いい子ちゃんは休業中



朝練が終わり、着替えて体育館を出るとど真ん中には天童さん…の妹、天童栞が居た。「おー?栞どうしたー?俺なんか忘れ物した?」と天童さんが駆け寄る。

「お兄ちゃんが忘れ物したところで、私が届けに来るわけないでしょ」
「……アッ、ハイ…」
「それより…」

バチッと視線が合う。瞬間、天童栞は笑った。満面の笑み…ではなかった。目が、確実に笑っていない。朝の天童さんの言葉を思い出す。そして今までの天童栞の俺に対する目、表情。…思わず後ずさる。と、目の前を牛島さんが通り過ぎた。

「……ん?栞か」
「…ちょっと若利さん、遮らないでください邪魔です」
「遮る?」
「私はそこの白布賢二郎に用があるんです」

首を傾げる牛島さん、あー…と遠い目をする天童さん。ざわつく先輩方。「なんだー1年、天童妹と付き合ってんのかー?」なんて野次が飛ぶ。冷静に、それは地雷だと感じ取った。ダンッ!!と音が響く。「あ、やば」なんて天童さんが声を出した。

「は?」
「?栞と白布は付き合っているのか?」
「若利君空気読んで!」

パシィン!と高い音が響いた。数人が「ひぃっ!」と声をあげる。「栞怒らせたら駄目だって前から言ってるでしょー!?」と声をあげる。俺は、呆然と牛島さんの顔を見る。天童栞にビンタされた顔を押さえることもなく、牛島さんの腕が上がる。その手は、天童栞の頭へ。

「去年より、腕力が上がったか?」
「若利さん私を怒らせたいんですか」
「ただ思った事を言っただけだ。それに褒めようと」
「はァあ?」
「なぜ怒る?」

「若利君空気読まない天才だからー」と天童さんは笑う。口喧嘩…というか一方的な罵りが始まる。「白布君白布君、今のうちに教室戻りなよ」と背中を押す天童さんの言葉に甘えて、ばれない様にその場を後にした。







「ちょ、白布賢二郎どこ行ったの!?」
「とっくのとうに帰ったよー」
「ハァ!?お兄ちゃんなんで引き留めてくれなかったの!」
「むしろ何で引き留めなきゃいけないのさ!」
「使えないわね!!」
「ひどい!」




◇◆◇



今朝のあれはなんだったのだろうか。取り敢えず面倒事は回避したらしい。これで終わるとは到底思えないのだが、まあ良いだろう。まさかクラスまで待ち伏せすということは


「ないだろうと思ってたんだけど」
「なにか言いました?白布賢二郎」

さて、昼飯でも買いに行くかと教室を出ると仁王立ちで腕を組む天童栞が居た。もう嫌な予感しかしない。

「ちょっといいですか白布賢二郎」
「昼飯買ってくるからパス」
「は?」
「……」
「ちょっと、心底めんどくさそうな顔しないでください。私だって貴方みたいな人に時間割くほど暇じゃないんです。でも、心底嫌ですけど、本条さんの為なんです」

絶対に違うだろ。と心の中で思った。天童栞は自分の為に動いている、人の為なんて言いつつ絶対。本条が人に頼みごとをしたり、望んだりすることは殆ど無いのだから。あいつは、そういうところが不器用なのだ。
しかし、何を言われるのだろうか。本条に近付くなとでも言うのだろうか。そんなの絶対にお断りだ。

「若利さんに近づかないでください」
「………は?」
「は?聞いてなかったんですか?若利さんに近づかないでください」

いや、ばっちり聞こえている。聞こえているからこそ、聞き間違いではないのかと聞き返しているのだ。本条ではなく牛島さんに近づくなと言ったか?


「なんで牛島さん?」
「五月蠅いわ鈍感男」
「……」

イラッとしてはいけない。相手は仮にも女子だ。




◇◆◇



「いいですか、出来ればバレー止めろと言いたいくらいですがそれはいくらなんでも酷なので、取りあえず若利さんに近づかないでください」
「意味がわからない。それに俺はバレーを、牛島さんにトス上げるためにこの学校に入ったんだ。牛島さんに近づくなって頼みは断固お断りだ」
「は?若利さん大好き人間ですか?あんな脳筋どこが良いのですか!それより断然本条さんでしょう!?」

