始まりすらない話



「そうか、白布の友人か」

何故、私の目の前に牛島若利さんが居るのでしょうか。綺麗に完食された皿を睨みつける。とても満足そうな牛島さん。一心不乱に食べてましたもんね。


「ヤツは瀬見とは違った上手さがあるな」
「そうですか」

貴方からの白布君の話なんて興味ありません。ギッと天童先輩を睨むがにこにこと笑顔を返されるだけだった。なんなの、まったく。私は頭を押さえた。


「俺はお前を知っている」
「そうですか」
「…ん?いや琴葉ちゃんそこは流すところじゃないよ!?」

深く聞けというのですか。お生憎と、自分の学園における知名度は理解している。あっちこっちで女王様だのなんだの、全部知っている。


「中等部の時、お前は講堂で英語のスピーチをしただろう」
「…ああ、なんかありましたね。そんなのも」
「あの時、お前が何を言っているのかさっぱりわからなかった」
「……え、っと…そうですか…?」
「純粋に、外国語を話せるお前を凄いと思った」
「はぁ…?」

あのねー琴葉ちゃん、若利君バレーで使う用語以外の英語大の苦手なんだぁ。と天童先輩が笑う。ええ、と…どの程度で?


「いつも赤ギリギリ。同級生の瀬見君とかが必死になってテスト前に若利君の頭に叩き込むの」
「そう、なんですか?」
「若利君別に完璧人間じゃないしねぇ…英語と、あと数学だね。俺も人の事言えないけど、若利君いつもヤバいから」

だから栞に脳筋って言われちゃうんだよねー!なんて天童先輩は牛島さんの背中をバシバシと叩いた。脳筋の意味が…なんとなくわかった気がするわ。


「私とは逆なんですね」
「え?琴葉ちゃん運動できないの?」
「白布君とランニングしたら、200メートルで死にそうになりました」
「…それは、普段の私生活ですら影響を及ぼすんじゃ…」
「ちゃんと登下校は出来ますよ」
「買い物とかは」
「近場で全部揃うので」

そう言うとダンッ!と天童先輩は机を叩いた。空になった皿が少しだけ宙に浮いた。「だめだよ!そんな青春を楽しまない日々は!」と怒鳴られる。

「白布君とお出掛けとかしたこと無いの!?」
「朝の走り込みと学校と…中等部の頃は塾でしか白布君と会いませんし…」
「真面目か!駄目だよ!青春謳歌しないとさぁ!よし!今度俺と」
「丁重にお断りします」
「まだ最後まで言ってないよ!?」
「お断りします」
「二度言った!?」

さて、食器を戻しに行こうかしら。と立ち上がると「まだ話の途中だから!」と怒られる。ええー…と声を上げ、仕方なくまた席に着いた。

「休日とか、白布君に会いたいとか思わないの?」
「毎朝会ってますよ。彼の早朝の走り込み、私の家のまわりなんですもの」
「へーそうなんだー…って違うよ!もっとこう、さぁ!ねぇ若利君!」
「そうだな、駅の近くにあるショッピングモールにあるスポーツショ」
「若利君にしては良いとこ突くじゃん!いいねショッピングモール!映画館とかもあるし」


私は首を傾げる。白布君と出掛るという行動が意味不明だ。


「…琴葉ちゃんはさぁ」
「はい?」
「白布君と手を繋ぎたいとか無いの?」
「……白布君に手を取られてそのまま一緒に帰った事はありますけど…えっと…?」
「ああ、もう駄目だ…俺にはこの2人をどうすることも出来ない…」
「天童が諦めるとは珍しいな」



「だって琴葉ちゃんが思いの外鈍感過ぎて俺の手には負えないんだもん」

ぼそりと呟いた天童先輩の言葉は私の耳まで届かなかった。




◇◆◇


「賢二郎、俺はお前に同情するよ」

部室に入って開口一番に天童さんに肩を叩かれた。ああ、あれか…俺の頭に思い浮かんだのは、天童栞だった。



「え?いやいや栞のことじゃなくて…って栞まだ賢二郎に付きまとってたんだ。もしかして栞ってば賢二郎の事」
「おぞましいこと言うの止めてくれませんか」
「人の妹をおぞましいって言うな!」
「天童さんって妹にあれだけ物理と精神どっちも攻撃受けてよく嫌いになりませんね」
「だって面白いでしょ?」

