別れ際のまばたき



「……」
「なんだよ、本条」
「いや、うん…」

なんでしょうね、見慣れてないからかしら。白鳥沢の制服似合わないわね。と本条が笑った。残念なことに、まったく持ってその通りだと思った。ふふふ、何がツボに嵌まったのか本条は笑う。とても複雑な気分だ。

「ごめんなさい、そんなにむくれないでよ」
「別に、むくれてない」
「ふ、ふふふ…面白い。何が面白いのかわからないけど面白い」
「すっげー馬鹿にされてる気分」
「してないわ。うん、似合ってる似合ってる」

似合わないって邂逅一番に言ったくせに、なにが似合ってるだ。未だに笑い続ける本条、涙出てるぞお前。むっとした俺は本条を置いて歩きだす。…足音が聞こえない。ちらり、後ろを見るとやはり足を止めて本条は笑っていた。なにがそんなに面白いのだろうか。溜息を一つ、俺は進めた足を戻し本条の前へ戻る。べしっ、弱めに本条の頭を叩く。

「中学の制服か、ジャージ姿しか見慣れてなかったから…面白いわね」
「そこまで笑われても」
「うん、ごめんなさい」

今度こそ歩きだした本条に歩幅を合わせて俺も歩きだした。

「なんだか、不思議ね」
「こうやって、朝一緒に歩いてる事が、か?」
「そうそう。白布君の受験が終わってからも会う機会は多かったけど、こうやって制服で肩並べて歩くだなんて。だって、あれで終わりだって思ってたもの」

別に、終わらせる気は更々無かった。接点なんて無理に作ってしまえばいい。塾なんかなくたって、ああやって朝会えていたわけだし。俺と本条の関係が、高がその程で終わってたまるものか。

「今日もテストだわ」
「…は、今日テストあるのか?」
「特進だけよ。安心して」
「勉強漬けだな…流石と言うべきか」
「白布君は今日からバレー漬けね。見に行こうかしら」
「興味無いくせに?」
「白布君を見に」

すらっとそういう事を言わないでほしい。そっと、本条から顔を逸らす。気にしていない様子で「まだ、白布君がバレーをしているところ見たこと無いもの。ボールを追いかける白布君がどんな姿をしてるのか、興味あるわ」なんて続けるものだから本当に困る。素で言っているから質が悪い。

「俺なんか、牛島さんより全然だぞ」
「白布君の中心は牛島さんなのかしら。牛島さん牛島さん五月蠅いわよ」

何故か怒られた。睨む本条に後ずさる。ふん、と不機嫌そうに顔を背けて速足で歩いて行く本条に呆然とし、ふと我に帰り本条を追いかけた。










「おい、本条――」
「本条さん!」

さて、校門をくぐるところで俺の声は女子にかき消された。待ち構えるように居たのはやはり女子で「あら、天童さん。おはようございます」と本条は堅苦しい挨拶をした。知り合いではあるようだけど…「お、おはようございます!」と元気よく挨拶を返す「天童さん」とやらの温度差は激しい。

「あ、あの本条さん!よ、よかったらクラス割りを一緒に見に行きませんかっ!」
「…え、ええ。別にいいけど…」

ちらっと本条は少し後ろに居た俺の顔を窺う。「いいよ」と言うと少し顔を曇らせた。友達だろ、優先してやれよ。俺の存在に気付いたらしい「天童さん」は声を上げる。

「あ、ご、ごめんなさい!お邪魔しました…か?」
「いいや、俺は良いよ。ほら、本条」
「白布君が気にしないのなら、別にいいのだけれど…わかったわ。またね、白布君」

軽く手を振り、本条は背を向けた。ぺこぺことお辞儀をする「天童さん」が本条を追いかけた姿を見送った後、俺は歩きだした。「天童さん」に若干睨まれたのは多分気のせいではないだろう。女子に嫉妬心を燃やされても困るものがある。




◇◆◇



「本条さん、さっきの人はお友達ですか?」
「え、」

友達か、と問われて私は迷う。友達…友達でいいのかしら。私と白布君の関係は。私からすれば白布君は一番信頼できる人間なのだけれど、私という人間は彼の瞳にどう映っているのだろうか。

「友達…なのかしらね…?」

まともに友人なんて作った事がない私が、友達の定義などわかるはずもなくただ首を傾げるだけだ。それをどう捉えたのか、歪曲して「あ、彼氏ですか…そうですか」なんて一人で納得し始めた天童さんに否定の言葉を掛けた。

