帰ってきた黒猫


「夜織さん」
「どうした?」
「確か青城近くの神社に住んでるんですよね?」
「青城がなんなのかわからぬが、多分そこだ」
「中学の時の時の、チームメイトがそこに通ってるんです。視える奴」
「……ん?」
「なんかあったら、助けてやってください」

じゃあ、俺学校行くんで。そう言って影の子は去って行った。…あそこの近くで、影の子と同じくらい…視える奴…。何やら該当する人物が一人居るのだが。なんだ、あそこは知り合い同士だったか。成る程、合点が行った。


『…ほろり』
「なんだ氷雨」
『あのトビオ殿が…友を想うとは…っ!子の成長は真に嬉しく思いますぞ!まぁ、あの時から友を想っている気持ちはあったのでしょうが、如何せんトビオ殿は昔っから阿呆でございました故。突っ走るわ、勘違いされるわ、拒絶されるわで。一時期の荒れ様は本当に見ていられませんでした。まぁ阿呆だったのですぐ立ち直りましたが』

お前は影の子に阿呆と言いすぎではないか?『今日はバレーボールの練習試合とやららしいので、見に行こうかと思っていおりますフホホホ!』と高揚した口調で氷雨が言う。コイツも大概阿呆である。また影の子に怒られそうだなと思った。


「私はもうそろそろ帰るかな」
『…!?もうですか!まだ3日とて経っておりませんぞ!?』
「うん?いやなに」

傘を広げる。狐面を顔に着ける。からん、下駄が鳴る。

「影の子に友人を助けてやってくれと頼まれたのだ。なら、行くしかあるまい」

今日はなにやら、嫌な予感がするでな。空を見上げる。雲が多い、黒い雲だ。嵐でも来そうな天気ではないか。

『ふむ、トビオ殿のご友人と夜織殿はお知り合いでしたか』
「先日な。お前の雛鳥を預けた子だ」
『なんと…ならばその子も私の子供ということ』

いや、それはどうなのだろうか。『なにかございましたらわたくしめを御呼び下され。いつでも力になりましょうぞ。子を守るのが、親の役目でございます故』となにやらやる気である。そんな氷雨に手を振り、私は歩きだした。








▲▼▲

練習試合当日。俺の身体は重かった。非常に重かった。あー身体が怠い。ずるずると引き摺るように学校へ向かう。頭に乗せた古宵が突く。痛い痛い、凄く地味に頭が痛い。

「おはよう国見ちゃん!」
『おはよう国見ちゃん!』

いえーい!とダブルピースをする及川さんと朱音が前方に居た。兄妹かよ、朝からテンション高いなー…と横を通り過ぎた。ガシッと肩を掴まれる。

「無視しないで国見ちゃん!すごく傷つくから!」
「おはようございますさようなら」
「まってー!?おこなの?国見ちゃんおこなの?」
「朝から無駄に元気ですね及川さん」
「無駄に元気って…」

俺はこんなにも身体が重いというのに…はぁ、と重い溜息を吐くと「どうしたの?また体調不良?」と心配そうな表情で聞かれた。…まぁ。

「体調は絶好調ですけど、気分が最悪です。もう今日の放課後の事を思うと学校休みたくなるくらいには」
「どんだけ練習試合嫌なの国見ちゃん…」

程々に頑張ります、程々に。すっかり怪我も完治したらしい及川さん「早めに学校切り上げて接骨院行ってOKでたら急いで戻ってくるよ!」『行かなくったって完治してるわよ徹!』会話は成立していないのになんとも仲がよさそうである。


「国見ちゃんは飛雄と会うの、どう思ってる?」
「…影山ですか。金田一は割と突っ掛かってますけど、俺は別に」

そりゃあ色々思うことはある。影山の独裁っぷりには当然追いつけなかったし。でも、それが全てじゃなかったと今は思う。俺らは、簡単にあいつを切り捨ててしまったのだから。

「ちゃんと話でもしておけばよかったかな、とは思ってました」
「随分飛雄気に掛けてるね」
「そんなこと無いと思いますけど」

思ってるだけで話そうとは思ってないし。そんなの今更だ。ふぁ…と欠伸が出た。ねむ。今日はぽかぽか陽気だから国語の時間とか睡眠学習してよ。放課後まで体力温存。


「国見ちゃん」
「なんですか」
「練習試合でも公式戦でも、勝った方が楽しいし嬉しいでしょ?」
「………そーですね」
「じゃ、今日も頑張ろう」

そういうと及川さんは俺の頭を撫で、走って行ってしまった。あれ完全に足治ってるじゃん。接骨院行く意味無いよ絶対。

「…程々に、がんばろ」
『国見ちゃんもっとやる気出しなさいよ』
「うるさいよ…朱音もさっさと及川さんに憑いて行きなよ」
『はいはい。あ、ねぇ国見ちゃん…なんだか雲行きが怪しいの』
「雲行き?」
『そう、なんか嫌なのが近付いてくるの。気をつけて』
「…ありがと、気をつけておく」

絶対よ?絶対近付いちゃ、駄目なんだからね。そう言って朱音は及川さんの後を追いかけていった。雲行き…なぁ…。空を仰ぎ見る。雨が降る様な、澱んだ雲が広がっていた。









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くす

         くす

    くす  
   
        く
          す


  お
    腹

   す   い
        
     た 
        な ァ







「―――あ?」
「どーした影山」
「…いや、なんでもないッス」

にんまり、小さな子供が笑った。「おにいちゃん、あそぼう?」と嗤った。