今の話の流れでなんで本条が出てきたのか理解できない。胸ぐら捕まれて揺さぶられる身体。なにこいつ馬鹿力。なんかもう、今日は昼飯抜きかな、なんてぼーっと考えていると廊下の向こうから天童先輩が歩いてきた。俺達を見るなり「あー…」と困った顔をした。

「はいはーい、栞ちょっと白布君から手を離そうねー」
「は、ちょ…お兄ちゃん邪魔しないでよ」
「はいはいはいはい、あとでぜーんぶ聞くから」

はい、離す。と捕まれていた制服と天童栞の手が離れた。助かった。「天童先輩ありがとうございます」とお辞儀をすると「いいのいいの!それより先輩なんてかたっ苦しい呼び方じゃなくてもっと砕けていいよ?」なんて言われた。砕け…?天童さんと呼べばいいのだろうか。


「ちょっと!私を無視しないでよ!」
「ごめんねーうちの妹、女王様…本条さん大好き人間だからさぁ」

前も言っていたけど、女王様とは何なのだろうか。今ここで聞くのは面倒なことになりそうだからあとで聞こう。それより…


「栞、白布君に何言ったの?」
「若利さんに近づくなって言っただけ」
「…なにそれ?」
「もう!なんでこう男は鈍感なの!!」

そう地団駄を踏まれても困る。「もー意味わかんないよ栞ー」という天童さんの脛に天童栞の蹴りが入った。あ、死んだ。


「…っ!?……っ」
「ちょ、天童さん大丈夫ですか」
「天童さんって呼ばないでくれる!?」
「いやアンタじゃないから」

蹲る天童さんの背中をさする俺(意味無いけど)、俺達を見下ろす(見下す)天童栞。そして俺らに関わらないようにと廊下の隅を通り過ぎる生徒たち。目を合わせようともしない。俺ももう昼買いに行ってさっさと消えたい。復活した天童さんがバッっと立ち上がる。

「あぶないでしょーが!栞!」
「邪魔したお兄ちゃんが悪いよ?まだやるんなら蹴りあげるけど?」
「…白布君、こんな妹だけどよろしくね」
「え、無理です」

結局なんの話だったのだろうか。天童栞の頭を鷲掴みし「もう白布君栞に付き合ってやんなくていいよー、ほら行きなー」という天童さんの言葉に甘えて、俺はその場を後にした。「お兄ちゃん、覚悟しなさい」と蹴りあげられた天童さんの姿を最後、俺は色々考えるのを放棄した。




◇◆◇



「天童さん」
「…白布君、今日はお疲れ様…」

まだ部活前だというのに天童さんはやつれていた。「…お疲れ様です」と俺は頭を下げる。「はははは…はぁ……」と溜息を吐く天童さんに俺は何も言えない。

「栞最近機嫌悪いから…昨日なんか夜、生たまご投げつけられた。更に晩御飯は嫌がらせの様なオムライス。まさかオムライスのご飯が白米とか…」

地味かつとんでもない嫌がらせ…それは最早ただの白米…。


「まぁ栞の言い分も面白んだけどねぇ」
「はぁ…」
「女王様とかなり仲良いでしょ?白布君」
「…その、女王様ってなんですか」

ん?ああ、外部からの入学じゃ知らないか。と納得の天童さん。


「いやぁ、簡単な話。ウチの学校始まって以来の天才、女王様降臨」
「…本条が頭良いって話ですか」
「そんな言葉一つで答えられるならよかったよね。天才って怖いよねぇ。中等部入学以降本条琴葉は一度も満点以外を取ったことがないって噂。噂って言うか事実なんだけど」

本条、そんなにすごいのか。と息を漏らす。「こんなの、ただ暗記してちょっと考えれば誰だって答えられるじゃない」なんてある意味馬鹿な事を言っていたけれど。そんな簡単に出来るものなら、誰だって天才になれている。まぁその代わり、運動神経は破滅的ではあるけど。

「本条さん、中等部の時はツンケンしてて女王様って言葉がぴったりの子だったんだけどね。栞曰く、3年の冬ごろから雰囲気が柔らかくなったって話」
「……」
「冬ごろ、なにがあったんだろーねー?ねぇ、白布君」
「…さぁ?」

えー、つまんないの。と天童さんは面白そうに笑った。俺は顔を背ける。にやにや、俺の背中を突く天童さんに「早く部活行きますよ」と思いっ切り叩いてやった。



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先輩思いっ切り叩く白布君(照れ隠し)

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