まだ炭酸が弾けてる



「で、琴葉ちゃんはなんで俺達とご飯食べてるの?」
「え?別に御一緒するつもりは…ありましたけど」
「あるんだ。こっそりと聞くけどさ、琴葉ちゃん若利君の事苦手じゃなかった」
「牛島さんが居る前でこっそりも何もないと思いますけど、苦手度がこの前で増しました」

この前、取り敢えずこれでも見ればいいんじゃないでしょうか、なんて幼児向けの英語の本を渡したら「これなら読めるぞ」と、なんとなく嬉しそうにする牛島さんに何とも言えない気持ちになりました。幼児向けなんですけど、それ。生温かい目で見るバレー部の先輩方と、もう諦めの色が目に浮かんでいる瀬見先輩を見て、私は顔を引き攣らせていた。


「で、英語で出来なさすぎて更に苦手度が増した筈の琴葉ちゃんはなんで俺達と一緒にご飯食べてるの?」
「席が空いていたからです」
「…あ、そう…」
「はい」
「……え、本当に?」
「8割は」
「殆どじゃん!あと2割は?」


私は口を噤ませる。先程の白布君を思い出す。一緒にご飯…そのお誘いを受ければよかったかしら。味噌汁を啜りながら、考える。

「…まぁ、俺達と一緒に食べたいって言うんならいいんだけどさー」
「別に御一緒はしなくても良いんですけど」
「琴葉ちゃん辛辣だよね」
「?私は別に一人で大丈夫ですが」
「…あー…」

そっちかー…なんてぼやく天童先輩に首を傾げる。牛島さんが無言でハヤシライスを食べ続けているのはきっと気にするべきものではないのでしょう。よく毎日飽きもせずにハヤシライスを食べていられるなぁ…と感心します。

「琴葉ちゃんはさ」
「はい?」
「一人に慣れ過ぎなんだよ」
「…言ってる意味が、分からないのですが」
「賢二郎と居ると楽しいでしょ?」
「…ええ、まぁ」
「賢二郎居ないと、寂しいでしょ?」
「…どう、でしょうか。特に最近は」
「え?」

最近は、もしかしたら一人でいる方が気が楽かもしれない、なんて思っている。白布君が塾をやめて、会う回数が減ったから?いいえ、毎朝一緒に学校に来ているからそれは違う。ふと、あの表情を思い出す。

「やっぱり、私ってつまらない人間だから、なのかしら」

そう呟き、私は箸を進めた。「あー…賢二郎のあほー…」なんて落胆の声を上げる天童先輩に、私は何も反応しなかった。





昼食を食べ終え、教室に帰ろうと廊下を歩いていると後ろから牛島さんに呼び止められた。天童先輩の姿は無く「先に帰らせた」という牛島さんに私は首を傾げた。私に、用があるのだろうか。じっと、牛島さんの顔を見る。


「つまらなそうな顔をしているな」
「、元からですよ」

そう、最初からこんな顔だ。親の前ではなんとか笑おうとするけど、普段の私は笑わない。無理に笑おうとする私にも、無表情にしている私にも吐き気がする。


「一度、中等部の屋上でお前を見た事があった」
「え?」
「手すりを掴んで、遠くを見ていたな。或いは、空を」
「……」

空を、飛ぼうと思った事がある。白鳥沢の屋上は高いから、飛べるんじゃないかとバカな事を思った事がある。白布君と仲良くなる、少し前の話。


「飛ぶかと思った」
「そんな勇気なかったんですよ」
「そうか、それはよかった」
「ええ、本当に…」
「でも、今度は本当に飛んでしまいそうだな」
「、」

私は、笑った。「その程度で飛ぼうと思うほど、幼稚じゃないですよ」そう言って笑った。牛島さんって、変な人だ。私に似てるのに、全然似てない。


「重りは、多い方が良いぞ」
「なんですか、重りって」
「栞は面白い」
「…そう、ですか…?」

なんでいきなり天童さんの話?なんて首を傾げて牛島さんの表情を窺うが「アイツは面白い奴だぞ」なんて無表情で言い続ける牛島さんに取り敢えず愛想笑いを浮かべてみた。




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遠まわしに「栞と友達になれ」という牛島さん

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