三日月の裁き


「あの阿呆め。何故じっとしていられぬのだ」

破壊された壁をじっと睨む。静寂のみが木霊する。影の子が、ここを離れたのは今し方ではないだろう。崩れた木材を蹴飛ばす。どうせ奴の事だ、1,2発くらい殴っておこうという魂胆だろう。まったく…得体のしれないものによくもまぁ突っ込んでいくものだ。呆れを通り越して感心する。感服だ感服。

「ヒト探しは然程得意ではないのだがな」

まぁ今こちら側に居る人間は影の子だけだろうし、国見のお陰で調子が良い。ガッ、と番傘を地面に立てる。
さァて、何処に居る?
感覚を、研ぎ澄ます。影が揺らめく。雑魚如きが私の邪魔をすることは敵わない。カキン、金属音が聞こえた。近くには、呪い。奴め、何をしておる。

「ふむ、見つけたが如何せんよろしくない様だな。まったく」

国見を襲い、影の子を引き摺りこんだ元凶に既に出くわしているらしい。まったく…其れは中身はただの雑魚でも纏っているモノが厄介だというのに。それとも、其れを知ってのことか。まったく、阿呆の考えることはまるでわからん。

「呪いの類はあまり好まないのだがな」

地を蹴る。行く手を阻むものが在るのなら、すべて蹴散らしてやろう。







▼▲▼


「……」

目の前の黒い歪みを睨みつける。振りおろした鉄の板は折れてしまった。甲高い耳障りな笑い声が響く。うるせぇ。揺らめく文字を睨みつける。歪む文字に見覚えのある名前が浮かび上がる。

「お前、アイツの【呪い】だろ」

喋りかけたところで、何も返っては来ないだろう。まぁ、これが発生したところを俺は見ているわけだし。
あいつは日向が苦手だ。俺も日向の事は気に食わないとは思っているけど、それでもあいつほどじゃない。度を過ぎた嫌悪はやがて、実体化する。あいつの影響力は、普通の人間の比ではない。ただ少しの憎悪で形作られ、ヒトを襲う。
コレの標的は日向だった。それを俺が邪魔した。そしてコイツが取った行動は「俺を喰うために違う奴を喰って力を強くする」だった。本当に厄介だ。

「中身が馬鹿すぎて、目的忘れて食い散らかしてたけどな」

俺は笑った。ここら辺一帯の澱みは全部コイツが喰ったらしい。澱みも化け物も何も居ない、コイツ以外は。コイツさえ消してしまえば、【表側】も多少綺麗になるんだろう。
俺を飲み込んだ時より数倍大きくなった【呪い】を見上げる。コイツは俺を見てはいなかった。建物を破壊し、バリバリと喰らう。最早喰えれば何でもいいらしい。

「おい、こっちみろこの馬鹿」

バリバリバリバリ、木造の部屋の半分が、既に喰われていた。さっきの鉄の板もコイツの腹の中だ。

「おい」

ぎゃは、は




    は  は


  は
           は


聞く耳持たず。ハァ、溜息を吐く。これを言ったら、きっと反応するだろう。その後どうするかは考えていない。なんとか、なるだろ。多分。


「おい、お前日向を喰いに行かなくていいのか?」

ぴたり、動きが止まった。『ひ  な、た  ?』と聲が響く。



ひなた、きらい
きらいきらいきらい
のうてんき、なにもしらないくせに
きら  い
きえ ちゃ    え


「俺もアイツの能天気さ嫌いだけどな。でも【消えろ】はあいつの本心じゃねーよ」
『きえ、ちゃえ。ぜ ん』


全部全部消えちゃえばいいのに
私と、おねえちゃん以外全部


「…私と、【お姉ちゃん以外】?」

俺は首を傾げる。なんだ、なにか違う。だって、あいつは。
【呪い】が口を開く。ヒト一人を余裕で呑みこんでしまうような大きな口が、近付く。あ、やべ。油断してた。避けられねぇ。




「このド阿呆。何をしている」
「あ、夜織さん」

小脇に抱えられた。瞬間、轟音。夜織さんが【呪い】を蹴り飛ばす。吹っ飛ばされた【呪い】は半壊だった家屋を更に破壊して行った。

「アンタの蹴り、恐ろしいな」
「うむ、調子が良くてな。脅し程度に国見のを少し戴いた」
「は?」
「怒るな影の子。国見が付いて行くと五月蠅くてな。奴はまだ自覚が無いからな」

