メレンゲ宇宙と星屑飴


「芽衣子」
「あ、蛍君」

本屋にふらっと寄ると、ワンピース姿の芽衣子が居た。背伸びをして、少し高い位置にある本を取ろうとしていたらしい芽衣子にぽん、と手を置く。本を1冊棚から抜き取る。

「はい、今日の晩御飯」
「ちがうよ!…読んだら、食べちゃうかもだけど」

ぶはっ、と僕は吹き出してしまった。期待を裏切らない奴だ。くすくすと笑うと芽衣子は顔を真っ赤にしながら「笑うなぁ!」と怒る。ごめんごめん、謝る気のない口調で僕は芽衣子の頭を撫でた。

「ふーんだ…蛍君の意地悪ぅ…本買ってくる。あ、」

ふと、芽衣子の目がある一点を見つめた。僕もそちらに目を向けると、何の変哲もない料理本がそこに立ち並んでいた。芽衣子はぱらぱらと本を捲る。


「料理とかさ、化学の実験みたいで楽しいんだけどね」
「料理を化学と一緒にするなよ…美味しさが半減する」
「私には似たようなもんだもん。料理したいけど、美味しいか不味いか味見もできないから手を出せないんだよね」

あ、こっちにはお菓子の本があるよ。そちらにも手を伸ばしページを捲る。僕はそれを見て、ぽつり口を開いた。


「不味くてもいいから僕に作ってよ」
「え?」
「なんだかんだでそつなく熟すから、上手にできるんじゃない?料理と化学を一緒にするくらいだし。あ、そこのページのケーキおいしそう」
「えー…」
「作ってみなよ」

でもでも…不味いかもしれないじゃん。口をとがらせる芽衣子に「友達言う事は?」と口を開く。むむー…と芽衣子は頬を膨らませた。…突きたい。

「蛍君は友達じゃないもーん。言うこと聞かないもん」
「友達じゃなくて彼氏だもんね?で、その彼氏からのお願いなんだけど」
「うぬぅ…」
「不味くても文句言わないってば」
「嘘だね!蛍君は不味いものは不味いってオブラートに包まずに言うから」

誰が蛍君の為にケーキなんか作ってやりますかっ!と言いながら芽衣子は1人レジへと向かって行ってしまった。…レシピ本を持って。自分で言うのもあれだけど、芽衣子って随分僕に甘いと思う。不味くても、美味しいって言ってやろう。どうせ芽衣子には美味しいか不味いかなんてわからないのだから。


◇◆◇


次の日のお昼休み、僕たちは何時もの通り人気のない体育館で食事を取る。いつもほぼ手ぶら状態の芽衣子が少し大きなバッグを持っていた。

「蛍君」
「なに?」
「……文句、言わないでね」
「?」

そういって差し出されたのは小さ目の箱に入ったケーキで。え、昨日の今日で作ったの?と僕は芽衣子の顔を見つめた。「な、なによう…冗談で言ったのにほんとに作ってきたのかコイツ…って思ってる?」いやそれは思ってない。芽衣子の作ったものは食べたかったし。というかすごいなこれ。持ってくるのが大変だから、多少転がっても平気なやつを作ったという芽衣子。断面も綺麗なロールケーキだった。

「お、おいしくないかもだからね…」
「見た目すごく美味しそうだけどね。いただきます」
「あ、どうぞ…」

じーっと僕を見つめる芽衣子。そんなにガン見されると食べ辛いんだけど。そう思いながらも僕はロールケーキに手を伸ばし、一切れ取る。そのまま、口へ。



「、おいしい」
「う、うそだ!」
「いや本当に美味しいから」

程よい甘さが何とも言えない。うん、普通に美味しかった。吃驚するほど見た目もいいし。「ぜ、絶対嘘だ!蛍君変なところですっごく優しいから嘘だ!」と意味の分からないことを言う芽衣子。美味しいって言ってんじゃん。僕はそれを食べきると芽衣子に顔を近づけてキスをした。


「ほら、美味しいでしょ?」
「…わ、わかんないし…!こんなのより紙の方が美味しいもん!」

それはちょっとわからない。

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