こちら××相談室



「なぁ」
「なによ白布」
「もうお前俺のクラス来るの止めろよ…」

すっかり定着してしまった昼休み、そして慣れてしまった俺。目の前に居る天童栞は「は?」みたいな顔をしていた。

「変な勘違いされるだろ…」
「え、クラスの人に?」
「その心配はしてない」

毎度毎度クラスで怒鳴り合う俺達の関係はクラスメイトには周知されている。そしてクラスメイトで関わることは殆どないであろう本条は「超鈍感優等生」と呼ばれている。ちなみにこれを天童の前で言うと恐ろしいことになるので天童がクラスに居る時は絶対誰も本条の話をしない。



「牛島さんに天童と仲が良いだろうって言われた」
「はァ?」
「俺も同じ反応をしたけどな。一緒に居るところをよく見るらしい」
「あら不愉快、凄く不愉快」
「じゃあ俺のところくんなよ」
「私ここに来ないと白布は本条さんのところ行くんでしょ?それは許さない」
「お前何なの?」

というかお前、本条と仲良くなりたいんじゃなかったのかよ。昼飯一緒に食べればいいだろう、お前と本条が。どうやら、本条は昼は一人らしいし…。あー、そう思うとなんか

「俺、学食行ってくる」
「…は?」
「お前が行かないから、あいつ一人なんだろ」

また、天童さんに絡まれるかもしれないし、牛島さんと一緒になってまた不機嫌になるかもしれないし。不機嫌になった本条を宥める人間必要だろ。立ち上がり、歩きだそうとする俺の腕を天童は思いっ切り引っ張った。


「いっ!?」
「抜け駆けは許さない白布」

腕ひっこ抜けるかと思った、この馬鹿力め…。一緒になって立ち上がり、スタスタと歩いて行く天童を呆然と見送る。お前ほんとに何なんだよ…!「ちょっと、早くしなさいよ!」と怒鳴る天童。クラスメイトから「(天童のお守り)ファイトー」「がんばれー!」「天然優等生ちゃんによろしくー!」とか声を掛けられる。何が悲しくてこんな言葉をクラスメイトに掛けられなければいけないんだ。





◇◆◇



「…」
「……」
「……天童、なんか言えよ」
「……なんか」
「ボケをありがとう」

そういうと天童は俺の胸ぐらを掴み思いっ切り俺の身体を揺さぶり始めた。おい止めろ、俺は何も悪くない。


「な、なんで本条さんと若利さんが一緒に居るの…!?」
「おい、お前のお兄さんも居るぞ」
「私に兄なんていないわよ。ていうかなんで本条さんと若利さん…な、な、な」


壁の陰から、本条達の様子を窺う俺達。
天童の顔は分かりやすいくらい真っ青になっていた。しかし、俺も呆然としている。なんで、本条が…本条が楽しそうに牛島さんと談笑しているんだろうか。


「わ、私本条さんは若利さん嫌いだと思ってたのに…あ、あんなに笑って…笑い、かけて…わら…わ…」
「気をしっかり持てよ」
「私だって…本条さんとあんなに楽しそうにお話したこと無いのに…ゆるさない…若利さんゆるさない」

おい、俺の腕掴むな捩じるな引っ張るな。腕を振りまわしてなんとか天童の手を振り払う。じわり、天童の目がにじむ。いやここで泣くなよ俺だって泣きたい。じっと笑う本条に目線を向ける。…?なにか、少しの違和感。本条、もしかして

「無理して笑ってないか?」






◇◆◇



「わからん」
「…あの、これ中学の範囲なんですけど…」
「中学の範囲なのだろう?なら知る筈がない」
「……は、あ…?」
「中学でやるものは中学で、終わった事は全部忘れる」

ごめん琴葉ちゃん本当にごめん。頭が机に付くんじゃないかと思うくらいに天童先輩が頭を下げる。私は、最早笑いしか出てこなかった。


「意味がわかりません…」
「ああ、意味がわからない」
「……はは、はははははは」
「ちょ、琴葉ちゃん壊れた!?」

両手で顔を覆う。むりです、私には無理です。ははははは。とひたすら引き攣った笑い声をあげた。天童先輩は英語が出来ないと確かに言った…確かに、言ったが…まさか牛島先輩の英語能力の低さがこれほどの物だなんて、誰が想像できたことか…。


「よく1年から2年に進級できましたね…運動出来るからといって勉強免除というわけではないでしょう…?」
「俺らの同級生の勉強できる瀬見君にテスト前スパルタで叩きこまれたんだよ」
「その瀬見先輩とやらの心中をお察しします…。さぞ大変でしたでしょう…この人相手にするのに…」
「『なんでここまで解説して、わからないって言えるのかわからない』ってよく言われてたからね若利君」

この人、きっと英語という物を受け入れられない頭をしているんだわ。きっとそう。だから何をしたって無理なのよ、ええ無理なんです。私は瀬見先輩という方を尊敬します。よくこの人を進級させましたね、と。私は、もう

「で、本条ちゃん…若利君にえ」
「むりです無理です本当に無理ですすいません無理ですごめんなさい」
「そこまで嫌がるの…」
「子供に教えるより難しいと思います」
「子供の脳より知力が低い若利君の頭…」

私たちは無言になった。当本人牛島さんだけは何も気にせずに目の前にあるハヤシライスを口に運んでいた。凄いですね、この人。私もう食欲が失せてしまいました。





「お前ら、何やってるんだ?」
「あ、英太君。琴葉ちゃん、この人がさっき言ってた瀬見英太君」
「えっ!?」
「え?」

私は顔をあげる。キョトンとした男性生徒と目が合った。この方が瀬見先輩…!私は立ち上がり瀬見先輩の手を握る。「え、琴葉ちゃんなんて大胆…!」と天童先輩が言った。大胆?何がでしょうか。なにか、少し遠くからガタッ!と凄い物音が聞こえた。そんなことは気にせず私は真っ直ぐ瀬見先輩の目を見つめる。


「ええと、瀬見先輩?」
「お、おう…?」
「私、瀬見先輩を心のそこから尊敬します」

ビシッと牛島さんを指さす。相変わらず、牛島さんからは声が聞こえないのできっとまだハヤシライスを食べているのでしょう。


「よくこの人進級させられるレベルまで英語叩きこみましたね。尊敬です。ええ、心の底から尊敬いたします。すごいです」
「………は、」
「…あー…英太君。この子、女王様。特進1年生の本条琴葉ちゃん」
「あー…察した」
「流石英太君」

ぎゅっと瀬見先輩の手を握り締める。

「瀬見先輩って人にものを教えるのがとても上手な方なのですね」
「英太君最終的にブチ切れるんだよね」
「?怒ったら覚えられるんですか?」
「ちがう、そうじゃない」
「怒った瀬見は確かに怖いな」
「若利、黙れ」

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