だからって喰うことは無いだろう。ギッと夜織さんを睨みつける。「ハイハイ、私が悪かったよ」と悪びれることなく言う夜織さんに、俺は口を閉じた。


「面倒だな。そのまま術者に還してしまおうか」
「げっ、ちょっと待ってください。これ作ったの俺の知り合いで」
「おん?なんだ、大馬鹿者がお前の近くに居るのか。なら尚更お灸を」
「、国見と似たような奴なんです。毛色は違うけど。意図しない言霊で呪いを」
「人を呪わば穴二つというだろう?無自覚は無実にはならぬぞ」
「でも呪おうだなんてあいつは思って無」

おっと、と夜織さんが飛んだ。崩れた木材の山の上に立つ。【呪い】は、じたばたと忙しなく徘徊する。建物を破壊しながら。日向の名前を呼んで。

「日向という子はそれほど恨まれているのか?」
「…いいえ、能天気に人のテリトリーにズカズカ入ってくる奴です」
「お前も苦手な奴か。ふん、中々に良い子なのではないか?」

夜織さんが笑う。その言い方だと俺が悪者の様だ。と不機嫌を丸出しにした。

「ははは、まあいい。お前さんがそんなに言うのならアレはそのまま消し炭にしてやる。その後の事は、お前に任せよう」
「ありがとうござ…ってちょっとまて、俺を降ろし」
「捕まってろよ?誤ってお前さんを消し炭にしてしまったなんて笑えぬからな」

なら距離を置かせてくれ。なんて言う暇もなく、夜織さんは和傘を構える。やべ、と夜織さんの首に腕を回す。なんか気恥かしいとか、そんな事を思っている場合ではない。炎が、あがる。業火。ひどくあつい、もえる。

『飛雄殿!夜織殿には注意ですぞ!あの方の炎は何でも燃やしてしまいます故!自身を燃やす事は無い故、もし巻き込まれそうになったら必死にしがみ付くのですぞ!さもないと骨も残らず燃やされてしまいますからな!わたくしめがもし夜織殿の炎に焼かれてしまったら焼き鳥のやの字にもなりませぬな!はっはっはっ!!』

笑い事じゃねーよ!氷雨が前に言っていた言葉に思わずツッコミを入れた。本当に洒落にならない。「もう面倒だからここら一帯燃やしつくしてやろうか」と笑う夜織さんに「やめろ!ボゲェ!!」と首を絞めた。









「ねーよ…」
「ん?そうだな。何もなくなったな」
「ちっげーよ!!なんなんだよ!」

更地になると、誰が思ったことか。【呪い】は消えたが…それどころか一帯が丸々無くなった。形あるものが何もない。あるのは燃やしつくされた灰のみ。しんしんと雪が降る。月と闇と雪と灰、あとは静寂。遠くに見える平屋の建物に変な安堵を覚える。

「手加減、って言葉知ってますか」
「こういうことを言うのだろう?」

アンタこれで手加減してんのか。俺は顔を引き攣らせる。「まぁ、調子が良かったからであって、いつもこんなことをする訳ではないぞ」としれっと言う。いつもこんなことしてたらとんでもねーよ。調子の良い夜織さんには近づかない様にと心に誓う。


「ま、これはこれでいいだろう」
「……そっすね」
「そちらの問題はそちらに任せる。なにやら深い事情があるようだしな」
「、あっざす」



◇◆◇補足◇◆◇

外伝の複線です
影山の知り合いが
【呪い】を生み出してしまった話

人の妬みや恨み、憎悪など
口にしてしまったことで
体現してしまった化け物

中身と外身が別物
中身は国見たちが聞いた聲
(女の子の霊)
外身が【呪い】

【呪い】は自身のみでは力を持てないため
そこら辺に居る有象無象から見繕い
それらに力を与え、取り憑き操り
自身の目的を達成させる

とか、そんな設定です
ややこしくてごめんなさい

今気付きましたが
時間軸が少し
おかしなことになっています
(見て見ぬふり)