迷い子の愛し方


「まるで化け物ね」

誰かがそう言った。いつも着物はぼろぼろだった。家の中に入れられたのなんて、片手で数えるくらい。いつもいつも蔵の中。
お天道さまに嫌われているのよ、そう神様に嫌われているの。だから貴方は暗闇で一人で生きるのよ。神様に見捨てられた子供なんて、ただの化け物だわ。

そうだわ、化け物なら化け物らしく山で暮らしなさいな。


村の裏手にある山、奥深くには鬼が居るそうだ。人を食らう化け物が蔓延り、その頂点に赤い髪の鬼が居るのよ。それは言い伝え。
気に入られたら仲間にしてもらえば良し、もし気に入られなければそのまま食われれば良いのよ。そう言って、母は山の前に私を捨てた。裸足のまま、私は森を歩く。色んなものが居た、良いものも良くないものも沢山。善し悪しの分からない幼子の私は、ただ只管に山を駆けて、そして出逢った。


「――あなたが、おに?」

悲しそうに佇む鬼が居た。

「わたしはおかしいの?」

私は問う。鬼は首を振った。そうよね、私は落胆の声を上げた。鬼から見たら、私は全然可笑しくないのね。じゃあ、私は何処へ行けば良い?出来そこないの人と言われ、それでも化け物に成りきれない私は、何処へ行けばいいの?


「おにさんは、きれいな色をしているのね」

鬼が、私に触れた。食べられちゃうのかな、と私の心臓の鼓動が早くなった。目元に、触れる。


「――お前の瞳の紅の方が、余程美しいが」

おいしそう?なんて聞くと鬼は困った様に笑った。「そこに成っている木の実の方が、余程美味いが」そういって、鬼は私に木の実を渡した。


「おにさんおにさん、ヒトを食べないの?」
「俺はヒトは食わん」
「そう…」
「…ここに居るか?」
「ここ?」
「俺のところへ」

差し出された手、私は





▼▲▼


呻き声が聞こえて、夜織さんがふらふらと立ち上がった。
俺が蒼嗣さんと朱音に言われ、蒼嗣さんが買った塩大福とみたらし団子と饅頭を渡され「夜織二日酔いだからよろしく!」と親指立てられ、意味が分からず神社に来てみればぶっ倒れている夜織さんを発見し…30分ほどが経過した頃だった。
ガッと柱にぶつかった夜織さんに吃驚しながら「だ、大丈夫ですか夜織さん」と声を掛ける。ここで漸く俺の存在に気付いたらしい夜織さんは「…くに、み?」と俺の名前を呼んだ。


「蒼、は」
「介抱を頼まれました」
「…あの、阿呆…私の……しお」
「塩大福ならここに」
「、」

焦点の合っていない目が、俺を捉え…厳密に言えば俺の手を捉えていた。2丁目の塩大福。ふらふらと俺の目の前までやってきて、正座した。

「……」
「…あ、あの…大丈夫ですか?」
「しおだいふく」
「あ、はい」

手渡すとものすごいスピードで袋から大福を取り出し、もぐもぐと食べ始めた。この人…ほんと甘いもの好きだな。なんだか子供っぽく見える。いつも、大人に見える夜織さんが。
「弱ってるあいつはな、とんでもなく子供ぽくなるんだ」『彼岸の君すごく可愛かった』なんて言っていた2人を思い出した。


「夜織さん、二日酔いとか聞きましたけど」
「んー」
「影山のところの氷雨と三日三晩飲んでたと聞きましたけど」
「んー」
「……聞いてます?」
「んぐ。おまんじゅう…」
「あ、はいどうぞ」
「ん」

そのまま饅頭まで食べ始めてしまった夜織さんに取り敢えずお茶でも入れるかと立ち上がった。幸せそうに饅頭を頬張る夜織さんを、少し可愛いと思ってしまった自分が居た。




「…ああ、国見か…そうか…」
「漸く戻ってきましたか」
「記憶が、吹っ飛んでいたようだ」
「塩大福と饅頭とみたらしを食べた記憶は」
「気づいたら目の前に合って、食べていた」
「若干違いますけど、まあいいです」

漸く意識が戻って来た夜織さんと会話できる状態になった。「いや、本当にすまない。酒はそんなに強くないんだ」3日飲み続けてたら、強い方なのでは。人間と同じ尺で測ってはいけないのか。「避けられているのかと思ってたんですけど、安心しました」そういう俺に夜織さんは訳が分からないと首を傾げた。


「ほら、この前の。夜織さんは元々は人間だったって話があったじゃないですか。あれ、夜織さんは触れてほしくない話題だったのかと思って」
「別に気にしておらんが」
「タイミング的に、そうなのかと思って。まさかあの影鳥に捕まって酒飲んでるとは思ってなかったんで」
「あれは本当に人の事を考えずに楽しむヤツだからな。短気な影の子が良く耐えているなと感心するよ」
「影山はそう言う理由で感心されても嬉しくないと思いますけど」

