孤独遊び


「国見」
「はい?」
「あまり遅くなるなよ」

夜織さんの隣に居た影山の頭をポンポンと撫で、夜織さんは及川さんと岩泉さんの首根っこを掴んで体育館を出ていった。あの人なんでもお見通しなのか。
影山と2人、体育館に残される。



「……」
「……」

無言。まぁ影山から喋るわけないか、と俺は口を開いた。気づいてしまった、もう全部気づいてしまったのだ。影山の、あの立ち回りに慣れ。俺よりだいぶ前から知り合いだったのだろう夜織さんとの会話・雰囲気。こいつは、昔から…



「俺さ、気付いた時には【ああいうの】が見えてたんだ」
「…おう」
「両親に言ったら、まぁ少しは不気味がられたけど良い両親でさ、「それを絶対人に言ってはいけないよ」って言われたんだ。あれなかったら幼稚園でも小学校でも嘘吐き呼ばわりされてたんだろうな」
「…」
「小学校くらいから、結構あいつらに追いかけられてさ。大体3年くらいで気づいた。目を合わせなければ大概の奴は襲ってこないって。でもさ、そんな奴らばっかりじゃないから、多少は追いかけまわされたりしたんだ。怪我だって沢山してた」

影山は、何も言わない。影山も、同じだったのだろうか。いや、夜織さんとは前から知り合いの様だし、助けてもらっていたのか。あの人、鬼のくせしてお人よしだからな…。俺は続ける。


「中学に上がって、バレー部入ってからさ、そういうのがピタリと止まったんだ。週1回くらいは必ず怪我してたのに、綺麗さっぱりそういうのも無くなってさ。まわりに澱みとか、居なくなってたんだよな」
「……」
「お前だろ、影山」

影山が目を逸らした。それは、肯定だ。こいつ嘘とか隠し事とか下手っくそだからな、俺は笑う。「…なに、笑ってんだよ」影山が仏頂面に俺を見る。



「腹を割って話そうか影山」
「…腹は、割れないだろ…?」

何言ってんだこいつ、みたいな顔で俺を見るなよ…。誰だこんな馬鹿に育てた奴は。ふと、先程まで居た大きな影鳥…氷雨の事を思い出してしまった。




▼▲▼



「まず、お前はいつから見えてた?」
「…生まれた時から、だな。俺の両親も見えてんぞ」

さも当然に言う影山、成る程血筋ってやつか。「だから部屋に氷雨が居ても「あらー素敵なクッションねー」なんて母さんが言うんだ。部屋いっぱいのクッションなんてあるかっ!って俺が言って…」あ、そこの話はどうでもいいや。…すると影鳥も昔馴染みなのか。第二の親と言った言葉を理解する。


「お前、あいつらどうやって回避してたの?」
「そこらへんにあるもん使ってぶん殴ってた、大体バットだったけど。野球しねーのに父さんが鉄バット買ってきてくれたんだ。小学生の頃はよくそれ持ち歩いてた」

危ない小学生だ。しかも普通の人には見えないソレだ。何も知らない人間が何もない空間に一心不乱にバッドを殴りつける光景を目の当たりにしたら…恐ろしいな。


「中学は、」
「…お前が何度か化け物に追いかけられてるのを見て、気づいたらぶっ潰すようにしてた。どうすればいい、って言うのはあの人…夜織さんから聞いてたし」
「夜織さんと、昔から知り合いなのか?」
「あの人、烏野の山に棲んでんだぞ。今そっちに居るみたいだけどな」
「え、そうなのか?」
「烏野の山の奥の、神社があの人の住処だって氷雨が言ってだけど」

ここ200年くらいはあそこが住まいだって、言ってた。なんて影山が言った。200年…途方もない長い時間だけれど、あの人からしてみれば、一瞬なのだろうか。




『彼岸のお方は沢山の人を見送って来たわ。それでも、あの方は人と関わるのを止めなかった。最初は意味のわからない事だと思っていたけど。ふふ、どうしてこうも、愛おしいと感じてしまうのかしら』


朱音の言葉を、思い出した。沢山の人を見送って来た。沢山の人が、あの人の前で死んで…そして再び人と関わる。長い時を、そんな光景を繰り返して。


「…夜織さんって強いんだな」
「何今さら言ってんだ、あの人災害って言われるレベルだぞ」
「そういう意味じゃない。ていうか災害ってなんだよ」
「…お前、あれを見たら何も言えなくなるからな…」

