その魂を縫い留めよう


「まぁ見つからないとは思うが、社という猫又が居たら教えてほしい。私の中で一番付き合いが長い奴だからな」

あの時愛おしそうに呼んだ名前がまさか猫だとは思いもしなかった。猫と言っても普通の猫ではない事は承知している。でも…夜織さんの話の中の「識」という鬼くらいあの人の中に根付いている大切な人物かと思った。







「数百年会ってないんじゃ、そこら辺に居るとは思えないけどな…」

なんて、町の猫を気にしつつ俺は学校へと向かっていた。「やっほー!国見ちゃん!」油断してた俺は後ろから突進してきた及川さんの気配に全く気付けなかった。電柱に左上半身をぶつけた。朝から無駄に元気だなこの人…。

「…おはようございます、及川さん」
「おはよう。ねぇ、朱音しらない?」
「まだ帰ってこないんですか…」
「もう3日になるよ。事件に巻き込まれてないと良いけど…」

それは無いと思うんで大丈夫だとは思いますけど。困った様に、そして心配そうな顔をする及川さんに、何処行ったんだよ朱音、と心の中で悪態をついた。


「国見ちゃん実は朱音匿ってたりしてない?」
「してないですよ。部屋にあんなの居たら俺は家出します」
「国見ちゃん酷いね」
「及川さんに良く似て本当に五月蠅いんでね」
「酷いね!?」

ほんと及川さんに激似ですよ、だからまぁ――大丈夫だとは思いますけどね。そうぽつり零すと及川さんはにんまりと笑った、なんですかその表情。

「国見ちゃんにそう思われてるんだなぁって」
「勘違いしないでください、思考回路が果てしなく直線だから分かりやすいって言ってんですよ」
「…ひ、ひどい…」

冗談ですよ、と心の中で言う。おちゃらけてる及川さんも、実際は真剣だし朱音だって真剣なんだ。ほんと、似た者同士。ただ朱音より及川さんの方が何倍も性格悪いと思う、諦めだって悪い。今だって及川さんの目は奥底でぎらぎらと光っている。可哀想に…俺は溜息をついて「ま、頑張ってください程々に」と及川さんに言葉を贈った。








▲▼▲


可笑しいな、確かに見えなくなったはずなのに。俺は頭を抱える。いや確かに…視えてはいない、視界は全くの良好で、特に不可思議な点は無い、視界は。『ねぇねぇ岩ちゃん』まるでどっかの誰かさんの様な呼び方、どうしてこうなったとやはり俺は頭を抱えた。

『さ、徹はいないようだしどんどん進みましょー!』
「…なぁ」
『なぁに?』
「なにじゃなくて…」

なんでお前俺に憑いてるんだよ…。姿かたちは視えないが声だけははっきりと聞こえて…ここ3日ほどこんな感じだった。『岩ちゃんってば女の子の扱い雑ー、もっと優しくしてあげないとねー』まるで及川みたいな事を言う。つか女版及川じゃねーか滅茶苦茶ウザい。それが四六時中俺に憑き纏っているのだから堪らない。コイツ居ない時は大体及川が近くに居るしな。つまり睡眠時間以外及川を相手にしているようなものだ。

「なんつー悪夢…」
『岩ちゃん相棒の事どう思ってるのよ』
「ウザ川クソ川アホ川」
『徹ってば何処行ってもそんな扱いなのね』

というかそんなのろのろ歩いてたら朝練遅刻するわよ?至極もっともな事を言うが、お前が言うなと怒鳴りたい。なんとか押さえて口を閉じる。

「なんで声だけ聞こえんだ…」
『私がベタベタひっついてたからかしらね!』
「お前のせいかよ!」

全く…及川にも呪いを掛けて貰うよう説得していた筈じゃなかったのか…なんで視えも聞こえなくもなった俺が巻き添え食らってんだ。また視えたら視えたで良いんだけどよ…。『認識できるようになっちゃったらまた彼岸の君に頼めばいいのだわ!』そう何度も呪いって効くのか?『…さぁ?』多分首をかしげたであろう朱音の姿を想像して重い溜息を吐いた。


「というか俺に憑いてないで及川と話し合えよ…」
『あ、にゃんこ』
「きけよ」


国見助けてくれ、今近くに居ない後輩に助けを求める。朱音の姿が視えていたらとっ捕まえて及川の前に次ぎ出すというのに、いっそもう一回だけ視えるようにならないだろうか…。塀の上に乗ったふてぶてしい様子の猫を見て、何度目かわからない溜息を吐く。



『おいそこの餓鬼、私を見て何故溜息を吐く』
「別にお前見て溜息を吐いたわけ…じゃ……?」

今俺誰に話した?『あらやだ猫又じゃない』朱音の声が耳に入る。察し。おい夜織さん、俺に呪い掛けてくれたんじゃないのかよ。しっぽが二又に分かれな猫を見つめて頭を抱えた。



