沈黙と侵蝕


あ――だめだ、これは。
これ   は
これは関わってはいけないヤツだ。



おにいちゃん、     あそぼ

      鬼ごっこ

鬼さんに捕まったら

             腸<ハラワタ>

        食べられちゃうんだからね









「――影山?」

菅原さんの声でこちら側に意識が戻る。…ぶねぇ、意識持っていかれるところだった。「大丈夫か?バス酔いした?」と心配そうに顔を覗きこむ菅原さんに「大丈夫っす」とだけ答えた。…視界の隅に【アレ】を捉えながら。

「まさかお前…日向の貰いゲロとか」
「しないッスそれと一緒にしないでください」
「それっていうな…う…っ」

日向、お前は取り敢えずトイレ行って来い。澤村さんに言われ日向が歩きだす。『おにいちゃんおにいちゃん、遊びましょう』ソレの目の前を、通ろうとする。

――ソレが、手を伸ばす。

「おい、日向ボゲェ」

取り敢えず、触られる前に蹴り飛ばした。うぎゃあ!?と声を上げ倒れ込む。ソレの手が宙を切る。ジッとこちらを見たような気がした。

「なにすんだよ影山!」
「お前、試合中ゲロったら顔面サーブ入れるからな」

タオルを日向の顔面に押し付けた。

「不器用な影山の優しさ…?」
「試合中ゲロられるのが嫌なだけデショ」

…おにいちゃん、邪魔するの?なら…
ソレは影に消えた。あー…なんか目を付けられた気がする。まぁ、いいか。俺以外の人間に眼が行くよりかは遥かにマシだ。「ほれ、さっさと便所行ってこい」とまた日向を蹴り飛ばした。







▼▲▼


なんか、校舎のあちらこちらが歪んで見える。朝はそうでもなかったけど、放課後になるとより一層あちらこちらが【融けて】いた。…なんだこれ。
キィキィ!と古宵が翼を羽ばたかせる。かばんに付けた鈴も、音を鳴らしていた。
――危険信号
近付かない方が身のためかな。俺はそれを避けて体育館へと向かった。体育館融けてたら俺、どうしようもないんだけど。




         いな 
           い
             なぁ



「―――?」

後ろを振り向いた。続く廊下には、生徒が雑談をしていた。…気のせい、か?いや、でも…確かに今子供の声、が。



――お兄ちゃん

裾を、引っ張られた。不味い、明らかに人ではないモノだ。視線を向けないようにする。どうしようか、このまま無視すればコレは離してくれるだろうか。古宵は、


お兄ちゃん、おにーちゃん。『アレ』にみつかっちゃ、だめだからね。


「え」

思わず声を出してしまった。急いで口を手で塞ぐ。あまり意味は無いだろうけど。そう言えば、さっきの「いないなぁ」と言っていた声とは違う気がする。もっと、幼そうな声。古宵も反応を見せないし…そう言えば鈴が鳴りやんでいる。そっと、後ろに視線を移し、下へ。小さな女の子が俺の足にしがみ付いていた。…半分『無い』状態で。
喉の奥が引き攣る。


『お兄ちゃん、気づいてくれてありがとう』

半分しかない身体の少女が笑う。


『あのね、だめなのが近くに居るの。私、半分たべられちゃった』

歪む。この子は、ほっといたらそのまま消えてしまう。

『つかまっちゃだめ。あれは近付いちゃ駄目。絶対――暴飲暴食の狂った化け物は、本当の姿を隠して、化けているから』

融ける。形を保っていられないこの子の身体は、融け落ちる。俺は、そっとその子に頭に手を乗せた。

「ありがとう、教えてくれて」
『いいの、気をつけて。アレは、随分とお遊びが好きなようだから』

それじゃあね、お兄ちゃん。その言葉を最後に、その女の子は融け落ちた。どろり、歪みが廊下の床へ溶け込む。この融けたモノは、とある化け物の喰いカスか。本当に、随分な化け物が居るようだ。

「ほんと、部活しないでさっさと帰りたいよ」

帰り、神社でも寄って行こうか。夜織さん居ればいいんだけど。なんて考えながら重い身体を体育館へと運ばせた。