良いんだからな影山」

あ、この人まともな人だ。困ったような顔をする斎藤に「バンドはよくわかんねぇけど、ギターはやりたい」と言うと笑った。「まぁ影山が興味持ってくれたんならそれでいいよ、頑張れよ」まとも人間だ…。


「ハイ次、影山!」
「お、おう。えっと影山飛雄、バレー部…はもう引退してる。そこの相崎?と同じクラス」
「なんで疑問付けた?同じクラスだよ同じクラス!」
「基本的にバレー中心だけど、なんかギターがぐわーってきた。初心者だけど、宜しくお願いします」

頭を下げると、背中に圧し掛かれた。おい!俺は顔を上げる。相崎が肩を組んで体重を掛けていた。笑う、人が俺に笑いかけてくるなんて、どれくらいぶりだろうか。

「ギター教えてやるから、弾けるようになろうな影山」
「お、おう!」
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