入れたお茶を飲みながら、なんだかゆったりと話をする。夜織さんが言うように、本当に気にしてはいないようだ。それじゃあ、と俺は口を開く。


「聞いてもいいですか?」
「聞いてもなにも面白くないぞ。ただ人に虐げられて鬼に拾われて、成り行きで鬼になっただけの噺だ」
「…やっぱり、」
「ん?」
「やっぱり話したくないんじゃないですか」

あやふやな答えしか返ってこない。それはつまり夜織さんが話したくない事なのではないか。自分がそのつもりは無くとも、心の奥底でストップをかけている感情。「その時代が、私には生きづらかった。ただそれだけの話だ」ただそれだけ、そんなわけがないだろう。

「そんなつもりは更々無いのだがな」

夜織さんは困った様に笑う。「でも、心の奥底で何かしら、思う事が有るのだな…きっと」そう呟く。


「…さて国見、私の肌と瞳を見て、どう思う?」
「え?」
「浮世離れしていると思うか?」
「…ええ、まぁ」
「そうだろうな、はは。そうだな」

夜織さんは愉快そうに笑う。なんとなく、泣いているように見えたのは。


「これは鬼になったから成ったのではない。元々持っていたものだ」
「…生きづらかった、理由」
「私は異形と罵られ、最終的には親に捨てられた。そんな大昔に生きていた子供だよ」

言いたくなかったのは、虐げていた村人や、親を恨みたくなかったからなのかもな。そう言った夜織さんに俺は何も言う事は出来なかった。





▼▲▼


「――識」
「どうした」
「ここには人を喰う物の怪が出るって村人全員が言ってた」
「確かに、ヒトを食らうモノは居る」
「私は大丈夫なの?」
「問題ない」
「どうして?」
「俺の連れだからだ」
「識はえらいの?」
「…まぁな」


識はあの山一帯を仕切る主だった、と後に聞いた。識が仕切っていた時は、森はとても平和だったと聞く。――識が、退治されるまでは。

その後に私の生まれた村は後に滅んだ。ヒト一人残らず。それは私を虐げていた者、両親例外無く、この世から去って逝った。恨んでいなかったわけではない、燻ぶる怒りは幼子の私にも確かに、あったはずだ。だが、誰一人居ない村をみて思ったのだ。恨んだところで結局、ヒトなど呆気なく死んでしまうものなのだと。人だけではない、ありとあらゆるものはいずれ終わりが来るのだと。そう思うと、恨むのがくだらなくなってしまったのだ。まぁ今更死んでしまった者を怨む恨まないと悩んでも意味が無い事なのだが。




「あれは何故、私を見逃したんだろうか」
『人間だったからじゃないのか?』
「私は、鬼だよ」
『はいはい鬼様、元人間の鬼様』
「猫のくせに喋るな」
『300年生きた猫をなめるな小娘。鬼と言っても識様の意思では無かろう』
「……」
『黙んまりか小娘』
「…識、死んだのか」
『ああ、死んだよ。呆気なかったな』
「社は悲しくはないのか」
『悲しいが、嘆いたところで仕方なかろう。何もなくなってしまったここで、またはじめからやり直さねばならぬ。嘆いている暇は無いぞ夜織』
「…私?」
『残念なことにお前様が今ここに居る中で一番位が高いからのぅ。識様の血を舐めるな』
「血は、舐めた」
『そういう意味ではないわ小娘!』

膝に乗った社の頭を撫でる。『触るでない小娘!』と引っかかれたが特に気にしなかった。森に居た物の怪は識の死とともに、散らばってしまった。あるものは遠くへ、あるものは識の退治を依頼した村を襲いに、あるものは森に残り行く末を見届けた。

「何も無いね」
『そうだな。最初はみなそんなものさ』
「なにしようか」
『好きにしろ、お前がここの主だ』
「…めんどくさいから、丸投げにしてないか?」
『さて、散歩にでも行くかな』

社はそう言って私の膝から飛び降りて行ってしまった。私は一人、昔住んでいた家の居間に寝転がる。昼間だというのに、物音ひとつなかった。



◇◆◇人物紹介◇◆◇

【識(しき)】
大昔烏野の山一帯を仕切っていた
人を喰らわない鬼
幼少期人間だった夜織の育て親

夜織の親が住む村の村長の依頼により
安倍晴明によって退治される

識の眷属である烏たちの怒りに触れ
村人は一人残らず喰い殺され
村が一度滅んだ



【夜織】
烏野の村に住んでいた幼子
突然変異
アルビノ
により村八分にされた
母親が森に夜織を捨てて以降
識のもとで暮らしていた

識の死後その血を含み鬼になる


【社(やしろ)】
おおよそ300歳の猫又
基本的には滅んだ烏野の村に居たが
住処は森の中。
偶に烏と喧嘩する
口と性格が悪い


【烏】
識の眷属。影鳥ではない
烏野の森で生まれ育った
結果的に識を殺した村人を
喰い殺しその後は何処かへ消える

社と折り合いが悪かったらしい
よく喧嘩をしていた

今現在数羽の烏が烏野に居る