『猫又は果てしなく猫な妖怪だから普通の人でも視えちゃうのよ。あ、でも全く力の無い人は普通に1本のしっぽにしか見えないわ。声も聞こえないし』
「…ああ、そうかい…」
『大丈夫、異形の内に入らないわ。ただ超長生きな猫なだけだもの、ただの猫よ』
『おいキャナンシー風情が、私がただの猫だと言うのか』
『誰がキャナンシーですって?私をあんな人喰らいの奴らと一緒にしないでよ』
『はんっ!似たようなものだろう!どうせ人間を喰らうモノのくせに』
『このクソ猫ぉ…っ!』
『は、口が悪いとは救いようがないな』

ほっとこう。猫と姿が見えない朱音を無視して俺は学校へと足を進めた。まだ学校にすら着いていないのになんでこんなに疲れるんだ…。学校に着いた時、なんだか違和感があったがきっと疲れてるせいだろう。頭を振り払い体育館へと向かった。








▲▼▲


「…ぷっ」
「……及川さん」
「くっ、ふっふふふぷはははは!やばい面白い!」

及川さんが大爆笑した。及川さん、笑い事じゃなかったらどうするんですか…と思いながらも俺も初め見た瞬間笑ってしまった。
岩泉さんの頭の上に猫が居る。なんかすごいふてぶてしい猫が。「岩ちゃんと猫の組み合わせヤバイ…ツボ…ぶはっ」床に蹲って笑い続ける及川さんに「ど、どうしました及川さん…」金田一が顔を引き攣らせながら声を掛ける。金田一、無視していいよ。

「及川さんいい加減笑い止めないと岩泉さんの強烈スパイク顔面に受けることになりますよ」
「…うわっ!岩泉さん顔怖っ!」
「やだ死んじゃう笑うの止める」

ぴたりと笑うのをやめる、が方は震えたままで顔も緩んでいる。もういいや、一回顔面スパイク受けてもらえば。俺は金田一と練習を再開しつつ、岩泉さんの頭の上へ目を向ける。どう見ても猫、二又に尻尾が別れた猫だった。あれ、危ない奴じゃないよな…?ぴったりと岩泉さんの頭に張り付く猫を観察する。朝練が終わって俺はすかさず岩泉さんに近づく。「あ、あの岩泉さん」俺の声に岩泉さんが振り返った。


「どうした国見。あ、もしかして」
「え?」
「及川と朱音の事か?」

あ、いや…それもあるんですけどそうじゃなくて…「あいつここ何日かずっと俺の家に居るんだよ…姿視えねぇのに声だけ聞こえてよ…及川を相手してるようで苛々して」は、朱音岩泉さんに憑いてたのか。というか声だけ聞こえるってなんだ。あと岩泉さん御苦労さまです。色々言いたい事はあるんだけど、取り敢えず


「その頭の猫は」
「…は、猫?」
『なんだ小僧、姿を消しているのに私が視えているのか…ふん生意気な』

げっ喋った。見た目通りふてぶてしい。『なんだお前の頭に居る鳥、うまそうだな』俺の頭んに乗っかっていた古宵を急いで手の中に隠す。

『冗談だ、そんなガリガリの鳥食ったところで腹の足しにもなりやしない』
「国見、猫ってなんだ」
「あーいや、えーっと…岩泉さんの頭の上にずっと猫が乗ってて」
「…あ!?まさか朝の猫又か!?」
「朝会ったんですか…」

ああ、なんか朱音と猫が口喧嘩し始めて、それ無視して学校来たんだけど…なんでその猫が俺のところに…。ぼやく岩泉さんの頭に手を伸ばし猫の首根っこを掴んだ。触った感覚はただの猫だ。『お前、私を掴むとは無礼者だな…?』鋭い目が俺を射抜くが如何せん猫だ、怖くない。「この猫連れて行きますね」「おう、サンキュー…ってまさか及川が笑ってた理由って…!」あ、猫乗せて朝練してた岩泉さん、ちょっと可愛かったですよ。当然口には出さない。「及川このやろぉおおお!」走り去った岩泉さんの背中を見送ってから、掴んだ猫と目を合わせた。


「で、なんで岩泉さんに憑いてたの。猫又」
『別に憑いてたわけではない。キャナンシーもどきを喰ろうてやろうとひっついていただけだ』

岩泉さんさっき猫又と朱音が言い合いしてたって言わなかったか?つまりこの猫が狙ってるのは…朱音か。「朱音を喰われるのは困るんだけど。こっちにも色々あるし」『なんだ小僧、あれの餌か?そりゃあ御苦労な事だ』違うっつーの。ただ否定するともっと面倒になりそうだったから口を閉じた。俺は猫又の獲物が朱音から外れればそれでいいのだ。


『お前さんは夜織の餌かと思ってたが勘違いか』
「――は」

小僧、あの小娘に首を喰われたろう?奴の匂いが沁み込んでいるわ。猫又が笑った。…あ、れ…猫又…?






「まぁ見つからないとは思うが、社という猫又が居たら教えてほしい。私の中で一番付き合いが長い奴だからな」






「…社?」
『気安く呼ぶな小僧』

そんな呆気なく見つかるなんて思いもしなかった。