面白ければ何でもいいのかこの人は。「あれはあれで可愛いところあるんだからさー!」という天童さんを本気で理解できない。俺アイツから罵倒しか飛んでこないんだけど。


「いや、そうじゃなくてさ」
「はい」
「あんまり琴葉ちゃんに意識されてな」
「うるさいです」
「図ぼ」
「うるさいです」

どうせ図星だよ。中学の、塾で顔を合わせるのが主だったときはそこまででも無かったけど、高校に上がってからは、割とわかりやすく接しているつもりだ。しかしあの勉強馬鹿は全く気付かない。

「ていうかなんで天童さん本条のこと名前で呼んでるんですか」
「羨ましい?」
「殴りたいです」
「栞といい賢二郎といい、なんでこう攻撃的かなぁ…」

天童栞と一緒にされるのは心外だ。というか、ほんとなんでそうフレンドリーに下の名前呼んでるんだこの人。「あー、今日ね琴葉ちゃんと一緒にお昼食べてたの」そう言って親指立ててドヤ顔した天童さんの指を抓んで反らせる。


「痛い痛い!指そっちに曲がらないから!地味に酷い!」
「俺はいつもいつも天童栞に捕まって罵声浴びせられながら昼飯食ってるって言うのに何本条と一緒に飯食ってるんですか…」
「静かに怒らないで!いつも栞がごめんね!」

本条と天童さんが一緒に飯食うとかどんな状況だよ。「ぼ、ぼっちでご飯食べてた琴葉ちゃん見つけて一緒に食べたんだよ。若利君も一緒に」と言う天童さんの言葉に抓んでいた指を離した。


「…は、牛島さんも…?」
「あ、若利君の名前に反応しちゃうんだやっぱり」
「だって、本条牛島さんの名前出すとすぐ不機嫌に」
「琴葉ちゃんも大概だけど、賢二郎も鈍感だよね」
「は?」
「いやこっちの話。まぁ若利君来た時琴葉ちゃん凄く嫌そうな顔したけどね。その後、なんかお見合いみたいな会話してた。会話として全く成り立って無かったけど」
「言ってる意味がわかりません」
「だろうね!カオス空間だったもん!」

ド天然が2人揃うと恐ろしいね!なんて言う天童さん、本当に何が合ったんだ。って、今の流れから天童さんが本条を下の名前で呼ぶ理由が見つからなかったんだけど。

「え?下の名前?軽ーく琴葉ちゃんって呼んでいい?って聞いただけだよ」

いいって言われてないけどね!すごい嫌そうな顔されたけどね!そう言いながらも楽しそうに話す天童さんに何かムカついて、背中を思いっ切り叩いた。





◇◆◇



「白布は天童と仲が良いな」
「…え」

突然牛島さんにそんな事を言われた。天童先輩と、まぁ仲は悪くないだろうがそう仲が良いと言われるほどでもないだろう。


「あと、栞と仲が良いな」
「はァ?」
「?」

危ない、とんでもなく低い声が出てしまった。慌てて口を押さえる。天童栞と仲が良いと言われるのは心外だ。「なにやら栞と一緒に居るところをよく見るからな」なんて言う牛島さんに、俺は心の中で重い溜息を吐いた。

「なんだ、仲良くないのか?」
「友人のような仲の良さは皆無ですけど」
「そうか」
「はい」
「…そうか」

…?なにが言いたかったんだろうか。「なんだ、友人ではないのか」といいながらコートへ向かう牛島さんの背中を見送りながら俺は首を傾げた。



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栞の友人関係が心配な牛島さん
(この人も大概鈍感)

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