ながれぼしきえた


「国見」
「なに金田一」

少し顔を青くして体育館に入って来た金田一。「どうしたんだよその顔色」と聞くと「なんか坊主の怖面チンピラに絡まれた」と返ってきた。お前のその面でチンピラに絡まれたとか。鼻で笑ってやった。
さて、体育館を見渡す。校舎と比べて、歪んだ場所は少なかった。及川さんは今この場に居ない。つまり、朱音も居ないということで。今の学校の状況についてとか、聞きたいことは沢山あったんだけど仕方ない。「おねがいしまーす!」と大きな声とともに、黒いジャージ集団が体育館に入ってきて、取りあえずこの問題は置いておくことにした。



「影山だ」
「あ?ああ…そうだな」
「んだよ国見。なんか思うこと無いのか?」
「別に。お前根に持ち過ぎ」
「いや普通だろ」

ま、それが普通なんだろうけどさ。今更そんなもの、掘り返したって何にもならない。いいじゃん、中学の時のことはもう、忘れたってさ。「及川さんが居ないのがちょっと残念だけど…負かしてやろうぜ」なんていう金田一に溜息を吐いた。あの人、多分来るよ。全力疾走で接骨院からこっちに向かってる途中だと思うよ。
ストレッチをしながら、ふと烏野のメンバーに視線を向ける。

影山と目が合った。

…?なんか、違和感。
目が合うのは、まああるだろう。が、じっと影山は俺を見続ける。
キュイ?古宵が頭の上で小さく啼いた。あ、忘れてた。俺は影山から目を逸らし、頭を少し揺らした。ちょっと、試合終わるまで上に居て。パタパタと飛びあがり古宵は2階の手すりへ止まった。

練習試合、始めるぞー!というコーチの声に、重い身体に鞭打ってゆっくりコートに踏み出した。古宵が、じっと影山を見ていた。






▼▲▼


「及川さんおっそ」
「ちょっと国見ちゃん、俺頑張って来たのに酷くない?」
「結局負けてんじゃないですか」

ぶーぶー!と声をあげる及川さん…と朱音。『国見ちゃんひどーい!折角徹、自転車をも走って抜かすくらい全速力で走って来たのに!』なんて俺の頭をぽこぽこ叩いた。及川さんは、結局のところ間に合った。間に合って、最後サーブで試合を掻き乱して、結局影山と、あの変な1年に打ち負けた。ま、練習試合だし良いんじゃない?なんて思っていると『ほんと脱力少年ねー国見ちゃんは』と朱音に頭を撫でられた。ほっとけ。さて、何処かへ行ってしまった金田一でも探すか。体育館はまだしも、校舎内の歪みが半端無い。視えていなくても、何かしら影響があるんじゃないかと心配になる。「ねぇ朱音」と俺は小さな声で朱音を呼んだ。そして、「ちょっと金田一探してきますね」と及川さんに言葉を残し、俺は体育館を出る。ふよふよと、朱音が憑いてきた。

「朱音、校舎のコレ、何?」
『…さぁ?私にはわからないわ。ただよっぽど【よろしくないもの】が入り込んで、あちこちに影響を及ぼしてることは、間違いないわ』
「ここまで歪むってヤバいだろ。試合前に、喰われた奴に会ったんだ。暴飲暴食の化け物が居るって」
『化け物…ねぇ…危なそうだから助けでも求める?私はそんなもんに遭ったらパックリ食べられちゃう側だから』
「…帰り、夜織さんか蒼嗣さんに」
『げっ、神宮司の坊やとも知り合いなの…あ、金田一君居たわよ』
「…影山?」

あら…?と朱音は声をあげる。少し迷ったが、2人に声を掛ける。

「金田一…と影山」
「国見…」

ジッと俺を見る影山に「なんだよ」と言う。なんかさっきから異様に見てくるよな、お前。

「お前、と…及川さん……いや、いい。後で言う」
「は?」
「一度集まんねぇとだし、バス乗らずにまた来る」
「いや、ちょっと待」
「お前絶対居ろよ」

そう言って影山は翻した。曲がり角には変な速攻する影山の相方。バス乗らずにって、なんだよ。呆然とする俺に「なんなんだ影山…」と金田一が声を漏らす。俺が知りたいよ、まったく。…ん?俺は後ろを振り向く。朱音が居なかった。首を傾げながら「金田一、取りあえず戻るぞ」と声を掛ける。

「なぁ国見」
「なに」
「影山、『俺達』って言ったよ」
「…ふーん」
「そう興味無さげな反応すんなよ」
「いいから、戻るぞ。俺は早く帰りたい」
「本音がだだ漏れだぞ国見。あと影山待ってろって言ったじゃねーか」
「……めんど」

