消去法ヒロイン



何か変わったかと言ったら…きっと何かが変ったし、変わってないと言ってしまったら、確かに何も変わってはいなかった。私はいつも通り、生きている。



「さて、高等部の校舎は今日一般入試で外部の人間が来ているが、お前たちは気にせずテストを受けろー」


一般入試当日、高等部の校舎では入試試験を取り行っている。中等部は進級テスト。義務教育で退学と言う事はないが、高等部のクラス分けに影響する。…ここでわざと点数を落としたら、白布君と同じクラスになれるのかしら?なんて邪念が頭を横切った。
「なんで本条が普通科に居るんだ」なんて怒られてしまいそう。くるり、シャープペンを回す。こそこそと、隣の席の子が話しかけてきた。



「本条さん、なんだか今日は機嫌が良いですね」
「…そう、見えるかしら?」
「ええ、とっても!」

なんだか私は気恥かしくなってしまい頬を押さえた。窓の外を見る。流石に高等部の校舎は見えない。早く学校、終わらないかしら。まだ1つ目のテストすら受けていないというのに、私の頭の中は白布君でいっぱいだった。












「あ、」
「?どうしました、本条さん」
「いえ…」


テストも全て終わり、さて塾へ向かおうという所で私は気づいた。受験終わったら、白布君塾に来ないじゃない。…そうよ、ここの入試の為に塾に通っていたんだもの。私は、ずっとあそこに通い続けるけれど彼は…


「あの、本条さん!」
「はい?」
「え、ええと…この後クラスの皆でご飯を食べに行くのですけど…よろしければ本条さんも…」

え?と周りを見渡すとクラスの何人かが私を見ていた。苦笑する。私、こういうのには参加したことがないのだけれど。小声で私は声を出した。

「私が行っても、みんなに気を遣わせるだけだわ」
「そ、そんなことないです…みんな、私も本条さんとお話ししてみたくて…」

段々と小声になる彼女に「ごめんなさい」と謝った。

「私、今日会わないといけない人が居るんです。ごめんなさい」
「…あ、そ、そうなんですね…失礼しました…」
「えっと…天童さん」
「は、はい!」
「きっと、高等部に上がっても一緒のクラスでしょうから、懲りずに誘ってくれると嬉しいです」
「え、あ…も、もちろんです!」
「今日はごめんなさい、それではまた明日」
「ま、また明日!」

ぶんぶんはち切れんばかりに手を振る天童さんに笑って手を振り返した。…さて、彼は何処かに居るかしら。あちらの試験はもうだいぶ前に終わってしまっているけれど。




「白布君」
「あ、本条」

彼は簡単に見つかった。もし居るとしたら校門か、塾だろうと思っていた。彼は校門前に居た。良かった、見つかって。私は彼に駆け寄る。

「待ってた」
「そう思った。どう?試験の塩梅は」
「…んとにレベル高いなここは。結構難しかった」
「そう?白布君なら普通に合格してると思うけど。あの程度」
「…あの程度って…なんで内容知ってるんだ?」
「今日私たちがやっていたテストと入試問題一緒だもの。受験者と同じテスト受けて点数で高等部の組み分けするのが通例なのよ?」
「…実力主義って怖いな」
「そう?」

いつもの事だから特に気にしていなかったけど、これは普通の出来事では無いらしい。学年上がる時はいつもテストでクラス分けしていたから、特に気にした事は無かった。

「俺は勉強ほどほどに、バレーを真剣にやるよ」
「それでいいと思うわ、白布君は」
「…なぁ本条…ちょっとだけ体育館って見れないか?」
「バレー部?白布君牛島さんを見たいのよね?」
「ああ」
「じゃあ高等部の体育館ね…大丈夫だとは思うけど。案内しましょうか」

私と白布君は歩きだした。「牛島さん見たら絶対凄いって思うから」なんて少し楽しそうに話す白布君。…あんまり興味はないのだけれど。高校に入ったら、白布君は違うクラスで、バレー部に入って…近くなるはずの距離が遠ざかるように感じてしまう。…塾での時間が好きなのに。はぁ、と気付かれない様に溜息を吐いた。





◇◆◇



案内された体育館は広くて目を丸くした。ここに来るまでの道のりも、凄かった。馬が居たし、乗馬部なんてあるのかここ。校庭も広いし。流石、白鳥沢は違うな…と感心してしまう。



「あの、先生」
「…ん?ああ、中等部の本条か。どうした?誰に用事だ」
「用と言うわけではなく…友人が少し見学したいということなのでよろしいでしょうか?」
「…お?」