「私なんてつまらない人間だもの。彼氏彼女の関係なんて勘違いされたら、彼が可哀想だわ」
「そ、そんなことないですよ。私、本条さんと仲良く…なりたくて…。だから、なんだか仲が良さそうなさっきの人が…羨ましくて…」
「え?」

今まで出したことのない様な素っ頓狂な声をあげてしまった。きょとんとする私を真っ直ぐと見る天童さんの目が、なんだか鋭くて、私は後ずさりをした。

「天童さん?」
「…羨ましくて、ずるいです」

頬を膨らませる天童さんは、可愛らしくてとても女の子っぽかった。嫉妬…なのだろうか、その対象が私という点においてはまったく理解は出来ないけれど。

「、いいです。私、高校に上がったら頑張ろうって思っていたので」
「よくわからないけど、頑張って?」
「…がんばります」

よくわからないけど。取り敢えず、当たり障りのない言葉を口に出した。ぎゅっと手を握り締め「がんばります」と言う天童さんに若干不安を覚えつつ、私たちはクラス割がある玄関前へと足を進めた。










「まぁ、中等部からあがって来た特進メンバーはお馴染みだろう。高等部からクラス上がりや外部新入生も居るわけだし、心機一転みんなで仲良くな」

担任の教師が、にこやかに言う。まぁ「当たり」かしらね。一部の中等部からの生徒は、ほっと息を吐いていた。バレーの見学に行った時遭遇したあんな人間が、割と多かったりする。そういう人間は、在校生、外部新入生の両方に嫌われるのだ。当本人はまったく気づいていないようなのだが。
ま、私はどっちだっていい。どちらにしたって「同じ事」なのだから。

「それと本条琴葉もこのクラスだ。本条」
「はい」
「中等部最後のテストも全教科満点だったぞ、流石だな。みんなも、本条を見習って勉学に励めよー!」

はぁ、小さく溜息を吐いた。いつもいつも、ほんと変わらないわね。ざわつくクラス。「そりゃあ本条さんだもんな、当たり前だ」なんて感心する声。嫉妬の声が上がらないのが、不幸中の幸いと言うものだ。

まったく、ほんとうにいやなばしょ。

窓の外を見上げる。早く、終わらないかしら。連絡事項を読み上げる教師の言葉を右から左へと聞き流す。



「あー…あと、今年他のクラスだが、凄い奴も入ってきているらしい。本来なら、特進なんだが…バレー部に入りたいって奴でな」

ぴくり、私は反応した。他のクラス、外部からの新入生、バレー部。

「全教科平均90点以上だそうだ。特進に欲しかったよなぁ…本人には「バレーするために必死に勉強したんで」なんて断固拒否されて…まったく惜しい事を…」

小さく笑みを零した。ほんと、残念。白布君、同じクラスだったらよかったのに。まぁ、無理よね。ほんと残念。口元を隠す。うん、ちょっとだけ気分が良くなったわ。
早く放課後にならないかしら。彼のクラス、担任に聞いたらすぐ教えてくれるでしょうし。白布君が部活に行く前に捕まえなきゃね。すっかり気分が良くなった私を、複雑そうな顔で見ている「誰か」に気づくはずはなかった。





◇◆◇



「こんにちは、白布君」
「本条?なんでクラス」
「聞いたの。名前は出てないけど有名人よ白布君。入試のテスト、全て90点台」
「そういう本条は満点なんだろ。なんか担任が自慢してた」

自分のクラスの生徒でもないのに、よくもまぁ私の名前が出せること。他のクラスも似たようなものだろう。もう慣れた。どうでもいい、そう、今はどうだっていい。

「残念、白布君と同じクラスになれなくて」
「バレーやって勉強やっては結構つらい。受験勉強だって、バレー休んでたからああやって打ち込めたんだし。まぁ半分は本条のお陰だけど」
「何もしてないわよ、私」
「解らない問題、塾長に聞いても渋い顔されたんだぜ?本条に聞いたらすらすら問題解いていくし」
「たまたまでしょう?」
「そのたまたまに救われてたよ、ほんとに」