影山が遠い目をした。あの人、一体何をしたんだろうか…。


「でも、夜織さんはつえーよ」
「…」
「あの人は、いつだって強かった」

あの人が、ヒトに弱みを見せる時は、果たしてあったのだろうか。俺達は、いつだって頼りっぱなしだ。俺は考える、俺の出来る事なんてたかが知れているけれど。




――ねぇ、生きる世界が違うから、共に歩むことができないなんて事は無いのよ


それは、俺の未来の話。




「――あーあ」
「、なんだよ」
「お前馬鹿だなって思って」
「は!?」
「俺に何も言わずにさ、あいつら蹴散らして助けてたつもり?」
「…じ、自己満足だ…」
「そうだな、ほんとそうだ」
「う、うるさ」
「言ってくれれば、良かったのに」

影山が、呆然とした表情をした。なんだよ、その変な顔は。間抜け面に俺は笑わずにはいられなかった。

「バレーではいざこざ合ったけどさ、友達としてはお前の事、そんなに嫌いじゃなかったんだからさ」
「…お、おう…」
「ありがとう、影山」
「……」
「中学、平和に暮らせたのはお前のお陰だよ」
「…おう」
「ほんと、死ななくてよかった」
「深刻な話だよなそれは」


ほんと、今より幼かった俺はあの頃影山が傍に居なかったら死んでいたんだろうな。笑えない話だ、と俺は笑った。






▼▲▼



「ん、話は終わったか」

2人で外に出ると、夜織さんが居た。何故か、言い争いをする及川さんと朱音、それを鬱陶しそうに見る岩泉さん。ああ、朱音は認めてなかったんだっけ、なんて思いだした。変なヤツ、朱音が言った言葉を思い出して、俺はそんなこと思う。


『だーかーらー!私たちなんて見えたところで良い事なんて何もないのよ!なんで分からないの!?』
「なんで駄目なのさ!世界が広がるってそれだけで素敵な事でしょ!?」
『ロマンチスト語ってんじゃないわよ!このチャラ男!ばか!バカ徹!』
「ロマンチストで何が悪い!!朱音の分からず屋!」


「…何ですか、あのアホな言い争いは…」
「言うな影山…」

夜織さんは、やはり笑っているだけだった。見えない方が良いに決まってる…なんて前の俺は思っていただろう。でも、と俺は腕に止まった古宵を撫でる。そして夜織さんを見る。目があった夜織さんが首を傾げた。俺は、笑みを浮かべる。


「…国見?」
「朱音」

俺は朱音に向かって声を掛ける。『国見ちゃんからもなんとか言ってやってよ!』という朱音に俺は首を振った。


「朱音が言ったんじゃないか」
『え?』
「生きる世界が違うから、共に歩むことができないなんて事は無い、って」
『…先天的なものと後天的なものは違うのよ』
「結果は一緒だろ?」
『国見ちゃんがなんだかアクティブな性格になってるわ…』
「及川さんが朱音と一緒に居たいっていうんなら良いじゃん。朱音及川さん気に入ってんだろ?」
『それとこれとは話が別なのよ…っ』

どうしてそう、朱音が頑ななのか分からない。そう、俺はわからない。夜織さんと同じように、朱音も出会いと別れを繰り返してきたはずだ。だから、朱音の気持ちは分からない。でも

「別も何もないだろ、お前自分で言ったんじゃん。一度惹かれてたらとことん堕ちるんだって」

宙で朱音の身体が石の様に固まった。ん?俺なんか変な事言ったのか。ははははは!と夜織さんが背後で大笑いするもんだから俺は吃驚してしまった。


「全く持ってその通りだな、なぁ朱音?」
『彼岸の君…』
「いいじゃないか、私達のような時の流れが遅いモノからしてみれば一瞬かも知れんが」

夜織さんはにたりと笑う。いつだって、この人は楽しそうだな。


「この一瞬を大切に、だろ?」
『…誰の、受け売りなのかしら。その言葉は』
「私が人を辞めた時に、鬼に言われた言葉さ」


え、と声を漏らしたのはここに居る全員で…「ん?」と首を傾げた夜織さん。今すらっと凄い事言わなかったか…?なんて全員が思っただろう。


『…え、…え?彼岸の君って…元、人間…?』
「ん?ああ、言った事なかったか?1000年ほど前はヒトだったよ私は」

実際には…どんなもんだったかな…1100年くらいだろうか…なんてぼやく夜織さんに目が眩む。「1000年って…何年だ…?」なんて阿呆な事言っている影山を、今は許してやろう。実際、俺も分からない。俺は、気になる事をぶつける。夜織さんが人間を辞めた理由。自分からなのか、それとも【なにか】に巻き込まれたからなのか。


「人って、そんな簡単に辞められるもんなんですか」
「なんだ国見、気になるのか?」
「人を辞めたいだなんて思いません。なんでそんな経緯にに至ったんですか」


そう言うと、夜織さんは困ったような顔をした。




「その時代が、私には生きづらかった。ただそれだけの話だ」


――は元気だろうか。悲しそうに、愛おしそうに夜織さんは呟いた。