バレー部のコーチだろうか?じろじろと男性が俺を見る。少しだけ、俺はたじろいだ。


「外部入学か。スポーツ推薦?」
「いえ、今日一般を受けてました」
「一般で白鳥沢?でバレー部に?」

なんだそれは、というような物言いだった。少しイラっとする。どうせスポーツ推薦なんか取れなかったさ。だから、必死になって勉強して一般を受けたんだ。俺は口を開こうとして…止めた。目の前には本条の手、何も言うなと言っているようで。


「一般入試なんか、合格率は高が知れているだろう。合格出来てるかわからない人間を」
「お言葉ですが先生、白布君はバレーがやりたい一心で勉強をしてきたんですよ。バレーがやりたいから勉強した結果、私と同じくらいの点数を」
「…は、本条」
「ごめんなさいね、この前の塾のテスト見えちゃったのよ。ノーミスだったでしょう?割と曲の有る問題ばっかりだったのに」

それは本条が解り易く教えてくれたからであって。確かにあの時のテストはノーミスだったけど。

「勉強、私と同じくらいできて運動もできる人ですよ、この人」
「む…。本条がそう言うのなら、頭は良いんだろうな」

ま、邪魔しない程度にな。とその人は去って行った。「あの人ただの施設管理の先生だから気にしなくていいわ」つまらなそうに本条は言う。

「外部からの人間、あまり好まないのよね。推薦も含め。逆に言うとそのまま上がってくる生徒贔屓」
「ふぅん…」
「全員が全員、そういうわけじゃないから。白布君も言ったじゃない。「実力主義」だって。実力、見せつけてやればいいわ」
「そこまで持ち上げられても困るんだけど」
「大丈夫よ、白布君なら」

ほら、一応許可貰えたんだし見学していきましょう。背中を押され、体育館へと足を踏み入れる。数名の生徒はこちらを見たが、すぐに練習に集中した。…これが、白鳥沢のバレー部か。中学と高校の練習の違いもあるんだろうけど、やっぱりレベルが違う。見まわすと、牛島さんが居た。まだ1年…もうすぐ2年に上がるんだろうけど、オーラが違った。「本条、あの人が牛島さん」と教えると「ふーん」とだけ興味の無い声で返された。バレーに興味を持たせるのは、やはり無理なようだ。あわよくば、なんて思っていたんだが、諦めざるを得ない。暫く俺達は練習を見学して、体育館を後にした。










「ねぇ、白布君」

道を歩いていると、小さな声で本条が俺の名前を呼ぶ。なに?と声を掛けると、本条は口を閉じた。本条は真っ直ぐ前を向くばかり、俺とは目を合わせない。暫くそのまま歩いていると本条は足を止めた。交差点。ここ、は


「私塾だからこっち。白布君は確かこっちの道じゃなかったわよね」
「……ああ、」

そうだ、俺は受験の為に塾に通っていて、普段から勉強するために通っていた本条とは違う。滑り止めの高校は全部合格していて、後は今日受けた白鳥沢の結果を待つのみ。俺が塾に行く理由は、もうない。

「会わなくなるわね、少なくとも春までは」
「……」
「心配しなくたって白布君なら合格してる筈だから、運が良ければ高等部で顔ぐらい合わせられるわよ」


そういう心配じゃなくて。今度は俺が押し黙る番だった。俺の顔を見て、本条が笑う。



「気が向いたら、バレー部の見学にでも行くわ」
「絶対気が向くこと無いだろ」
「…どうかしら」
「興味無さげに見てたくせに」
「仕方ないじゃない。どこをどう見ていいんだかわかんないんだもの。あれは、なに?ボールをひらすら見てればいいの?」
「疲れるだろ」
「じゃあどこを見ればいいのよ」

どこを見てればいい、なんて聞かれても困る。そんなもん、自分の気になったところ見てろ。「やっぱり、スポーツとは無縁だわ。私」と本条は溜息を吐いた。
目の前の信号機が何度目かの青に変わる。


「俺、毎朝あのあたりをロードワークしてるんだ」
「うちの周りの」
「おう。温かい恰好して来いよ」
「…えっと、それは…邪魔にはならないのかしら?」
「いいよ。別に」
「…そう?」
「うん」


じゃあ、毎朝はきっと無理だろうけど、私も朝散歩しようかしら。と少し顔を綻ばせる本条。それを見て、無性に抱きしめたくなった。



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これでこいつら、付き合ってないんだぜ

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