他人からお礼を言われたところで、ああそう。なんて冷たく思っていたけど、白布君に言われると、ストンと心に落ちる。ああ、もう本当に。

「私、白布君のそういう真っ直ぐなところ、好きよ」





◇◆◇



少し捻くれてるくせに、こうも真っ直ぐ自分の気持ちを言われると、反応に困ってしまう。

「私、白布君のそういう真っ直ぐなところ、好きよ」

微笑みながら、本条は言い放つ。ほんと、自分の気持ちを包み隠さず口にできる奴は凄いと思う。聞いてるこっちが恥ずかしくなる。勿論、その言葉に他意はないだろう。まったく、悩みの種だ。

「俺も、本条のそういうところ、好きだよ」
「…え、どういうところ?」
「真っ直ぐなところ」
「…真っ直ぐ?」
「流石に無自覚ってことはないだろ」

意味がわからないわ。なんて言う本条にははは、と笑いが出た。ま、本条はそれでいいと思う。つまるところ、純粋なのだ、こいつは。冷めてると思いきや、割と人懐っこかったり。まぁ、学校での評価を聞く辺り、それは俺限定なんだろうけど。ふっ、と笑いが零れる。

「どうしたの、楽しそうな顔して」
「おまえもな」
「…やっぱり楽しそうに見える?」
「まぁ」

そうね、ええ。楽しいわ。学校が楽しいと思える日が来るなんて、思いもしなかったわ。と本条は言った。どれだけ学校嫌いなんだよ、こいつ。明日も、明後日もきっと楽しいわね。そう言う本条を、なんだか無性に抱きしめたくなった。


「さて、バレー部に行くのでしょう?邪魔をして申し訳なかったわ」
「いや、本条に会えてよかったよ」
「そう?…ふふ、ありがとう」

ほんとに楽しそうだな。本条がここまで楽しそうなのは初めて見たかもしれない。俺が部活に行ったら、本条はいつも通り塾へ行くのだろうか。

「塾?今日はお休みなのよ。私がではなく、塾が」
「あの塾休みあったのか」
「たまーにね。1ヶ月に1回有るか無いかくらいよ。あそこの先生の人数、多いから滅多にないわ」

兎に角、今日は完全にオフらしい。…誘っても、来るか分からないが一応言ってみるか。俺は口を開く。今朝の様に、地雷は踏まない様に。

「なあ、見学に来ないか?」
「…バレー部?そう、ね。白布君も部活を始めるようだし、見に行こうかしら。でも」
「でも?」
「…ふん、やめておくわ」

なんでまた。行く気はあるようなのに、何かを気にするように本条は断りを入れた。チラッと視線を横にずらす本条。俺も同じように視線をずらす。…なんだ、あれ。曲がり角の影に同化するように壁に張り付き、こちらの様子を窺う…今朝会った…天童さん?だったか。その子が居た。

「なにあれ」
「知らないわ。知らないし、よくわからないわ。私今さっきあの子の存在に気付いたし。いつから居るのかしらあの子」
「友達じゃないのか?」
「そんなに喋ったことなかったわ。今朝までは」

言っちゃあれだが、まるでストーカーのようだ。そういえば、朝睨まれたような気がしたな。…天童さんとやらは、本条と仲良くなりたいんじゃないだろうか。「なぁ、本条」「いやよ」まだ何も言ってない。

「あの子と一緒に部活の見学くれば?みたいな話でしょう。いやよ、一人で行きたいもの」
「良い機会だから友達作れよ」
「…でも」

あの子の目、なんだか怖いのよね。なんて小さく言葉を零した。無表情の時の本条も中々に怖いけどな。なんだか作り物みたいで。

「…悪いけど、今日は帰るわ」
「そっか」
「ええ、白布君の大好きな牛島さんを見れなくて残念だわ」

…俺、地雷踏んでないのに。どうやら牛島さんがあまり好きではないらしい本条は棘のある言い方で笑う。まったく目は笑っていないが。「私がバレー部見学に行くのは、白布君を見に行くためであって牛島さんに興味があるわけではないからね」と釘を刺された。前者は嬉しいが後者はかなり棘が合った。今後、本条の前で牛島さんの話をするのは控えよう。

「じゃあね、白布君」
「ああ、また明日」
「ええ、また明日」

そう言って本条は背を向けた。ちゃっかり、天童さんとやらが居る方向とは逆方向へ。さて、俺も部活に行くか。教室に入るまえに、ちらっと視線を移した。天童さんとやらは既にそこには居なかった。

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