羅針盤と昏い棘


「く、国見が朝練に来てる…だとっ!?」
「金田一うるさい」

ボールを床にたたきつける。調子、良好。高校入って初めてじゃないだろうか、こんなに調子が良いのは。ボールを上げる。サーブ 、を 撃つ。

ダンッ!床が響く。
調子が良い。うん、久しぶりにバレーを楽しいと思った。最近無理矢理身体を動かしてたし。適度にサボりつつ。今日は、うん。久しぶりにサボらず部活をやろうと思える気になった。

「国見ちゃん、そんなサーブ打てるんだ」
「…及川さん」
「調子良さそうだね」

及川さんちわーっす!と後ろで金田一が挨拶をした。「ええ、まぁ」と俺は返事をする。何が面白かったのか、笑いながら俺の頭を撫でる及川さん。

「調子というか、体調が良いみたいだね」
「え」
「高校入ってから、ずっと体調良くなかったでしょ?中学の国見ちゃん、もっと機敏だったもん」

中学の俺も今の俺も、機敏ではないと思うけど。しかしこの人、人をよく見ている。「え、国見そうだったのか?」なんて首を傾げる金田一。これが普通の反応だ。いつも眠そうだよな、なんてクラスメイトに言われるが、眠いんじゃなくて身体がだるくて重いのだ。全く持って眠いんじゃない。…そりゃあ眠い時もあったけど。

「病院でも行ってきた?」
「…まぁそんなところです」
「そっかー」

じゃあ及川さんの代わりに練習試合、出れるよね!なんて言う及川さん。なんですかそれ聞いてないです。というか及川さんの代わりって…。「ちょっと捻挫しちゃったてへぺろ!」という及川さんに背後から迫っていた岩泉さんが鉄拳を食らわせた。痛そう。捻挫、どこを捻挫したのだろうか。視線を下に向けると――黒、黒い…蔓?

「え」
「うん?どうしたの国見ちゃん」
「いえ、なんでも」

及川さんの左足に、足首あたりにぐるぐると植物の蔓のようなものが巻きついていた。棘と、葉。完璧植物、ただし真っ黒。「ちょーっとよそ見してたらさ」「ぼーっとしてるんじゃねーよクソ川!つーか完治まで部活くんじゃねー!」と言い合う及川さんと岩泉さん。原因って、考えなくともこれだよな…。上を見上げる。古宵が2階の手すりに留っている。おいで、と視線を送ると羽ばたいた。すると、俺の頭の上へ。お前、俺の頭の上好きだよな。ちょんちょん、と指を向けると古宵がふわり、床に降りる。暫く、及川さんの左足の蔓を見つめて…ブチブチッ!とソレを引き千切った。パラパラと黒い蔓が、葉が、床に散らばる。

「……ん?」
「なんだよ、及川」
「、いや…なんか…足が軽くなった気が…」
「いや気のせいだろ。んなすぐ治りはしねーんだから。さっさと教室にでも戻って勉強でもしてろ。赤点取ったらぶっ殺すぞ」
「いやいや、岩ちゃんじゃないんだから赤点取らないし」
「ああ?」
「ワーイ!俺今日の小テストの勉強してくるー」

左足を庇うように歩きながら、及川さんは体育館を出ていった。…多分、大丈夫だよな。足が軽くなったって言ったし。見つからない様に古宵の頭を撫でる。一晩で慣れ過ぎだろうと思うが、如何せん可愛くて仕方が無かった。

「ていうか練習試合ってなんの話ですか」

俺その話全然知らないんですけど。そういうと岩泉さんと金田一は呆れた顔をした。…なに。

「先週言ったろ、烏野と練習試合だって」
「言ってましたっけ…そんな事」
「国見あんとき寝て…いや、グロッキーだったのか…眠いだけかと思ってたけど」

体調悪いなら我慢せずに言えよ!と金田一に背中を叩かれた。体調不良だけど体調不良じゃないっていうか…そういえば先週、いつだか忘れたけど特に身体が重い日があったな…じゃあその時か、練習試合の話したのって。

「ていうかなんで烏野」
「あっちの顧問にしつこくお願いされて監督が折れたらしい。ちなみに、あっちにはお前らとチームメイトだった…」
「影山がいる」

金田一の顔が歪んだ。…影山か…。アイツ、ここには来ないにしても白鳥沢にでも行くのかと思ってた。烏野って…昔強豪だったとこだろ。なんでそんな落ちたところに。

「クズ川、烏野に「影山をセッターとしてフルで出すこと」なんて条件取り付けといて怪我ででれねーんじゃ救いようが無いな。というわけで頑張れよ国見」
「セッターじゃないんで」
「体調良くなったんだろ?」

いや体調良くなったからと言って、これから全部本気でやるかって言ったら違うんですけど。むしろもっと効率よくサボる気満々なんですけど。そんな事は許さない、と岩泉さんが肩に手を置いた。…めんどくさい…。キイッ!「頑張れよ」と言うように古宵が啼いた。








