夢際ヘリオトロープ



図書室を目の前にし、俺は息を吐く。ドアに手を掛けたところで俺は覚悟を決めた。ゆっくりと、ドアを開く。司書は居なかった、それどころか人気がまるでない。これ、本当に本条居るのか?そう思いながら図書室を歩く。


「――白布君?」

静寂に、本条の声が響いた。声がした方を向くと本を5冊ほど抱えた本条の姿があった。俺は本条に駆け寄る。


「どうしたの白布君、部活は?」
「今日は休み、お前塾休みなんだってな」
「ええ、だから本でも読もうかと思って」
「そうか。なぁ琴葉…今時間貰っても良いか?」

じっと本条を見る。首を傾げながらも「ええ、いいわよ」という本条にひとまず安心した。

「どうせ図書室には誰も来ないし、このままここで話しても大丈夫よ」

そう言って、図書室にある席に座る。そういえば図書室なんて初めてきたな、ここもまた無駄に広い…天井を見上げる。

「ここ、中高一貫の図書館だから大きいのよ。中等部向きの参考書とかもあるし、白布君の読みそうなスポーツ雑誌もあるわよ?」
「へぇ…じゃあ人もっと居そうだけどな」
「今日閉館なのよね。でも多少無理言っても貸してもらえるの」

指で鍵をぶら下げ見せつけるようにする本条に笑う。「こういうところだけ、お得でいいわね」なんて笑う本条。

「なんだよお得って」
「静かでも、人が居るのは嫌なのよ。本くらい、独りで読みたいわ」

そりゃ、本読む時間奪って悪かったな、と俺は言う。というか知らなかった、本条本を読むのが好きだったのか。本条が本を読んでいるところは、見た事が無いな。


「一人の世界入るのに、本は丁度良かったから」

本を撫でる本条の指。なんだか、悲しそうな顔をしていて思わず手を掴んでしまった。キョトンとする本条に「あ、」なんて声を出してしまったが、一度息を吐いて口を開く。


「最近さ、本条つまんない?」
「え?」
「あんまり喋らなくなったよな。俺が天童と居るからか?言っとくが」
「天童さんはお友達なんでしょう?」
「…まあ、友達…なの、か?」
「ちがうの?」
「否定はしたい」
「ふふ…変なの」

わらう、が違和感。思い違いでなければ、俺は自惚れたい。掴んだ手を、優しく握り締める。「白布君?」首を傾げる本条に少し身体を近づける。


「なぁ」
「…なにかしら」
「仲の良さで言ったら、本条とのほうが仲が良いからな」
「…張り合うものでは、ないでしょう」
「そうかもな、でも本条と天童はまず同じ土俵に立ってないからな」
「なによ、それ」
「天童と仲良くしてるの、見るの嫌か?」

少しだけ、本条の手に力が込められた。弱弱しいそれを手に感じる。


「わからない」
「わからない?」
「ええ、牛島さんには嫉妬した事はあったけれど」
「…ん?」
「でも天童さんと話をしている白布君をみたら、なんでしょうね。劣等感かしら…」
「あれに劣等感を持つ感覚が分からない」
「私より、面白いじゃない」

面白い?そんなに可愛らしくいえるもんじゃないだろ。天童は災害か何かだぞ。しかし本条から見ればそれは、楽しそうに見えたらしい。天童もお前の事大好きなのにな。なんという一方通行。

「あいつはさ…」
「…天童さん?」
「ああ、あいつはさ…本条と仲良くしたいが故に本条と仲の良い俺を邪魔してるんだってさ」
「…は?」
「お前が俺達をどう見て仲良さそうって言ってんのか全然わかんないんだけど。俺は天童に敵認定されてるし、俺もあいつ好きじゃないから」
「…そう」
「俺ら、仲良く見えるんだってさ」
「、そう」

自惚れて、良いよな?そんな嬉しそうな表情するんだから。俺は本条の頬に手を伸ばす。触れて、柔らかい肌を撫でた。


「なぁ本条、好きだよ」

そう言うと、本条は今まで見た事ないくらいに柔らかく笑った。その笑みに、俺の身体は固まる。


「あら、私も大好きよ。白布君」


平然に、本条がそう言ってしまうものだから頭が真っ白になった。俺は立ち上がる。なんだか身体の血液が沸騰してしまいそうなくらい熱かった。「白布君?」不思議そうに声を出す本条。ド天然、こいつ、俺が言った好きという意味を理解してるのだろうか。理解していても、理解していなくてもあの笑顔は俺には毒だった。

「…部活行ってくる」
「え?あれ…部活お休みじゃ」
「部活行ってくる」
「…い、いってらっしゃい…?」

少し困り顔で、首を傾げながら本条は言った。笑った以外、顔色がまるで変わらない本条。俺絶対顔赤いんだけど。やっぱり意味が通じていないのだろうか。色んな感情がごちゃごちゃになる。

そこで何かが切れたらしい。


「白布く――…」

本条後頭部に手を回し、唇を押し付けた。キスって目を瞑ってするもんだろ、ていうか余裕なく襲う形になって何やってんだよ。自分を心の中で叱りながら、口を離した。



「ぶかつ、いってくる」

そのまま逃げるように走って図書室を出て行った。何やってんだ俺は!途中廊下で思い切り天童さんにぶつかり吹き飛ばしてしまった。












「告白の返し方、間違ったのかしら私…」

図書室で独りぼやく。口を指で押さえて、考える。照れ半分怒り半分だったように見えたわ。なんで、怒ってたのかしら。

「でも、キスするんだから嫌われたわけじゃないわよね」

本の上に頭を乗せる。本を枕にするなんて怒られてしまうわね。馬鹿な事を呟いて、目を閉じた。…なんで、怒ってたのかしら白布君…。私に答えは出せない。

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