がらくたの海で唄うひと


ひらひらと手を振る及川さんに憑くソレ。頭の上に戻って来た古宵は無反応。悪いモノでは無かったらしい。俺にとっては悪いモノでしかないんだけど。身体、すっごい重いし。

『ごめんね、ちょっと貰おうと思っただけなの』

くすくす笑うソレは全く悪びれることなく宙を浮遊す。ギッと睨むと『あらやだこわーい』と及川さんに抱きついた。及川さん後ろ後ろ。


『そういえば自己紹介がまだだったわね。私の名前【朱音】っていうのよ』

金髪のくせして日本名…顔立ちも東洋風じゃないのに。『私、君が「国見ちゃん」っていうのは知っているんだけど、名前教えてほしいなぁ』と笑うソレ…朱音を睨む。

「…国見ちゃん、俺なんかした?」
「はい?」
「さっきから睨まれてるから…」

朱音が及川さんの首辺りに抱きついているから睨むと及川さんに勘違いされるのか。引き攣った笑みを浮かべる及川さんに「あ、気にしないでください。及川さんの後ろに居る女の人睨んだだけなんで」そういうと及川さんは「はっ!?」と慌てて後ろを向いた。『きゃー!徹急に動かないで!』なんて言う朱音。いや聞こえてないから見えてないから。

「後ろの女の人って何!?」
「……えっ」
「ちょっと意味深な間やめてよ!?」
「…………冗談ですよ」
「だからその間!!怖い怖い!」

「国見ちゃんってさ、なんかそう言うの本当に見えてそうなんだもん!冗談に聞こえない!べ、べつに幽霊とかが怖いとかじゃないんだからね!し、信じてないしそそそそういうの」そう言う及川さんに苦笑した。すいません、本当に見えてるタイプの人間です。当然言わないけど。「ちょっと朝先生に説教食らってイライラしてただけです、ごめんなさい」と嘘を吐いた。

「そうだよねー、この及川さんに霊的何かが憑くわけないもんねー!」
『さぁて、どうかしらね?』
「及川さん最近調子絶好調だし!」
「足怪我しといて何言ってんですか」
「それがね、殆ど完治してるんだよね。接骨院の先生に「君の治癒能力は可笑しい」って言われるくらい治りが早いんだー…もしかして守護霊か何かが憑いてる?」

ジッと朱音を見た。含みのある笑みを浮かべる朱音。まさか、とは思うけどコイツ…。ちらり、視線を及川さんの足元へ移す。蔓はすっかり無くなっていた。…ふぅん、本当に悪い奴ではなさそうだ、と俺は自己完結をした。


「じゃあ烏野との練習試合、俺出なくていいですよね」
「流石に治ってすぐフルで出られないから国見ちゃんは出るの決定だよ?」
「……チッ」
「ちょっと国見ちゃん、先輩に舌打ち止めて」

練習試合とか、体力使いたくない。調子は良くなったけど、バレーを全力でやるかって言ったら…やらない。公式戦以外はなるべく温存、それが俺。

「飛雄が相手に居るんだから叩きつぶしてやりなよ」
「いや及川さんじゃないんで」
「金田一はヤル気だよ?」
「とてもめんどくさい」
「やる気出して…」

そっと顔を背けた。







▲▼▲


『国見ちゃーん』
「及川さんみたいに呼ばないでください近付かないでください憑いてこないでください」
『ちょっとくらい仲良くお話しましょうよ?』

放課後の部活も乗り切り、帰宅途中。ふよふよと俺の周りを浮遊する朱音。人気もないから普通に喋る。というかほんと憑いてくんなよ。

「…及川さんの怪我」
『なぁに?』
「お前の仕業だろ。俺から取った物といい、及川さんの怪我の治りの早さといい」
『…てへぺろ!』
「古宵、こいつ喰って」
『冗談!徹のように振舞ってるのに凄く厳しいわね国見ちゃん』
「いや基本及川さんウザいと思ってるんで」
『先輩の威厳がまるでないのね徹って』

まぁ頼れる先輩ではあるけど。おちゃらけが若干苛つくことはある。良くある。なんでそれを表に出さないのかと言うと、表に出す前に岩泉さんの雷が落ちるからである。


「…どこまで憑いてくるの」
『んー、気にしなくていいわ』
「いや…普通に気にする」
『色々気になるのよ。ヒトの事』
「どうして?」
『どうして…かしらね…。愛おしいから、かしら』
「…愛おしい?」

そうよ、と朱音は俺の頬を両手で包んだ。赤い眼が、俺を捉える。足が止まる。こつん、額と額が重なる。

『ヒトは酷く弱く脆い。
食糧と見るモノも居れば、そこらへんの石ころ同然のように思うモノも居る。そもそも貴方達ヒトは私たちが視えないもの。私たちは基本相容れないモノ。別々の世界に生きるモノ。それが、たまーにこうやって君みたいなのがいるわけよ。重なるはずの無い世界が、混ざり合うの。それってすごく不思議で面白いわよね。だから、こーやってちょっかいだすの。つまらない私の日常に、楽しみを増やすために』
「…人を愛玩動物か何かだと思ってる?」
『ふふふ、そうかもしれないわ。一度関わると、楽しくて止められないもの。それまで全く気にしていなかったヒトを、眺めてるだけで自分の世界がこうも変わるとは思ってなかったわ』

額と額が離れた。朱音の表情を窺う。赤い目が、揺れているように見えた。なんだろう、今にも泣きそうに見えた。今まで俺がそうであったように、朱音にも色々、あったのだろうか。

『関わりを持ったら、もうそれは<他人>ではないのでしょう?可笑しいわね、私昔は人間を喰っていたのに、今はもう、手を出せないもの』
「俺の喰ったじゃん」
『あれは見逃してよ。ちょっとだけだったし、自分の為のモノじゃないのだから』
「身体が重い」
『ごめん、ってば』

『仕方ないわね、私のちょっとあげるわよ』と顔を近づけてくる朱音の頭をガシッと押さえた。結構です止めてください。ふふふ、と朱音は笑う。愛おしそうに、彼女は笑う。

『一度惹かれてしまったら、とことん堕ちてしまうものよ。ヒトも、私たちも』
「…堕ちる」
『彼岸のお方は沢山の人を見送って来たわ。それでも、あの方は人と関わるのを止めなかった。最初は意味のわからない事だと思っていたけど。ふふ、どうしてこうも、愛おしいと感じてしまうのかしら。
――ねぇ、生きる世界が違うから、共に歩むことができないなんて事は無いのよ』
「…なんの話?」
『君の<未来>のお話』

さて、国見ちゃんとお話もできたし、帰ろうかしら。あやふやに語った朱音は満足そうな表情だった。…わけがわからない。俺の、未来の話?
古宵が俺の顔に擦り寄る。『つまり、そういうことよ』俺達を指さし、朱音は笑った。



◇◆◇人物紹介◇◆◇

【朱音】
(あかね)
現在及川徹に憑いている
西洋風、金髪赤眼の女性
自由奔放に生きる妖精の類
及川に何かする訳でもなく
ただ単に「人間観察」として
及川にひっついている。
そのせいか、性格が若干
及川のように…。

イメージはアイルランドの妖精
キャナンシー