まぁ待つけどさ。なんか色々気になるし。
俺達は体育館へと戻る。及川さんが烏野にちょっかいを出して、結局全員集まるのが遅くなって終わりも遅くなった。あの人何やってんだ。








「あ、忘れ物した」

部室で着替えを終え、バッグの中を確認するとタオルとサポーターが無かった。体育館か…及川さんと岩泉さん、部室に居ないけど自主練かな。まぁ制服に着替えてるし、巻き込まれることは無いだろう。俺は荷物を持ち体育館へと向かった。

蠢く化け物が、すぐそこに居るとも知らずに。





▼▲▼

「…しっつれいしまーす…」
「あ、国見ちゃん。自主練?」
「冗談は顔だけにしてください及川さん」
「!?え、どんな暴言!?」

あ、岩泉さんお疲れ様です。と会釈をする。「おー、国見忘れもんだろ?そこの」と岩泉さんが指差す先にはタオルとサポーター。しかし俺はびくり、と身体を揺らす。喉が引き攣る。


なにか、いる。


体育館のど真ん中に、それは居た。
視えているのに、みえない。歪んで、形がみえない。なにもわからない。
多分、こっちを見ている。空気が、わるい。まずい、あれは、あれは駄目だ。今までで一番駄目なヤツだ。そこらへんの奴らとは格が違う。

「―――ぁ、」
「?どうした国見」
「あ、えと。もうそろそろ帰りましょう二人とも。オーバーワークですよ。それに、及川さん完治したばっかりじゃないですか」
「えー…まだ全然身体動かし足りない…」
「おい国見の言う通りだぞ。明日また、なんかやらかしましたーなんて言ってきたらぶっ殺すからな」
「物騒!はいはい、わかったよーだ!今日は大人しく帰りますよー」

背中を押す。早く早く、ここから立ち去らないと。早、




   に

     ぃ



   ゃ


      ん





ああ、聞き覚えがある。多分、部活前に半分喰われていた子の言っていた、それだ。笑い声が、響く。痛い、頭の奥がじりじりと焼ける様に。感覚を奪われる。足が止まる。身体がまるで動かなくなる。「…国見ちゃん?」と怪訝そうな声が聞こえた。耳は、聞こえる。動け、動け動け。及川さんに腕を引っ張られた。足が、一歩前に出る。動く―――大丈夫だ、動く。

「体育館から、走って出ていってください2人とも」
「え?」
「――早く!」

2人の手を引いて、俺は駆け出した。引き摺られるように、それでも足を動かす2人に安堵する。後ろを、振り向く。
いや、振り向いてはいけなかった。
眼前に、いた。後ろに居た2人を引っ張り、前に押し出した。「ぼへー!?」なんて、及川さんの変な声が聞こえた。うん、大丈夫そう。2人は。


「―――ぃ、」

身体が、嫌な音を立てた。ミシッと全身の骨が軋む。捕まった、捕まったというか呑まれた。視界が黒く染まる。笑い声がすぐ耳元で聞こえる。


本当は、おにいちゃんじゃないんだけど
おにいちゃんも美味しそうだから
ぜんぶ      ぜんぶ
    ぜんぶ
   ぜ


       ぶ

   たべちゃおう




ギィギィ!!と古宵が啼く。駄目だ、古宵じゃ、これは無理だ。左腕の、感覚が無い。痛みすら感じない。水のような、多分血であろうものが腕を伝って滴り落ちるのだけはわかった。
あ、これはもうだめだ。





「んのぉ!!国見ボゲェ!!!」

は?と思った瞬間には、光が差し込んでいた。

「、かげや」
「ざけんな!こんの!!」

影山が、俺の腕を引っ張り上げる。『く、国見ちゃん!』と朱音が声をあげたのに気付いた。なんだ、この状況。呆然と俺は影山に抱きかかえられたと思ったら、ぶん投げられた。

「うわっ!ちょ、国見ちゃん大丈夫!?飛雄お前あぶな」
「影山!!」

吹っ飛ばされた俺を、及川さんが受け止めた。怒鳴る及川さんを遮る。影山を見る。影山は、【其れ】に身体を半分呑みこまれていた。思考停止。


「は」
「ちっ、めんどくせぇ」

なんかあの人来そうだし、まぁいいか。と影山が呟いた。まぁいいか、ってなんだお前。俺は、手を伸ばす。目が合う。わらう。影山は力なく笑う。そんな表情、見た事無い。

「あー…まぁ、多分俺は大丈夫だから、取りあえず腕固定しとけ。喰われただろ」
「な、に 悠長な」
「離れてろ、巻き込まれるぞ」


完全に、のまれて
そのままきえた