心臓を掴む幻想


「あれ、夜織さん?」

部活が終わってふらり、神社に行くと夜織さんは居なかった。まぁずっとここに居る訳でもないだろうし、今日は諦めるか…なんて神社の石段を下りていたら蒼嗣さんと出会った。

「蒼嗣さん」
「よ!国見少年、夜織に用か?」
「だったんですけど居ないみたいですし、蒼嗣さんが居たんでいいです」
「またなんか有ったのか…これだから学校はヤダねェ…」

顔を歪ませる蒼嗣さんに首を傾げる。確かに、他の場所に比べて変なものは沢山いるけど…。「その話は後でしてやる、ところで何が有った?」と聞く蒼嗣さんに今日の事を話した。



「黒い植物、蔓…。それはな、<気のせい>だ」
「…は、」
「うん、言い方が悪かった。でも表現が出来ない。つまりな、その植物は<原因>じゃないんだ。その先輩が怪我をしたのはその植物のせいじゃない。怪我をした結果ソレが巻き付いたんだ」
「…えーと、害は無いんですか?」
「いんや、害はある。結果を悪化させるんだ、その植物は。巻きつけば巻き付くほどその先輩の足は動かなくなるし、下手したら大怪我をする。でもな、結局その植物は<原因>じゃないんだ。
――その植物は負の感情を苗床に生長する。原因は十中八九その先輩なんだよ。だから言ったろ?<気の所為>だって」

ああ、成る程。合点がいった。
烏野との練習試合
影山飛雄
及川さんとの因縁
<気の所為>

「要するに及川さんの気の持ちようってことですか」
「そゆこと。自分がぼけーっとしてて不注意でこう…ぽきっと」
「折れてません折れてません。洒落にならないんで止めてください」
「いくら植物毟ったところで、自分をどうにかしなきゃまた生えてくるぜ」
「人間ってめんどくさい生き物ですよね」
「国見少年、それ今更」

取っても意味無いのか。じゃあ、岩泉さんにでも言っておこうか。でも及川さん、自分で立ち直りそうだし。

「ほっといても構わないよ。スポーツマンなんかしょっちゅうだろ?スランプ。そう言う類だ」
「…酷くなるようだったら、ちょっと気にします」
「おう、国見少年もいちいちそういうの気にしてたら気が滅入っちまう」
「視えると、色々無駄に気にしちゃうんですよ」

ははは、確かにそうかもな。と蒼嗣さんは笑った。でもな、と蒼嗣さんは言葉を続ける。

「視えるからといって視野が広くなるかと言ったらそうじゃないんだ」
「…?」
「人間、気づけないものは沢山あるってことさ」






▲▼▲


次の朝もすっきりと目覚める事が出来た。特に変なものも視ないし、万々歳。すっきり目覚め過ぎて二度寝出来ないのが残念だ。今日も朝練行こうか。途中コンビニによって塩キャラメル買ってから行こう。頭に古宵を乗せて家を出た。



「おっはよー!」
「…おはようございます及川さん」

学校へ向かう途中、テンション高い及川さんに会った。「国見ちゃん今日も朝練とかやる気満々だね。あーあ…俺も練習したい」なんてぼやく。ガサガサ揺れるコンビニ袋の中から、取り出す。

「及川さん、あげます」
「なになにー?…牛乳パン!えっ、いいの?」
「しょんぼりしてる及川さんに」

わーい!子供のように嬉しがる及川さん。ふと、下を向くと昨日毟った植物の蔓が及川さんの左足に巻きついていた。…巻きついてはいるんだけど、萎れていた。成る程、気の持ちよう。単純すぎる及川さん。

「ありがとう国見ちゃん。これで今日の小テスト乗り越えられるよ」
「赤点取ったら岩泉さんの鉄拳が落ちますからね」
「大丈夫、牛乳パンがあれば」
「暗記パンとかじゃないんですから…」

及川さんが速足になる。ちょっと、気持ちが上向きになるのは良いんですけど怪我してるんですからあんまり、なんて言おうとしたら
ふ、と目の前を何かが通り過ぎた。

まず、い。気を抜いてしまった。無意識に眼でソレを追いかけてしまった。

眼が、合った
紅い眼

――リン
鈴が鳴る


『あら、君私の事視えてるの』

冷たい手が、頬を撫でる。ぞわり、鳥肌が立つ。声を上げそうになるのを堪える。くすくすと、目の前を浮遊するモノが笑った。

『そうそう、喋っちゃメ、よ。喋っちゃったら変な目で見られちゃうもの。普通の人に私は視えないんだから』

唇にソレの人差し指が触れた。…なんだ、襲わないの、か?くすくす笑うソレ。向こうで「国見ちゃーん?」と俺を呼ぶ及川さん。にっこりとソレは笑い及川さんの方へ飛んでいく。…狙い俺じゃなくて及川さん?古宵、と小さく呼ぶ…が反応は無し。あれ?と頭を触ってみると、居なかった。俺と一緒でマイペースだからいつの間にか居なくなってるんだよなぁ…タイミングが悪い。自然を装い、及川さんの方へ足を進める。さて、どうしよう。