▲▼▲

狐面をかぶり、からんからんと下駄を鳴らす。朝神社を出たというのにもう逢魔が時だ。流石にゆっくり歩きすぎた。まぁ暇だし良いか、とからんからん、下駄を鳴らしながら歩く。

「――夜織さん?」

曲がり角に差し掛かった時、聞き覚えのある声が路に響いた。さて、彼に会うのはどれくらい振りだろうか。狐面をずらし、口元だけ覗かせる。

「久しぶりだな、影の子」
「あんま、それで呼ばれるの好きじゃないんですけど」
「良いではないか影の子。元気そうで何よりだよ」
「夜織さんも。つーか滅茶苦茶目立つ格好してんじゃねーっすか…赤い着物に和傘、狐面って」
「大体この姿じゃないか私は。それに<視えはしない>んだから大丈夫さ」
「…そーっすね」

ちょっと行くと公園あるんでそこで喋りませんか?という影の子に頷いた。私の隣に影の子が立つ。

「お前さん、また大きくなったか」
「あー、ちょっと伸びた」
「ツクシのような奴だな」
「…それは、どうなんスか」
「いつか影鳥のように大きくなるんじゃないかと心配だ」
「いや、アレの大きさには…っていうかアイツ連れてってくださいよ。本当に五月蠅いんですけど」
「うん?アイツっていうと」

公園の敷地に入った瞬間、月が影に隠れた。バサッバサッ!と大きな羽音。「うげっ」と影の子が声を漏らす。


「――久方ぶりだな、氷雨」


大きな影が私たちを覆った。鳥。大きな翼を携え、鋭い爪、大きく長い角を持つ、大きな影鳥、氷雨。氷雨はゆったりと地面に足を付けた。鋭い嘴が開く。





『お久しぶりです夜織殿!いやはや、相変わらずお美しゅうございますな!!月に照らされ…てら、さ…おっと失敬、美しい月の光を影<わたくし>めが隠してしまっておりましたな!はっはっはっ!!』
「焼き鳥うるせぇ」
『トビオ殿!その呼び方は止めてくだされ!!わたくしめを焼いたところで食える肉など毛頭ございませんぞ!!』
「相も変わらずだな氷雨」
『そうそう変わりはしませんとも!夜織殿も御変わり無いようで!!トビオ殿の成長は真に早いものですがな!!この前までよちよち歩きだった子がもうこんなになって!」
「何年前の話してるんだお前」
「呆けるには少し早いぞ氷雨」
『子供が成長するのは早いものですよ…性格は少々アレですが…立派に成長して』
「お前は影の子の親か」
「俺の両親こんな黒くねーし、翼も角もねーよ」
『親…わたくしめ、トビオ殿の第二の親でございます!なんと良い響きどでございましょう!』

影の子が耳を押さえた。まぁ確かに五月蠅い。四六時中喋られたら堪ったものではない。しかしまぁ…な。

「自分の子供のように大切に思っているのだ。大目に見てやれ」
「…もう大目に見るっていうレベルじゃねーんだけど…」

かなり、五月蠅いらしい。「でも、確かに助かってるところはあるんで…うるせーけど」とぼやく影の子の頭を撫でた。なんだかんだで、ここは良好な仲なのだ。

「そう言えば氷雨、お前の雛鳥を私の知り合いに預けたのだが」
『ほう?我が子ですか』
「応、視える奴でな…立ち回りは良いのだが多少襲われやすい気の子でな」
『我が子が人様に役立つのであればどうぞどうぞ!我が子も小さいながら立派に狩りが出来ます故」

それはありがたい。暫く雛鳥は国見に居付かせよう。

『さてさて!夜織殿が帰って来たという事で今日は宴ですかね!』
「やめろ、騒ぎ立てるな。どうせ3日ほどで戻る」
『…まだあの廃れた神社にいるのですか!夜織殿はもっとこう…煌びやかなところに!』
「別にこっちも煌びやかではないだろう」
『トビオ殿の家なんてどうでしょうか?煌びやかではございませぬが割と快適でございますよ』
「ちょっと待て、なに勝手に言ってやがる」
『口が悪いですぞ!トビオ殿!!』

お前、影の子を煽るの止めてやれ。本当に焼き鳥にされても知らんぞ。「お前が部屋に入ると俺の居場所が無くなるんだボゲェ!」『ならばわたくしめの背中に乗っていればよろしいですぞ!もっふもふの快適無敵!』お前の図体で人の部屋に入るのは流石に迷惑千万だぞ氷雨。

「…影の子、まぁなんだ…悩みが有ったら気軽に話せ」
「俺の悩みは大体氷雨の事ッスけど」
「…寝床ぐらいにはなるだろう」
「うるさいベッドは嫌です」



◇◆◇人物紹介◇◆◇
【影山飛雄】
烏野高校1年3組
生まれつき視える
影鳥氷雨と暮らしている
最近の悩みは勝手に部屋に入ってくる
氷雨が邪魔で部屋が狭い事


【氷雨】
(ひさめ)
影鳥の成鳥。古宵の親鳥
飛雄が物心つく前から付き添っている
自称飛雄の第二の親
かなりお喋り(五月蠅い)