『ふふ、大丈夫よ。そんなに警戒しなくても。この子を食べようだなんて思ってないもの』
「どうしたのさ国見ちゃん」

同時に話されるとややこしい。「ちょっとぼーっとしただけです」と答える。『あら、私いま喋らない方がいいわね』とやはり笑いながら及川さんの首に抱きつくソレ。

『食べるのなら、君の方が美味しそうだしね』

独り言のように呟いたソレ。古宵、戻ってこないかな…。身の危険を感じながら学校までの道のりを、及川さんとソレと歩いた。









「朝練行こうと思ってたんですけど用事があったのを思い出したのですいません、ちょっと失礼します」学校の敷地に入った瞬間及川さんにそう言い俺はソレの手を掴んで校舎へと走った。後ろから不思議そうな及川さんの声が聞こえたが、聞き流しそのまま校舎へ入って行く。『あらあら、せっかちな子』くすくすと笑うソレに「うるさい」と一蹴した。
特別棟、朝練なんて音楽室で吹奏楽部がやってるくらいだ。ここなら、人に見つからないだろう。漸くそこで足を止めた。ソレと向かい合う。

「及川さんになんの用?」
『あら、用はないわよ?ちょっと好みの子だったから憑いてただけ。さっきも言った通りあの子を食べる気は無いわよ?
――ねぇ、それよりいいの?こーんな人気のないところまで連れてきちゃって。言ったわよね?食べるなら、君の方が美味しそうって』

ソレの手が、頬を伝い首を触る。俺は手を握り締める。大丈夫だ、古宵が居なくてもこれ程度なら。


「片腕ならくれてやるよ」

手をソレに差し出した。リン、と鈴が鳴る。差し出した手の中には、夜織さんから貰った鈴。どれだけ効くか判らないけど。
手が、ソレに触れた。瞬間、静電気のようなものが走った。

『――ひっ、痛っ!』

俺に触れていた手が離れた。ふわり、飛んでソレは俺と距離を置く。ぎっ、と涙目で俺を睨む。ちょっと…涙目になると俺が悪者みたいな気がして複雑。

『ひどいひどい!ちょーっと遊ぼうと思っただけなのに!しかもその鈴、彼岸のお方御手製じゃない!下手したら消し炭になっちゃう!』
「…彼岸のお方?」
『夜織様よ!』

…え、夜織さん?俺は身体の動きを止めた。『ばかばかばかばかあほー!』と涙目で俺を叩くソレ。…夜織さんの知り合い?


「え…っと、すいません。早とちり、しました…?」
『…脅かした私も悪かったわ…。彼岸のお方が気に掛けた人間、気になったのよ。ここまでアグレッシブな子だとは思わなかったわ…徹にくっついていた時、君脱力してるか気分悪そうにしてるかのどっちかだったもの。こんなに攻撃的だってわかってたら悪戯なんてしようと思わなかったわ』
「…なんで及川さんにくっついてるんですか」
『好みだったからよ。でも食べる気なんて更々無いんだからね?』

こういう類のモノにも好かれる及川さん流石。一気に身体の力が抜けた。はぁー…と息を吐く。

『…ごめんなさい、君にとっては軽率な行動だったわね』
「こっちこそ、すいませんでした」
『うん、ゆるさない』

えー…と声が漏れる。これでお互い様、とはならないのか。「えー…、じゃあ俺どうすればいいですか?」そう聞くとソレはにっこりと笑った。ソレの両手が、俺の頬を包む。『そうね、それじゃあ』さらり、ソレの絹のような金の髪が顔に掠る。…え、は…。

顔を引き寄せられ、唇に触れた。
息の仕方を一瞬忘れた。

『ごちそうさまでした』

『じゃあね、国見ちゃん』とソレは満足そうに飛んでいってしまった。…えー…俺はその場に座り込む。いや、ごちそうさまじゃねーよ。あああー…声が漏れる。ていうか身体重い。なんか取られたっぽい。国見ちゃんって、及川さんかよ。なんか言いたい事沢山あり過ぎる。くっそう。

「見た目すごい綺麗な女の人だけど、ああいうのにキスされるとなんかすごい複雑」

はぁ、と重い溜息を吐いた。